東京都の宮坂学副知事。ヤフーの爆速経営を引っ張った宮坂氏が、副知事に就任して間もなく3年。5つのレス(※)など都政の構造改革を進める宮坂氏が、次に乗り出したのは都庁の「デジタル人材育成」と「スタートアップ支援」だ。
(※)ペーパーレス、はんこレス、キャッシュレス、ファックスレス、タッチレス
デジタルの船に専門人材のクルーを乗せる
「自分が就任した時に絶対にやろうと思っていたのは、“船”をつくる、つまりデジタル専門の組織をつくることでした。これで自分がいなくなってもデジタル化は進むと。あとは船に専門人材のクルーをのせることですね」
こう語るのは東京都の宮坂学副知事だ。

デジタル人材育成について宮坂氏はこう続ける。
「今までの行政ってIQ(ビジネス力)、EQ(チームプレイ力)、GQ(行政力)でやっていたんです。ただこれからはDQ(デジタル力)を覚えないといけない。行政は教育や医療、交通など様々な職種があるので、全員がプログラミングを覚える、全員がデータサイエンティストになるというのは無理があります。ですが基本的なリテラシーは全職種に身に着けてもらおうと思います」
リスキリングを5年間で5000人に行う
都庁では「東京デジタルアカデミー」と銘打って、デジタルリテラシー向上のための講座を年4万人の職員に行い(※幹部クラスも対象)、リスキリング(技能の再開発)を5年間で5000人に行う予定だ。講座はオンラインを活用し、オンデマンドで何回でも動画視聴が可能。講義ではリモート向けのチームビルディングやオンラインミーティングのファシリテーションについても行われる。また都庁内に限らず東京の62区市町村にも参加を呼びかけたい考えだ。
一方専門職のICT職(※)にはデータやデザインなどの高度な専門研修を始めた。ICT職はデジタルのバックグランドを持つ学生を採用し、民間企業や海外への研修派遣を行うなど「時間をかけて育てていきたい」(宮坂氏)という。
(※ICT=情報通信技術 Information and Communication Technology)

都庁内のデジタル“道具”を共通にする
都庁は2021年4月にデジタルサービス局を新設した。これも宮坂氏の発案だった。
「初年度は何でもいいからデジタルやりましょうと言って、皆さん始めてくれたんです。しかし2年目になると、デジタル案件は増えたものの品質が良くないものがあって、都民から使いづらいとお叱りを受けたケースもありました。そこで各部局には『出来るだけ設計段階から相談してほしい』と伝えました」
また宮坂氏は“道具”を共通にすることにもこだわった。
「都庁は局ごとに独自性が強いので、PCやデータセンターは共通でしたが、それぞれが独自にシステム発注していました。ですから今年はバラバラになっていたシステム連携基盤やデータ管理を共通化しようと、例えばアクセス解析からビデオ会議まで共通にしました」

職員が毎朝メールを削除している…
さらに「YouTubeを観てはいけない」「マイクロソフトのインターネットエクスプロ―ラーしか使用できない」といったルールも変えていった。
「来年からはクラウドストレージを実装します。こうするとメールにファイルを添付して送らなくても、都庁内外でのファイル共有や職員間で資料の共同編集ができます。いまはそれができないので、添付ファイルを送りあっていて、一人当たりのメールボックスの容量が少ないから、職員が毎朝メールボックスの中のメールを削除しているという…」
都庁ではメールボックスの容量を現在の500MBから100GBに増強する予定だ。
ほかにもAIによる議事録作成ツールやPDF編集機能のあるソフトウェアを全庁に提供する。もちろんこれらもすべて共通だ。
「それぞれ帯に短しということもありますが、皆で同じものを使うことにメリットがあると思います。ペーパーレスやファックスレスなどかなり進んだので、やっとDXのスタートに近づいたかなという気がします」

アントレプレナーシップが生まれてきた街
「経済成長をもたらすのはイノベーションです。そのイノベーションの担い手がアントレプレナー(起業家)です。だからアントレプレナーのいない社会は、変革が停滞した封建社会みたいだと思うんですよね」
ヤフーの爆速経営を引っ張った宮坂氏が、次に乗り出したのはスタートアップ支援だ。
日本は欧米に比べて開業率・廃業率ともに低く、経済の新陳代謝が進んでいないといえる。海外の先進都市の中でも東京はスタートアップ・エコシステムのランキングで12位と出遅れている。宮坂氏はこう語る。
「東京はアントレプレナーシップを持った人たちが生まれてきた街。それを途切れさせてはいけないと思う。しかしよく日本版シリコンバレーと言いますが、本当にできるのかなという気がするんです。シリコンバレーは世界中のお金が集まって、移民の人もたくさんいてダイバーシティ(多様性)に富んでいますから」

スタートアップは都庁と繋がっていない
宮坂氏は6月フランス・パリで、スタートアップのイベント「VivaTechnology(ビバ・テクノロジー)を視察した。
「フランスはアントレプレナーシップがすごいというイメージがなかったと思いますが、この5年ぐらいで急速にスタートアップが盛り上がっています。理由はマクロン大統領が政治的リーダーシップでスタートアップを支援していること。また、フランスのスタートアップ全体を“フレンチテック”というブランドにして世界に売り出したことです。フレンチテックは東京にも支部があって、フランスのスタートアップ日本進出のハブ(拠点)になっていますね」

では一方の東京都はどうなのか?宮坂氏は苦しい胸の内を明かす。
「東京都もこれまでたくさんのスタートアップ政策をやっていますが、確認できただけでもこれだけありました(※下資料参照)。都庁にはいま起業家の要望をまとめて受け止める部署がありません。だからスタートアップは、都庁と繋がっていないんですね。スタートアップがワンストップで手続きや規制緩和の要望ができる相談窓口を設けるなど、目と耳を従来の業界団体だけでなくスタートアップにも向けるのが大事だと思うんです」

2023年に新たなグローバルイベント開催へ
また宮坂氏はダイバーシティにも目配りする。
「起業家は日本人だけである必要はありません。外国の起業家が仕事しやすい環境を整備することも大事です。また、起業家精神のある人は大企業、NPO、地域社会、中小企業、そして我々のような行政においても必要です。スタートアップの世界だけでなく社会全体で起業家精神を持った人を増やして挑戦しやすくしないといけない」

宮坂氏は2023年に東京で新たなグローバルイベントの開催を予定しているという。
「これまでは海外の有名なスタートアップイベントをもってくることが多かったのです。しかしフランスのビバテクノロジーは民間主導で、マクロン大統領が訪れるなど政治もすごくコミットしていた。ですから東京都でも、誰かのイベントを持ってくるのはアントレプレナーっぽくないので、最初は小さくてもいいから始めて、育てていければと思っています。エネルギー、食糧、脱炭素やモビリティの問題を解決するテクノロジーという切り口でスタートアップに来てもらい、都庁や日本の大企業とマッチングできたらいいなと思っています」

宮坂副知事の爆速「デジタル人材育成」と「スタートアップ支援」から目が離せない。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】