減塩食を食べた時、味が薄く物足りなく感じたことはないだろうか?健康を考えると塩分を減らしたいが、なかなかできないという人も多いかもしれない。そんな悩みを解消するデバイスが開発されている。 

明治大学の総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明研究室とキリンホールディングスは4月11日、微弱な電流で塩味をコントロールし、減塩食品の味わいを増強させる“箸型デバイス”を開発したことを発表した。
電気味覚での塩味増強効果を確認した研究としては、世界初だという。

開発中の箸型デバイス(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)
開発中の箸型デバイス(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)
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宮下研究室とキリンは、2019年から人体に影響しないごく微弱な電気を用いて、“電気味覚”の研究を共同で行ってきた。塩味の基となる塩化ナトリウムやうま味の基となるグルタミン酸ナトリウムなどが持つイオンの働きを調整し、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりすることで味の感じ方を変化させるものだ。

開発した箸型デバイスは、先端から微弱な電気が流れるようになっており、箸から食品を介して電気刺激がもたらされる。この箸を使って食品を口に入れた時、塩味を強く感じることができるというわけだ。ちなみに、箸デバイスそのものを舌に押し付けても、塩味が感じられるという。

※微弱な電気刺激が付与される箸型デバイス(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)
※微弱な電気刺激が付与される箸型デバイス(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)

電気刺激を付与しない場合と比べて約1.5倍増強

なお「実際に減塩の食生活をしている」または「過去にしていた経験のある」40歳~65歳の男女36人を対象に、この箸型デバイスを用いた臨床実験を実施。一般食品を模したサンプル(食塩を0.80%含有するゲル)と減塩食を模したサンプル(食塩を0.56%含有するゲル。食塩含有量は一般食品を模したサンプルとの比較で30%低減)を試食した後、感じた塩味強度について評価する試験を行った。

結果、減塩食を模したサンプルを試食した時、箸型デバイスに電気刺激を付与した場合、電気刺激を付与しない場合と比較して塩味が1.5倍程度増強される結果が得られたという。さらに、電気刺激を付与したときの減塩食を模したサンプルの塩味強度は、一般食品を模したサンプルと同等であることもわかった。

※電気刺激による塩味増強効果(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)
※電気刺激による塩味増強効果(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)

また、減塩味噌汁の塩味強度や風味の変化についての試験も行ったが、塩味の増強効果が確認されたことに加え、コクやうま味、全体のおいしさの向上を感じたという意見が得られたという。

この実験結果から、これまで減塩食を食べて物足りない感じがしていた人も、このデバイスを使うと、減塩食でも一般食品と同じような味わいが実感できるというのだ。

舌は微弱なプラスの電気刺激で塩味を感じる

塩分の取りすぎは生活習慣病の発症や重症化を招きやすく、病気の予防のためにも大変ありがたいデバイスだろう。では、なぜこのデバイスを使うと塩味アップを感じられるのか?また実用化は進んでいるのか?

明治大学宮下芳明研究室とキリンホールディングスに詳しく話を聞いてみた。


――なぜこの研究を始めた?

「未来のコンピュータは、視聴覚だけでなく触覚・嗅覚・味覚の体験も記録・再現できるようになるべきだ」という考えのもと、10年前からコンピュータによる味覚制御の研究をしていました。特に、電気味覚の現象は、人間の食生活を変革する可能性を秘めているととらえ、食物の味を増強する食器の開発・研究を行ってきました。


――“世界初”ということだが、なぜこれまで実現できなかった?

電気味覚の技術は、研究者による食塩水を用いた評価や、食品を用いた定性的評価は行われていましたが、食品を用いた定量的評価や生活者による評価は十分行われていませんでした。今回、明治大学とキリンは日常での使用を想定して、微弱な電流でも体感効果を大きくする方法を開発し、初めて実際に減塩の食生活を送る方々を対象に、減塩食での塩味増強効果を定量的に示しました。この電気味覚の技術が進化し、研究段階から社会実装に近い段階となったことで実現した成果と考えています。


――どうして電気で刺激すると塩味が約1.5倍強く感じられる?

舌に電気刺激を与えた際に感じる味のことを“電気味覚”と呼び、200年以上前から現象としては知られていました。舌に微弱な陽極刺激(プラスの電気による刺激)を与えると、味覚を感じ取る味細胞(みさいぼう)が刺激されて塩味を感じさせることが可能です。

逆に、陰極刺激(マイナスの電気による刺激)は、飲食物中の塩味の基となる塩化ナトリウムやうま味の基となるグルタミン酸ナトリウム等がもつイオンの動きを制御して、食品の味を濃くしたり薄くしたりすることが可能です。微弱な電気を流した際は、味を呈するイオンが舌の味細胞から離れて、味が薄く感じられます。電気を停止することで、イオンが一気に味細胞に受容されて、味が濃く感じられます。

今回、キリンと明治大学は陽極刺激と陰極刺激を組み合わせた波形を設計し、微弱な電流で約1.5倍と高い塩味増強効果を得ることに成功しました。本電気刺激波形は、キリンと明大で共同特許出願中です。

味の濃淡がコントロールできるのは「塩味」「うま味」「酸味」

――電気の刺激が強くなれば、塩味も強く感じられる?

明治大学とキリンが使用している電流は、低周波治療器の数分の一から数十分の一、家庭用電気刺激機器の数分の一程度の強度であるため、刺激はほとんど感じません。用いる電流を高くすれば、塩味増強効果も大きくなりますが、その一方でピリピリとして刺激にもつながってしまいます。ピリピリとした刺激があっては、日常の食生活で活用することは難しいため、明治大学とキリンは微弱な電流でも体感効果を大きくする方法を開発しました。


――味噌汁のコクやうま味が向上したのはなぜ?

実は、先ほど説明した陰極刺激は飲食物中のイオン性の成分、つまりうま味や酸味等の塩味以外の成分についてもコントロールする効果があるのです。箸デバイスを用いて味噌汁を食べることで、味噌汁に含まれるうま味成分の味が増強されたと考えられます。また、塩には味全体を整える効果があるように、デバイスからもたらされる塩味によって、料理の味全体がまとまった可能性も考えられます。

研究の様子(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)
研究の様子(画像提供:明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科宮下芳明研究室)

――甘さを強く感じられるといったことにも応用はできる?

本技術で味の濃淡がコントロールできるのは、主に塩味、うま味、酸味です。電気によって+-の性質を持つイオン性成分の動きをコントロールしているためです。砂糖はイオン性成分でないため、甘味のコントロールは難しいですが、甘味を有するグリシン(イオン性成分)による甘味でしたらコントロール可能です。糖の甘味についても、スイカやお菓子に少量の塩を加えると甘味が引き立つように、塩味をコントロールすることで甘味を含め全体の風味が上がる効果もあります。

“減塩=我慢”の概念をくつがえす

――研究は将来的にどんなことに役立てられる?

生活習慣病の発症や重症化の予防のために役立てられるのではないかと考え、キリンと共に社会実装に向けて開発を進めています。生活習慣病の重症化を予防するには、1日6.0グラム未満の食塩摂取量が望ましいと考えられていますが、塩分を控えた食事に対して「味が薄い」と苦痛の声が多いのが現状です。また、日本人の食塩摂取量は世界的な基準と比較して非常に多く、塩分のとりすぎは「健康」に関する大きな社会課題となっています。

“減塩=我慢”の概念をくつがえし、おいしさによる精神的な満足感・栄養面から導かれる健康の両方をお届けできればと考えています。


――今後このデバイスを発売する予定は?

キリンで23年~24年に実用化することを目指しています。日常の食事シーンで、塩分を控えた薄味の食事における味の満足度を高めるツールとして、食事をよりおいしく・より楽しく・より健康的にするためのツールとして、キリンからお客様にお届けする予定です。


――“箸”以外に食器などが生まれる可能性もある?

形状は様々に変更可能でして、箸に限らず、スプーンやフォークなどのカトラリー全般、お椀等の食器全般を検討中です。日常の食事シーンで使いやすいデバイスとなるよう、開発を進めています。


箸型デバイスは23年~24年の実用化を目指しているという。減塩食をよりおいしく食べられる未来はすぐ近くまでやってきているようだ。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。