そうめんを流して食べる「流しそうめん」、鹿児島では「そうめん流し」と表現されるのが一般的だ。
そんな鹿児島で行われる、指宿市の「唐船峡(とうせんきょう)のそうめん流し」は、夏の風物詩の一つとして、県内外からの観光客に人気だ。「回るそうめん流し」発祥の地として知られ、2022年で60周年を迎えた。
試行錯誤を重ねて、たどり着いた今の形。鹿児島のソウルフードの歩みと、これからを取材した。

「回るそうめん流し」誕生から60年…多くの人でにぎわう

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今や鹿児島の代表的な観光名所として知られる、唐船峡のそうめん流し。年間約20万人が訪れる。

取材に訪れたこの日も、目の前で回るそうめんを楽しむ人たちでにぎわい、「まさか午前11時でこんなに混んでいるとは思わなかった」と話す人や、遠く横浜市から来た来店客もいた。

中には、「進んでる、箸が動いてる」と、回るそうめんを前にうれしそうな女の子の姿も。

県内外の人から愛される「唐船峡のそうめん流し」は、2022年で60年の節目を迎える。

60年前、唐船峡の「回るそうめん流し」が歴史が誕生した裏には、「旧開聞町に観光の目玉を作りたい」という人々の思いがあった。

“通り過ぎる町”を変えたい…開発・改良続けた役場職員の情熱

指宿市が新婚旅行先として人気を博していた、1950年代。温泉地は大勢のカップルでにぎわっていた一方、隣の旧開聞町には立ち寄る場所がなく、「通り過ぎる町」と言われていた。

そこで、町の目玉施設を作ろうと立ち上がったのが、当時、役場職員だった井上廣則さん。井上さんの息子・廣美さんは、亡き父の当時の様子をこのように振り返る。

井上廣則さんの息子・廣美さん:
観光地としては通り過ぎる場所だったようですね。それをなんとかせんといかんと

井上さんが目をつけたのが、地元の「京田湧水(きょうでんゆうすい)」と呼ばれる湧き水。

京田湧水と呼ばれる湧き水
京田湧水と呼ばれる湧き水

この湧き水を生かそうと考えついたのが、そうめん流しだった。

1962年にオープンした、唐船峡の前身・開聞町営のそうめん流し施設。オープン当初は回転式ではなく、竹を使ってまっすぐにそうめんを流すスタイルだった。

次第に施設は評判となったが…。

井上廣則さんの息子・廣美さん:
維持が大変だったみたい。竹にノリが生えたり…

竹の維持管理に加えて、最大の欠点が浮き彫りとなった。この方法だと、残念なことに、そうめんを流す人がそうめんを食べられない。

そこで井上さんは、みんなが食べられるそうめん流し器の開発に乗り出した。

井上さんが目を付けたのは、洗濯用のたらいだった。

たらいを使っていた時に「たらいの真ん中にボウルを置いて、水を流す」ことを思いついたという。すると、水流ができた。

井上廣則さんの息子・廣美さん:
こういう形で、水を回しながらそうめんを流した

このたらいのアイデアから試行錯誤を重ねて完成したのが、初代そうめん流し器。

中心から4つの樋(とい)が、外側の大きなドーナツ型の器に向かって伸びる形だった。

井上廣則さんの息子・廣美さん:
親父は好奇心が非常に強くて工業系の畑だったので、そういう開発などが好きだった

息子も認める職人気質の井上さんは、さらなる改良を重ね、オープンから5年ほどたったころ、今の形に近いそうめん流し器が完成した。

そうめんを円形に流して回すという斬新なアイデアが評判を呼び、来場者はみるみる増加。

オープンした1962年には600人だったのが、1992年には過去最多の約34万人に上り、旧開聞町は「通り過ぎる町」から「にぎわう町」に変貌を遂げた。

指宿市営唐船峡そうめん流し・谷山愛さん:
楽しみに来る方が多いので、指宿市にとって、なくてはならない。観光名所として頑張っていきたい

唐船峡から始まった「回るそうめん流し」は各地に広がり、今では鹿児島県内に40カ所、九州全体では70カ所ほどあるという。井上さんの探究心が生んだ、まさに「鹿児島のソウルフード」だ。

60年たった今でも進化… 最新版「そうめん流し」

多くの人に愛されて60周年を迎えた現在。
今では、通常とは逆に回転するそうめん流し機もある。左利きの人が使いやすいようにと数年前に考案されたものだ。

そして2022年にお目見えしたのは、LEDで色鮮やかに光るそうめん流し器。そうめん流しの元祖は、今も進化を続けている。

お客さん:
やっぱりおいしいですね

Q.唐船峡とは?
お客さん:

THEそうめん流し

お客さん:
おいしい、おもしろい。子どもたちが喜びます。

唐船峡の入り口には、井上さんの銅像がある。
竹を使って流すそうめんから、回るそうめんへ。
60年が経過した今、唐船峡もコロナ禍で一時は休業を強いられるなど、苦しい局面もあった。それでも、訪れる人の笑顔を信じて、南国・鹿児島の夏の風景はこれからも守り継がれる。

(鹿児島テレビ)