日本の個人金融資産残高が、過去最高額を更新し続け、2021年12月末には2000兆円の大台を突破しました。

長引く景気低迷、将来への不安、コロナ禍による家計の引き締めなどにより、「消費より貯蓄へ」の傾向が色濃く反映された結果です。

5月5日(日本時間)にロンドンの金融街で講演した岸田首相
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この傾向を受け、政府や与党からは「貯蓄から投資へ」という声が大きくなり、岸田首相においても、英国の金融街・シティで講演し、日本の個人金融資産約2000兆円を貯蓄から投資へと誘導する「資産所得倍増プラン」を進めると表明しました。

しかし、個人金融資産2000兆円がそのまま運用できるというのは、大間違いです。

60歳以上の「貯蓄」がネックになる

日本の家計金融資産の60%以上は60歳以上の世代が保有しているというデータもあり、しかも、金融資産を多く持っているにもかかわらず、さらに貯蓄へ回そうとする傾向にあります。

今、この世代の「まずは貯蓄へ」という習慣が思わぬネックとなっています。

その一つが、本人が認知症となり、“いざという時に動かせない”ケースが続出していることです。自分や家族のために貯金を使おうと思っても、認知症が進行すると口座凍結や契約不能により金融資産に手がつけられなくなるのです。

認知症になるとお金が“動かせない”場合も(画像:イメージ)

もちろん、2000兆円すべてが“動かせない”資産となるわけではありません。しかし実際のところ、高齢化のスピードは凄まじいです。2021年ベースで65歳以上が人口に占める高齢化率は、過去最多の29.1%(出典:「人口推計」総務省統計局)。今や人口の3割が65歳以上となっているのです。

高齢になるほど認知症のリスクも高まり、認知症高齢者が保有する資産が増加しています。

第一生命経済研究所主任エコノミスト・星野卓也さんの試算によると、認知症の人が保有する金融資産額は2020年で156兆円とされており、2025年には194兆円、2030年には231兆円という試算も出ています。家計金融資産全体に占める割合も上昇が見込まれ、2025年には9%、2030年には9.9%と1割近くなる見込みです。

筆者の事務所にも、家族や親戚が認知症になり「預金を下ろすことができない」「証券会社から契約を断られた」など、まさに資産凍結に関連した相談を受けています。

「生前贈与」にメスが入るって本当?

多くの資産を高齢者が保有する中で、望まれる政策の一つが生前贈与となります。しかし、この生前贈与に関しては、去年あたりから国民がざわめき始めました。

きっかけは、与党が発表した「令和3年度税制改正大綱」にさかのぼります。実はその中で「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点から、(中略)資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める」と触れられたのです。

これにメディアが素早く反応します。“生前贈与ができなくなる”と謳い、生前贈与がすぐにできなくなるかのような趣旨のものまで現れました。

生前贈与は相続発生前に自分の資産を親族などにうつせるもの(画像:イメージ)

生前贈与は文字通り、相続が発生する前に自分の資産を親族や第三者に移すことです。民法上の契約行為であり、第549条で次のように定められています。

「贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによってその効力を生ずる」(民法第549条)

生前贈与は、「あげる意思」と「もらう意思」がそれぞれにあって初めて成立することになります。その契約成立には、双方の合意が必要となるため、認知症により意思表示が難しい場合には、契約が不成立となる可能性があります。

この生前贈与の何が国民やメディアを駆り立てたのかというと、生前贈与を使った節税ができなくなるのではと不安視されたからに他なりません。

(画像:イメージ)

実際、これまで贈与税の非課税枠である110万円の範囲内で、毎年生前贈与してきた方も多かったはずです。筆者の事務所においても、税理士の先生からアドバイスを受けた依頼者からの依頼で、毎年110万円の範囲内で土地や建物の持分を毎年移していく持分移転登記を行っています。

このスキームを使えば、贈与税がかからない範囲内で、希望する親族へ不動産の権利を移せたり、110万円を親族へ生前に贈与することができます。そして、生前贈与のメリットが相続税対策となることです。課税対象となる資産を減らすことで、将来発生するであろう相続税の節税効果が期待できるのです。

贈与税は累進課税で最大55%の税率が発生します。この数字だけだと、非課税枠を超えて贈与をすると損をするような印象を受けるかもしれません。しかし、総資産額や贈与額の組み合わせによっては、生前贈与していた方が有利に働くこともあるのです(詳細は、税理士または最寄りの税務署にご確認ください)。

「生前贈与」で節税できなくなるわけではない

では、生前贈与を使った節税ができなくなるかと言えば、答えは「ノー」です。税制改正大綱は、あくまで「本格的な検討」という表現に留まっています。

まだ、法改正に及ぶわけでも、法が施行されたわけでもありません。2022年12月に公表されるであろう令和5年度大綱をよく確認する必要があります。

契約書を作成し書面で残しておくこと(画像:イメージ)

いずれにしても、生前贈与を行う場合は契約書を書面で残しておくことが重要です。税務だけではなく、法務的な観点からも必要となります。

書面によらない贈与は、履行の終わった部分を除いて、当事者が解除できることになっています。先ほど述べたように生前贈与は契約ですので、後からトラブルにならないように書面化しておくことが望ましいです。

「本格的な検討」と謳っただけで、敏感な反応を見せる生前贈与。いかに国民の暮らしや日本経済に与える影響が大きいかが明らかになりました。

しかし、そこに大義は見えません。どこに政策的重点を置いているのか、まったく不透明です。生前贈与を抜本的に見直し投資拡大につなげたいのか、あるいは、相続税に重点を置き税収を増やしたいのか、そもそものゴールがぼやけているのです。

生前贈与の見直しをきっかけに、日本が活力を取り戻すための議論につながることを願っています。

岡信太郎
司法書士、合気道家、坂本龍馬研究家。大学卒業後、司法書士のぞみ総合事務所を開設。政令指定都市の中で最も高齢化が進む北九州市で相続・遺言・成年後見業務を多数扱う。著書には『済ませておきたい死後の手続き 認知症時代の安心相続術』(角川新書)、『財産消滅 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』(ポプラ社)など。

記事 4 岡信太郎

司法書士、合気道家、坂本龍馬研究家。大学卒業後、司法書士のぞみ総合事務所を開設。政令指定都市の中で最も高齢化が進む北九州市で相続・遺言・成年後見業務を多数扱う。著書には『済ませておきたい死後の手続き 認知症時代の安心相続術』(角川新書)、『財産消滅 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』(ポプラ社)など。