子どもの障がいの有無に関わらず、小さい子どもをスポーツ観戦に連れて行きたいという家族の声を受け、ある起業家が“誰1人取り残さない”ポータブルチェアを開発した。千葉で今月行われたこのいすの実証実験を取材した。
座り続けるのが難しい子どもがスポーツ観戦
「ラグビー観戦が好きなのですが、スタジアムに行っても車いすの席は場所が悪かったりするので、今回は家族でいい場所で観られて楽しめました」
こう答えるのは、いすに座り続けるのが困難な子どもを持つお母さんだ。このお母さんは今回行われた実証実験に参加し、ポータブルチェアを使って家族一緒にラグビー観戦をした。
この記事の画像(7枚)なぜ通常の観客席でこの子どもは観戦が可能だったのか。その理由は今年開発された「IKOU(イコウ)ポータブルチェア」にあった。このいすは重さが3.2キロと持ち運びできるようコンパクトに設計されていて、家では障がい児専用のいす、外出先では車いすに座るしかなかった子どもも安定して座ることができる。また大人用のいすにも簡単に取り付け可能なので、家族や友達と同じ目線でテーブルを囲んだり、スポーツ観戦を楽しんだりすることもできるのだ。
様々な子どもが混ざり合うインクルーシブ社会
このIKOUポータブルチェアを開発したのは、元トヨタ自動車のプロダクトマネージャー、松本友里さんだ。松本さんは、長男に脳性まひによる運動機能障害があることをきっかけに、このブランドを起業した。
「トヨタ自動車で約10年間商品企画に携わっていましたが、障がいを持った息子を育てる中で、障がいのある子どもとない子どもの生活や遊び、学びの場が完全に分かれてしまっていることに気が付きました」
そして松本さんはこう続けた。
「これは日本の福祉制度が障がい者を守ろうと思いやった結果なのかもしれませんが、やはりできるだけいろいろな子どもが自然と混ざり合う機会があることでインクルーシブな社会が実現できるんじゃないかなと思うようになり、ポータブルチェアの開発を考えました」
小さい子のいる家族の“観戦問題”も解決
このいすは障がいのある子どもだけでなく、健常の子どもも使えるのが特徴だ。今回実証実験が行われた千葉の競技場では、障がいのある子どもの家族だけではなく、普段子どもが小さくてなかなかスポーツ観戦を楽しめない家庭も参加した。
参加した健常の幼児のお母さんはこういう。
「障がいのあるお子さんでもそうじゃないお子さんでも家族で一緒に行動する範囲を広げられるのが、このいすの凄さだなと思います。私はラグビーが好きなのですが、これまでベビーカーだとなかなか行けませんでした。けっこうコンパクトで思ったより軽くて使い勝手がよくて、もっとこういう商品が世の中に広まってほしいなと思いました」
誰もが安心安全なスポーツ施設の環境を
この実証実験に協力し一部の観戦席を開放したのはNECグリーンロケッツ東葛だ。チームのゼネラルマネジャーを務める中山啓二さんはこう語る。
「乳幼児や障がいのある子どもがいるご家庭でも、観戦してもらう機会があればいいなあと思っていたので今回喜んで協力させてもらいました。競技場の施設はまだまだインクルーシブな対応が出来ていないところもあるのですが、他にも弊社では公益財団法人日本AED財団の協力によりAED講習を受けたボランティアの方々を観客席に配置するなど、誰もが安心安全で観戦できるような環境づくりに取り組んでいます」
先月発売開始すると、早速利用者から喜びの声があったと松本さんはいう。
「娘さんに障がいのあるお母さんが妹さんの結婚式に出席する際、式場にいすについて問い合わせると、ベルトが無いため娘さんが座ることができないことがわかりました。そこでベビーカーを入れるしかないなと思っていたところ、IKOUポータブルチェアを利用することで娘さんが皆と同じ目線で同じ空間を共有できてすごく嬉しかったと」
デザインを通じたインクルーシブ社会づくり
「プロダクトのデザインを通じて、インクルーシブな社会づくりに貢献していくことを目指したい」という松本さん。
「これからも障がいの有無に関わらず子どもが自然に混ざり合えるようなインクルーシブな場所を増やしていきたいと思っていて、レストランもそうですし、スポーツスタジアムにもどんどん導入していけたらいいなと思います」
誰1人取り残さないインクルーシブなプロダクトが、社会を優しく変えていくのだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】