静岡県の隣り合う2つの自治体、焼津市と吉田町で南海トラフ巨大地震に備える防潮堤が相次いで整備された。ただ防潮堤の高さ(海抜)は、吉田町は11.8mなのに対し焼津市は8.2mで3m違う。
同じ海に面しているのになぜ高さが違うのか。そして、低い方の焼津市は大丈夫なのだろうか。
最大津波想定を上回る 11.8mの防潮堤
政府の地震調査委員会が、40年以内に90%の確率で発生すると判断している南海トラフ巨大地震。

5月14日、吉田町で防潮堤の完成を記念した式典が開かれた。

完成した川尻防潮堤は吉田漁港の東側に位置し、高さが海抜11.8m、長さが1.5kmだ。

菱川拓斗記者 :
吉田町は南海トラフ巨大地震で最大9mの津波が襲うと想定されています。完成した防潮堤は、想定される津波の高さを3mほど上回っています
もともと海抜6.2mの防潮堤があったが、巨大地震に対応するため国土交通省が5年前から補強工事を開始した。

さらに吉田町が4億円余りを費やし、盛り土や側道の整備を進めてきた。想定される最大の津波の高さを超える防潮堤は、吉田町によると全国的にも珍しいという。
津波を沿岸部で食い止める“鉄壁の街”
きっかけは、沿岸部に津波による甚大な被害を与えた東日本大震災だった。

吉田町川尻地区・松浦祐之自治会長:
この地区の海抜は3.2mですが、3.2mでは津波に襲われる。東日本大震災の映像を見る限り電柱の上の方まで津波がきていますので、川尻地区の人たちは不安を抱えていました
吉田町は町の面積の約4割が海抜5m以下だ。南海トラフ地震によって最大9mの津波が襲い、約10分以内に町の6割近くが浸水すると予想されている。

川尻地区・松浦自治会長:
海岸近くに住んでいて、震災後に移住した人が何軒かいます
防潮堤の整備は町民の悲願だった。
川尻地区・松浦自治会長:
津波避難タワーや防潮堤が完成したので、命や財産を守るかけがえのないものができた。ありがたく思っています

町はさらに吉田漁港の西側800mについても、防潮堤の整備を進める方針だ。津波に強い町をPRして企業誘致を進め、さらに沿岸部に公園を整備して人口減少を食い止めようとしている。

吉田町企画課・曽根勇貴さん:
1000年に一度来ると言われているような津波でさえも、沿岸部で食い止められる“鉄壁の街”を作ることに成功しました。皆さんが防潮堤の上を“海浜回廊”として行き交うようなにぎわいの場にして、住んでみたくなるような町、働いてみたくなるような町したい
焼津市は8.2m 津波浸水面積を8割減へ
大井川を挟んで吉田町と隣接する焼津市。焼津市でも5月に新たな防潮堤が完成した。「潮風グリーンウォーク」と名付けられ、散策路が整備されているのが特徴だ。

菱川記者 :
もともとあった堤防から、さらに海抜8.2mまで盛り土をしたり木を植えたりすることによって、津波が来ても崩れにくい構造となっています
防潮堤は長さ4.5km、高さは海抜8.2mで、焼津市と国が6年にわたり約37億円をかけて建設した。
東日本大震災の翌年に人口が1000人以上減少した焼津市。南海トラフ地震で想定される最大の津波が押し寄せた場合、沿岸部を中心に市の面積の2割近くの約13.4平方キロメートルが浸水すると想定されて、市民は不安を抱えていた。

市民 :
東北の地震を見て津波に対してどういていいかと思っていたけど、その対策がされるのはありがたい
震災以降、焼津市は津波避難タワーや高台広場の整備を進めてきた。防潮堤などを整備することで、津波で浸水する面積の85%を減らすことができるという。
最大津波高より低い防潮堤 市の見解は
しかし、防潮堤の高さ8.2mは、焼津市で想定される最大津波10mより低い。

焼津市の沿岸部で40年以上釣具店を経営してきた女性を取材した。
釣具店経営・荒砂やよいさん:
子供が小さかった頃に6mの堤防を作って、その後に東日本大震災があって「6mでは危ない」ということで8mになった。それまでは家から海が見えて船も見えたけど、8mになったら船も何も見えなくなった
防潮堤に期待を寄せているが、完成してもその高さに不安は残ると言う。
釣具店経営・荒砂やよいさん:
(新しい防潮堤は)安心は安心だけど「8mでいいのかな」と近所の人とよく言っている。自分たちの建物や避難タワーで津波から逃れるしかない

市民の不安を焼津市の担当者にぶつけてみた。
焼津市河川課・小長谷雅彦課長:
最大クラス「レベル2」の10mの津波に対しても、8.2mの新防潮堤は浸水想定面積を減らして市民が避難する時間を稼ぐなど、被害を最小化することができます

防潮堤の高さは、津波のレベル1に合わせる
津波のレベル1とレベル2の違いを理解しておく必要がありそうだ。
レベル2は、発生頻度は極めて低いものの発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの津波で、発生頻度は数百年から千年に1回だ。これに対してレベル1は、最大クラスに比べ津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波で、発生頻度は数十年から百数十年に1回。

防潮堤の高さについて、国はレベル1の津波を参考にしている。最大クラスのレベル2にあわせて防潮堤を高くすることは、費用の他、海岸の環境や利用にも影響するからだ。ただ、防潮堤の高さはレベル1にあわせても、浸水予想や避難計画は最大のレベル2を参考にするよう自治体に求めている。
焼津市で想定される津波はレベル1が8.2mで、レベル2が10m。新防潮堤の海抜8.2mはレベル1に対応できている。一方、吉田町で想定される津波はレベル2が9mで、新防潮堤の11.8mはそれを大幅に上回っている。吉田町も自慢するように全国的にも珍しいのだ。

整備された2つの防潮堤。吉田町も焼津市もさらに防潮堤を広げていく予定だが、「防潮堤があれば完璧というわけではない」との指摘がある。
吉田町・松原克彦理事:
防潮堤はどうしても土で作るので、地震が起きると地震動で液状化して地盤が緩む可能性があり、土で作った構造物やコンクリートも不安定になる可能性があります

防潮堤の整備は住民の不安解消につながる。ただそれだけでなく、津波から命を守るために迅速な避難ができるよう、日頃から備えておくことが大切だ。
(テレビ静岡)