2022年6月9日。石川県金沢市の中心部から30分ほどの隣町・津幡町(つばたまち)の小学校の運動場から、クマの目撃情報が寄せられた。石川テレビの取材班も現場に駆けつけ、周辺を撮影していると、突然一頭のクマが…。ケガ人はいなかったが、現場は一時騒然、緊張が走った。
なぜ?クマの相次ぐ出没…6月と10月は目撃件数増加
この記事の画像(18枚)石川県内の2022年のクマ目撃件数は、6月22日時点で133件。この秋は、クマのエサとなるブナの実の凶作が予想され、県は「ツキノワグマ出没警戒準備情報」を初めて発令した。
なぜ2022年は、これほどまでにクマの出没が警戒されているのだろうか?クマの生態に詳しい石川県立大学の大井徹(おおい・とおる)教授に聞いた。
まずは、出没の時期について。クマ出没のニュースは「秋」というイメージがある中、2022年はずいぶん早いように思うが…。これについて教授は「今の時期にクマが目撃されるのは、珍しいことではない」と指摘する。
石川県立大学・大井徹 教授:
過去5年間の県内のクマの目撃数を、月ごとに見ると、6月と10月に目撃数が多いことがわかりますが、これはクマの生態に関係しています。5月から7月は、子グマの親離れ、独り立ちの時期なんです
石川県立大学・大井徹 教授:
好奇心旺盛でまだ人間の恐ろしさを知らない子グマが、新たに自分の生活場所を求めて動きまわる中、人里に現れ人間と出くわすというのが、この時期のクマの目撃パターンです
一方で、10月に目撃情報が多い理由については…
石川県立大学 大井徹教授:
10月はクマが冬眠前に栄養を蓄えたいのにも関わらず、山にエサとなる木の実が少なく、エサを求めて人里まで下りてきてしまうという、皆さんがご存じのパターンです。特に2020年は山のドングリが大凶作で、多くのクマが目撃されました
クマは、すでに人里に住んでいるのか?生息密度は市街地周辺で多く
金沢市周辺のクマの分布を確認するため、大井教授の研究グループは、2021年から、市内の市街地周辺の山林と山間部に、カメラを計35台設置。クマの生息調査を行っている。
このシステムで撮影されたクマの個体を、胸の「斑紋」で識別し、どのクマがどこに住んでいるのかを調べることで、地域ごとの「クマの生息密度」を推計できるという。
石川県立大学 大井徹教授:
2021年に行った調査では、7月と8月のクマの生息密度は、山間部では1平方キロメートルあたり0.18頭だったのに対し、市街地周辺の山林では0.93頭と約5.2倍でした。
また、2020年に市街地周辺で子グマと一緒にいたメスグマが、2021年には無事、子別れしたことも記録できました。この結果から、金沢市周辺のクマは市街地周辺へ定着し、繁殖が進んでいることが推定できます
Q.市街地で定着・繁殖が進んだ原因は
大きな原因としては、薪や炭、肥料、家畜飼料の採取場所、耕作地であった里山が放棄され、そこに森が再生してきたことで、里山がクマの生息に適した環境になったことが考えられます
2021年には、珠洲市でも初めてクマが目撃された。大井教授は「これで県内全ての市町でクマの出没が確認された。今やクマの対策は全県的な課題になっている」と危機感を募らせる。
こうした中、山の被害も増えている。小松市の山林では、スギの皮が剥がされ、クマの歯や爪の跡が残っていた。
かが森林組合 森本修(もりもと・おさむ)組合長:
クマが春先に食べるものがなくて皮をはいで、間にある糖分が豊富な形成層をかじり取った跡になります。私たちは「クマハギ」と言っています
長年林業関係者を悩ませるクマの害「クマハギ」。この10年で被害は、1万5000本にも上るという。
かが森林組合 森本修組合長:
被害にあった部分が木で一番いい部分なんです。そこをクマハギでめくられてしまうと、一番いいところが使えなくなってくるので、被害が大きいとは思います
何十年もかけて育てた木が、建材として使い物にならなくなる。林業者の悩みは続く。
最も心配な…クマの人身被害 エサの「実り」に注目
そして、心配なのは人への被害だ。
県内では過去10年で、39人がクマの被害に遭っている。2020年は、過去最悪の15人がケガをした。
県は2022年、ツキノワグマの管理計画を改め、「警報」を出した年は通常の1.4倍、250頭まで捕獲できるようにした。今後はどうなっていくのだろうか?
石川県立大学 大井徹教授:
2021年、県内のブナの実は「大豊作」でした。ただ過去の調査や研究によって、大豊作の次の年は、ほぼ凶作になることが分かっています
石川県立大学 大井徹教授:
しかし、クマの秋の食物はブナだけではなく、他のドングリ類が、ブナの不作を補うほど十分実れば、大きな出没はありません。秋の出没を予想するためには、9月初旬には他のドングリ類の実りについても分かりますので、調査の結果を待つ必要があります
人とクマが共存するために 被害に遭わないよう注意
大井教授によると今後、万が一の被害に遭わないために、「家の周りに生ゴミや残飯を置かない」「家の周りの果樹は、利用しないものは伐採するか実を早めに取る」「山に入る場合は複数で行動し、クマ鈴やラジオを携帯する」などの注意が必要だという。
石川県立大学 大井徹教授:
クマの問題は「人間だけでなく、クマも被害者」だという視点を持ってほしいです。人間とクマの住む領域が重なり合ってきつつある今、やむを得ずクマを駆除する場面も出てきます。これはクマにとっても不幸なことです。人とクマがなるべく平和に暮らせる方法を見つけ出すことが必要となっています
(石川テレビ)