日本時間の5月9日夕方、ロシアのプーチン大統領は対独戦勝記念日の式典で演説を行い、ウクライナ侵攻について「唯一の正しい選択肢だった」と改めて強調した。

ロシアの姿勢は、今後のウクライナ情勢や欧米諸国との対立にどう影響するのか。BSフジLIVE「プライムニュース」では、識者を招き徹底分析した。

ロシア軍はウクライナに押され、逆侵攻まで懸念する状況に

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新美有加キャスター:
今後のウクライナ侵攻の焦点はどこに。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ハルキウ周辺から行われているウクライナ軍の反攻がどれほどの効果を持つかという点が、ここ1週間ほどの戦局の焦点になっていく。仮にウクライナがイジューム周辺に展開しているロシア軍部隊の補給線を断ち、ロシア軍の包囲撃滅に成功すると、戦局は大きくウクライナ有利に傾く。

反町理キャスター:
東部に戦線が移った当初、ロシア軍はキーウ周辺にあった部隊も含めて大攻勢を展開するのではと言われ、実際にそれなりの戦力も投入されたと聞いたが。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
今はロシア軍が押されている状況。

反町理キャスター:
ロシアは事実上、ロシア領土の拡大という侵略開始当初の目的を達成できない可能性が高まっている。ドネツク・ルハンスクの独立共和国の維持も危うくなり、ロシアが侵攻開始時よりも押し込まれる可能性があるか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ハルキウとイジューム周辺の戦いでのウクライナの勝ち方次第。勝ち切れずにロシア側がある程度の戦力を残す形になると、ドンバス地方での膠着状態が続くと思う。ロシアとしては、ウクライナに反攻を受けるリスクが高い攻勢的な作戦を継続するか、守備的な作戦に切り替えるかの選択を迫られている。ロシアが守備的になり、膠着する可能性は高い。またロシアは、ハルキウ周辺の戦いで敗れた場合、ウクライナからロシアへの逆侵攻を懸念する。

反町理キャスター:
ロシア領内へのウクライナ軍の侵攻があるという意味?

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長
高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
ロシアはそれを心配せざるを得なくなる。つまり、ハルキウやイジュームでの作戦の根拠地は、その北東にあるロシア領のベルゴロド。軍事的な合理性からは、この補給基地を叩き潰すことが考えられる。ロシアが戦略核を使用する可能性など危険が多いため、ウクライナは実際にはやらないと思うが。

反町理キャスター:
では、ロシアがかつてノボロシアと呼ばれたウクライナ南部の黒海北岸域を支配するという話が一時あったが、それは今や夢のまた夢みたいな状況であると。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
政策の方向性としては捨ててはいないと思うが、現実問題としては極めて遠い目標。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
南部攻勢はほぼ妄想に近い。基本的に黒海北部、オデーサ周辺の戦局はウクライナ優位で固まったと見てよい。

プーチン演説には「敵はウクライナではなく欧米」のニュアンス

新美由加キャスター:
モスクワで行われた対独戦勝記念日の記念式典でのプーチン大統領による演説。「ウクライナへの先攻は唯一の正しい決断だった」と発言し、事前に予想されていた勝利宣言や戦争宣言はなし。宣言により総動員体制を敷くのではという観測もあったが。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
戦況は勝利宣言する状況にない。戦争宣言も、国内的な調整に時間がかかっているのでは。ただ、いずれにせよロシアはどこかのタイミングで、総動員のための戦争宣言を行わざるを得ない。

反町理キャスター:
その他の内容面については。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
かつてのナチスとの「大祖国戦争」と、今回のウクライナにおける「キエフのネオナチ政権打倒の戦い」をシンクロさせて、今の軍事作戦を正当化するもの。

反町理キャスター:
この戦時下で、しかも国際社会からすると理解しがたい大義を掲げながら、ネオナチ打倒と繰り返し強調し、会場に集まった軍人が「ウラー(万歳)」と。非常に違和感を覚える。これを見たロシア国民の一般的な感情はどうか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
今の特別軍事作戦を支持している人は、恐らく今回のプーチンの演説には特に違和感は感じないのだと思う。

反町理キャスター:
演説の中でウクライナを敵視する発言はあまり強くなく、どちらかというとNATO(北大西洋条約機構)やアメリカの同盟国・友好国に対する話が出てくる。プーチン大統領の演説は誰を敵に仕立て上げる演説だったのか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
明らかに「自分の敵は欧米であり、ウクライナ・ゼレンスキーは相手にしていない」というニュアンス、ストーリーに見える。ゼレンスキー政権は基本的に欧米の傀儡で、これは米露の代理戦争だというロシアの見方が現れている。

新美由加キャスター:
一方、プーチン大統領の演説を前にウクライナのゼレンスキー大統領が演説。このメッセージのインパクトについて。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
結局、どちらが真のナチ、絶対悪であるナチズムなのか。今回の戦争がある意味、第二次大戦の記憶をめぐる戦争でもあるということ。

反町理キャスター:
お互いナチだと言い合っている。どう理解すればよいのか。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
レッテル貼りの戦いでしかなく、戦争が終われば実体の伴わないこのレトリックは忘れられていくのでは。ただ、残るのはブチャの虐殺であり、マリウポリにおける破壊であり、それを行ったロシアにどのような烙印が貼られていくのかということ。

侵攻前、ロシアの提案に対しアメリカには議論の姿勢があった

新美由加キャスター:
プーチン大統領の演説から見えるロシアと欧米諸国の戦いの行方について。演説の中で「我々は安全保障条約の締結を提案したが、NATOは聞きたがらなかった。NATO諸国がウクライナに最新鋭の兵器を提供し、ロシアの安全保障に脅威を与えた」と発言。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
欧州方面に安全保障上の懸念があり、それをひとつの理由としてウクライナ国境に軍を集結させるのがロシアのロジックだった。その懸念を議論する枠組みを作ることについて、2021年12月7日の米ロ首脳会談で合意した。ロシア側は懸念についての声明を出し、アメリカ・NATOそれぞれとの条約案を発表した。ロシア側は、ウクライナのNATO加盟の可能性を全て排除する書面での法的な確約を求めた。欧州の安全保障の根幹の原理原則にかかわる要求に対しては、アメリカはゼロ回答だったが。

反町理キャスター:
ロシア側は安全保障条約の締結を提案していたと。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
だが、さらにロシア側が提案していた、バルト海でのNATOの軍事演習の透明性や、中距離ミサイルへの懸念についても、またルーマニアとポーランドに配備されているアメリカのイージス・アショア(ミサイル防衛システム)についても、アメリカ側は議論する用意があると伝えた。ロシアの専門家の間では、ロシア側はすぐには飲めないだろうが完全に断るというのもあり得ないと。

反町理キャスター:
ウクライナのNATO加盟には、ヨーロッパでも非常に否定的な声が多かった。自らの提案にも目があるのではとロシアは思った?

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
バイデン政権は、加盟させるかどうかはNATOとウクライナの問題であり、ロシアが拒否権を発動するべきものではないという立場。ただし、バイデン大統領はウクライナのNATO加盟について、モラトリアム期間を設定するようなやり方もあるのでは、ということも言っていた。

ロシア編入の住民投票をでっち上げる可能性も

新美由加キャスター:
ロシアが制圧した地域では、実効支配を強め住民投票を実施しようとする動きがあると言われる。5月14日と15日にウクライナ東部のドネツク州・ルハンスク州でロシアへの編入の是非、ヘルソン州ではウクライナからの独立の是非を問う住民投票が計画されていると。ロシアがクリミアを編入した時のようにうまくいくものか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
最近、ニューヨーク・タイムズにあった興味深い記事では、これらの地域で本来親露派と見られていた人の多くが、今回必ずしもロシアに協力していない。ロシアが説得しようともせず上から目線だと。人心掌握ができておらず、スムーズにはいかない可能性がある。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員

反町理キャスター:
この住民投票において、ロシア統治の正統性の裏づけがあるかどうか。どういう民主的手続きによって投票が行われるのか。我々はその結果をどういう姿勢で見ればいいのか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
軍事的な支配が行われている中での住民投票で、なかなか正統な住民投票とは言えない。ロシア側は当然主張するだろうが、西側諸国は受け入れることはできないということ。

高橋杉雄 防衛研究所 防衛政策研究室長:
これは本当に投票やるんですかね。食糧供給などで、ロシアはすでに住民の個人情報を持っていると言われている。投票はでっちあげればいい。国際機関などの選挙監視が入るわけではないので。本来はOSCE(欧州安全保障協力機構)などが入るべきだが。本当に投票をやるのかということ自体をまず疑ってかかるべき。

BSフジLIVE「プライムニュース」5月9日放送