2023年1月X日、氷点下まで冷え込んだ関東地方は雪に閉ざされた。暖房需要による電力使用量は激増。逆に再生可能エネルギーブームに乗って設置された大量の太陽光パネルは真っ白となり、沈黙した。電力が不足し、東京電力は一部地域への送電をストップする「計画停電」の実施を発表。停電地区から脱出する人々が相次ぐ一方、不測の事態を恐れた人々は通学や出勤を諦めた。電力供給というライフラインの一部を奪われた首都東京は、甚大な社会・経済的な損失を被ることとなった…こんな「悪夢のシナリオ」が、わずか9ヶ月後に実際に起きる可能性が取り沙汰されている。

”2017年度以降で最も厳しい”今夏の電力

4月12日、経済産業省・資源エネルギー庁は、2022年度の夏・冬に電力不足が発生するのかを検証したシミュレーション結果を発表した。天候や過去の実績などから予測される電力の使用量と、最大発電量を比べて、どのくらい余裕があるのかを示す「予備率」をはじき出したのだ。

このシミュレーションによると、今年7月の東北・東京・中部電力管内の予備率は3.1%と、安定供給の目安となる3%ギリギリだった。3%を超えてはいるが、安心は出来ないというデータがある。経産省によると夏の電力使用量の実績が予測値を上回ったケースは、2013年~2017年の5年間は2回(2013年の中部電力管内と2016年の沖縄電力管内)しか起きなかった。
しかし2018年から去年までは、実に15回も電力使用量が予測を上回るケースが起きている。東京電力管内も、2018年と2021年に予測を超える電力使用量を記録した。想定を超える猛暑が増えているのが原因とみられる。

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つまり、現状の予測ではギリギリ間に合っている電力が、想定外の猛暑による電力使用量増加により、ひっ迫する可能性は否定できない。経産省はこの結果について「2017年度以降で最も厳しい」と評価している。

衝撃のマイナス予測・・・フルスイングしても足りない

冬の電力需給シミュレーションではじき出された予備率は、夏を遙かに超える衝撃的なものだった。東京電力管内の予備率は、2023年1月がマイナス1.7%、2月はマイナス1.5%。まさかのマイナス予測…平たく言えば、電力が足りなくなるというのだ。

夏・冬の電力がひっ迫する主な要因は、老朽化した火力発電所の休止や廃止が相次いでいるためだ。また3月に福島県沖で発生し最大震度6強を記録した地震で、火力発電所の設備が壊れ、現在も復旧の見通しがたっていないことも影響しているという。

東京電力管内では3月21日、電力不足の懸念が高まり、史上初めて電力需給ひっ迫警報が発令された。「定期検査で止まっていた火力発電所が多かったこと」「地震により一部火力発電所が停止していたこと」に加え、「真冬のような異例の寒さが首都圏を襲う」という3つの要因がたまたま重なったことが原因とみられる。

経済産業省は、警報の出し方を含めた対応について現在検証を進めており、その一環として今回のシミュレーション結果が公表された。そういう経緯があるため、私は当初、多少強めに警鐘を鳴らす事で企業や国民の理解を得ようとの意図があるのではないかと、うがった見方をしていた。しかし取材をしてみると、どうも違う。本当に、停電回避に向けて今ある力で”フルスイングしても足りない”という深刻な事態なのだ。

不測の事態で全国で大規模停電も

シミュレーションの前提条件を調べると、深刻さが理解できる。まず、影響力が大きい気象条件だ。経産省によると、今回のシミュレーションでは「10年に一度の厳寒」が起きることを想定している。具体的には、関東地方で大雪が降った2022年1月6日の天候が想定されている。つい最近体験したばかりの気候であり、来年起きても不思議はない。

2022年1月6日 都内は大雪となった

また、発電能力の想定はまさにフルスイングだった。経産省によると3月22日に起きた電力不足の危機の際に大活躍した揚水発電(電力に余裕がある間にダムの上部に水をくみ上げておき、電力が足りないときに水を落としてタービンを回し発電する。バッテリーのような役目を果たす)はフルに活用する事が盛り込まれている。さらに、隣接する東北電力などから電力をもらう事も盛り込まれているし、休止中で再稼働可能な火力発電所を動かすことも盛り込まれている。やれる事を全部やって、なお足りないのだ。

危機的状況は、東京電力管内だけではない。中部・北陸・関西・中国・四国・九州の各エリアでも、来年1月の予備率は2.2%、2月は2.5%と予測され、3%を割り込んでいる。地震や故障など不測の事態で発電所が止まれば、大規模停電の可能性があるのだ。

萩生田経済産業大臣も「全てのプレーヤーがちゃんと動くことを前提にしていて、それでもちょっと危ないよねという状況ですから、これ誰かケガをすれば、つまり発電所が止まるような事になれば、さらに事態が深刻になる」と危機感を表明している。

停電は回避出来るのか?

電力広域的運営推進機関の試算によると、東京電力管内で安定供給を可能にする3%の予備率を確保するには、1月は254万キロワット、2月は247万キロワットの電力が不足している。1世帯あたりの電力使用量を100V×30A=3キロワットと仮定すると、80万世帯以上の電力が足りない計算だ。

この不足を補うため、試験運転中の火力発電所を可能な限り動かす案がある。来年1月の危機に間に合うのは、姉崎新1号機(64.7万kW)、新2号機(64.7万kW)、横須賀1号機(65万kW)の3機で、もしフル稼働できたら合計194.4万キロワットとなる。さらに、石炭をガス化して、発電効率と環境性能を飛躍的に向上させた次世代の火力発電システムIGCC(石炭ガス化複合発電プラント)の実証試験が福島県で実施されており、もし稼働出来れば100万キロワット出せる。

ただ、いずれも試験運転中であり、経産省も「基本的には供給力として見込んでいないものの、稼働ができれば、実需給断面での追加の供給力となり得る」という程度の見方で、停電回避の決定打とまでは言えない。

発電を増やせないなら、使用を抑えるしかなくなる。経産省は、「万が一に備えて」という注釈付きながら「計画停電や使用制限令、節電要請等の対策について、考え方を確認していく必要がある」として、停電を含めた対策の検討を始めた。計画停電とは、電力会社が大規模で突発的な停電を防ぐために、日時や地域を定めて電力の供給を一時停止するものだ。

一方で使用制限令は、電気事業法に基づき政府が大口需要家である企業などに対し、一定期間電力の使用を抑えるよう求めるもので、罰則もある。いずれも国民生活や経済活動への影響は大きく、経産省は「極力回避することが望ましい」としている。

停電回避のために私たちができること

岸田首相は「夏や冬の電力需給逼迫(ひっぱく)を回避するため、再エネ、原子力などエネルギー安保及び脱炭素の効果の高い電源の最大限の活用を図ってまいります」(4月8日の会見)と話し、供給力の強化について触れた。

ウクライナ情勢などエネルギーを巡る不透明感が世界的に広がるなか、私たち電力の消費者側も、省エネ家電を導入する他、冷暖房使用を抑えるため、断熱性の高いカーテンに変えるなど工夫の仕様はある。勝負の1月まであと9ヶ月。電力の安定供給・停電回避に向けて、残された時間は多くない。

(経産省担当 渡邊康弘)

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「経済部」は、「日本や世界の経済」を、多角的にウォッチする部。「生活者の目線」を忘れずに、政府の経済政策や企業の活動、株価や為替の動きなどを継続的に定点観測し、時に深堀りすることで、日本社会の「今」を「経済の視点」から浮き彫りにしていく役割を担っている。
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渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。