森元首相も塩爺も…安倍派四天王とは

「安倍派四天王」という言葉をご存じだろうか。

さかのぼること安倍首相の父・晋太郎元外相が派閥領袖だった1980年代から90年代に、派閥の後継者と目された、森喜朗、塩川正十郎、加藤六月、三塚博の4氏を指した言葉だ。

同じ時期の竹下派“七奉行”(小沢一郎、橋本龍太郎、小渕恵三、梶山静六、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和)と比較され、注目された。

自民党の派閥には“次の領袖候補”と目された議員による後継者争いが、派閥自体の活力になってきたという歴史がある。

そして今、安倍首相は、事実上の安倍派ともいえる出身派閥・細田派の有力議員を競わせ、父・晋太郎氏が育てた「安倍派四天王」に代わる、新たな四天王として、将来の総理候補に育てあげたいという意向を持っている。

その新たな“四天王”と目される議員たちが、秋の自民党総裁選での安倍首相三選に向け活発に動いている。
 

新・四天王の顔ぶれは?
新・四天王の顔ぶれは?
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新・四天王候補筆頭が仕掛ける「党員票掘り起こし」作戦

その新・四天王候補の筆頭が、安倍首相の信頼が厚い下村博文元文科相だ。9歳の時に交通事故で父親を亡くし、高校・大学を奨学金で卒業した苦労人で、温和な性格としても知られている。

「教育改革を通した日本の再構築」を目標としており、文部科学政策に精通している。1月には細田派の運営を取り仕切る事務総長に就任し安倍三選に向けて、陣頭指揮を執っている。

その下村氏が主導した安倍三選への作戦の一つが、3月から4月にかけて10回にわたり行った、派閥幹部と所属議員の会食だ。

狙いは、今回の総裁選で比重が増え、より重要となった党員票の掘り起しにある。2012年の総裁選では石破元幹事長が約23万票の党員票を獲得したのに対し、安倍首相は約14万票と大きく水をあけられた。

下村氏は、今回は現職首相を他の候補に党員票で負けさせるわけにはいかないと躍起で、派閥所属議員に、票の確保に全力をあげるよう引き締めを図っている。

また、派閥事務総長として麻生派幹部、二階派幹部とも会談し、“安倍三選”支持を確認しているほか、態度が決まっていない竹下派幹部などとも関係を深めている。

一方で下村氏は、これまで派閥活動に汗をかく印象にやや欠けていたほか、問題発言で陳謝するなどのつまずきもあるだけに、今後の指導力発揮に向けた手腕が問われる。
 

“叩き上げ”が仕掛ける地方議員懐柔作戦

「拉致問題解決のための戦列に加わってくれ」

そう安倍首相に口説かれて国会議員になった萩生田光一幹事長代行も、四天王の候補だ。二世、三世の世襲議員が多い中で、サラリーマン家庭に生まれ、八王子市議、東京都議を経て国会議員になったいわゆる”叩き上げ”議員。過去には苦い落選経験もある。

拉致問題との関わりは、市議時代に、拉致被害者の蓮池薫さんの母が八王子市役所を訪ねた際に話を聞き、拉致問題に関する意見書の提案者になったことがきっかけで、これを機に安倍首相に見込まれた。自民党の青年局長も経験し、地方議員とのネットワークや、人望の厚い点が強みで、靖国参拝や慰安婦問題などでは、安倍政権のコアな支持層である保守派の主張を代弁する役割も果たしてきた。

今は、幹事長代行として、自民党と首相官邸の調整役として駆け回り、3月には二階幹事長の最側近・林幹事長代理らとも会食し、安倍三選に向けての結束を深めている。

その萩生田氏が積極的に動いているのが、地方議員の支持拡大だ。4月20日には地方議員700人を集めて、都内で「憲法研修会」を開催したほか、翌21日の首相主催の「桜を見る会」には、数多くの地方議員を伴侶とともに招待するなど、地方議員出身者ならではの、心をくすぐる“おもてなし”で安倍三選を固めようと動いている。

ただ、当選5回で、有力ポストである幹事長代行に起用されたことに、党内からは「安倍首相のえこひいきだ」との嫉妬の声もあがる。今後は、党内で実績を積み、若手を含め派閥内外からの支持や信頼を築いていくことが課題となっている。
 

“次世代のエース”が仕掛ける公邸会食作戦

経済産業省の官僚を経て国会議員となり、現在官邸で安倍首相を支えている、西村康稔官房副長官も四天王に名が挙がる。

政策に明るく、派閥内でも“次世代のエース”として期待されていて、2009年には総裁選挙にも出馬した。

この西村副長官が、安倍三選に向け仕掛けているとされるのが、若手議員を当選回数別に公邸に招いての、安倍首相との会食作戦だ。総裁選に向けては、やはり議員票を確実に抑えることが重要で、この会食作戦を通じ、これまで安倍首相と距離のあった若手議員の取り込みを図っている。

実際、会食に参加するまで「総理とはほとんど話したことがない」と嘆いていた若手議員は、会食参加後、私の取材に対して「選挙活動の秘訣を総理から教えてもらった。トランプ大統領との外交の話も面白かったな~」と笑顔で語っていた。

ただ、西村氏の全国的な知名度はまだ低く、政策には明るいものの、政局に強いとは言えない。党の筆頭副幹事長時代には森友学園を巡る対応を誤って二階幹事長に激怒されたこともあり、政局センスを磨くことも、今後の課題だ。
 

4人目は、“全力男”か“ジャンヌダルク”か“仕事人”か

稲田朋美氏
稲田朋美氏

そして、新・四天王の4人目は誰か?

財務省の文書改ざん問題で揺れる中で、自民党の公文書管理プロジェクトチーム座長を務める柴山昌彦総裁特別補佐も候補の1人に上がる。

弁護士出身で、安倍首相がかつて若き幹事長として陣頭指揮を執った2004年の補欠選挙の際に、自民党が初めて全国的に行った候補者公募で、安倍幹事長自らが選んだ元祖安倍チルドレンだ。

面目な性格でも知られ、街頭演説、宴会でも常に全力投球。しかし一方で、寝技と言われる水面下の調整に課題が残るとの指摘もある。

さらに、安倍首相が寵愛し、自民党の野党時代に、当時の民主党政権を鋭く追及する姿から「保守のジャンヌダルク」の異名が付いた稲田朋美元防衛大臣も、四天王候補の1人とされる。しかし防衛相として省内を掌握し切れず、PKO日報問題で引責辞任して評価が低下。行革相→政調会長→防衛相と要職への起用が続いたことに、党内では「実力が追い付いていない」と批判の声も強く、今は下村氏や萩生田氏らに遅れをとっている状況だ。

ただ、党内や保守層の中には、稲田氏の復活を期待する声もあり、四天王入りには、今後実直に汗をかいていく必要がありそうだ。

そして加計学園問題で揺れる文科省の大臣を務め、激しい追及を乗り越えた、松野博一前文科相も「仕事人」として評価されている。官僚ともキャリア・ノンキャリア問わず付き合い、派閥内での人気も高く、人望が厚い。安倍首相との距離が近くない点も「逆に良いことだ」との声も派閥内からは聞こえる。しかし発信力には不足していて、今後の知名度上昇が課題となりそうだ。

 こうして新四天王候補の現状と、総裁選での戦略を見てきたが、安倍首相は、現時点で新四天王を固めているわけではない。さらに別の候補者が急浮上することもあるかもしれない。そんな状況下での総裁選で、新四天王候補たちが、安倍首相三選に向けてどんな働きをするかは、最大派閥・細田派の今後や派内の権力闘争にも影響する。安倍三選をかけた激戦の裏側では、こんな別の戦いも静かに同時進行している。


(政治部・与党キャップ 中西孝介)
 

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。