「侵略戦争は今後誰もしかけない」は本当か

昨日(4月17日)、日曜日の某経済紙ウェブ版をチェックしていて、ある寄稿文の一部に驚愕したので、この稿を書くことにした。

それにはこう記してあった。

「ウクライナ問題が今後どのような展開となっていくのか、現時点では予測がつかない。だが、明白となってきたことがある。それは、他国を侵略しようとする戦争は、今後もう誰も仕掛けないだろうということだ。」

そして

「世界から経済制裁を食らうとなれば、他国への侵略戦争を仕掛けられない。…中略…米国や中国といえども世界からの経済制裁には耐えられまい。」(※太字は全て筆者)

筆者自身もそうあって欲しいと願ってはいる。

しかし、現実は甘くない。

制裁だけでは止められない独裁者は存在するのだ。

元より、個人攻撃をするつもりは毛頭ないし、揚げ足取りになるようで申し訳なくもある。しかし、万が一、このような誤った認識が経済界で勢いを増すと国を誤る恐れがある。大袈裟に言えば、将来「国破れて山河あり」の心配さえ出て来る。

確かに、ロシアのプーチン大統領は現在のような大規模で徹底的な経済制裁に西側が乗り出してくるとは予想していなかったに違いない。しかし、仮に予想していたとしても、ウクライナに侵攻しなかっただろうか?

ロシアのプーチン大統領
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答えは否である。

侵攻計画の変更はしたかも知れないが、止めると言う選択はしなかったろう。

現在、ロシアは、ウクライナの首都キーウ占領を諦め、東部攻略に目標を変えている。

これも経済制裁が効いたからか?

否である。

当初計画のウクライナ全土を4日間で掌握し、傀儡政権を樹立するという計画が失敗したからに他ならない。

ウクライナのゼレンスキー大統領

(ご興味のある方は過去記事「プーチンは当初4日でウクライナを片付けるつもりだったようだ。しかし、そうは行かなかった。戦いは長引くだろう」をご参照願いたい)

アジアの隣国 北朝鮮や中国はどうか?

アジアに目を転じよう。

北朝鮮が武力による南北統一をしようとしないのは何故か?

その意思がないからではない。

経済制裁が怖いからでもない。北朝鮮はもう既にこれ以上ない程の制裁を受けている。

端的に言って、武力による南北統一を試みても成功しないからである。

それを彼らも知っているからである。

米韓同盟との軍事力の差は歴然としている。

そんなことを始めれば、ソウルに大打撃を与えることは出来ても、自国の存在が危うくなるのが必定だからである。

北朝鮮の金正恩総書記

それ故か、制裁下にありながらも、むしろ、自分達を守るためと称して核抑止力の増強にせっせと励んでいる。ただし、万が一、核を攻撃に使えば、報復を受け、北朝鮮という存在がたちまち消滅してしまうことを、アメリカのパウエル元統合参謀本部議長・国務長官が言ったとされるように「彼らも重々承知している」

中国が尖閣諸島を武力で制圧しようとしないのは何故か?

大規模経済制裁も確かに怖いかもしれない。

しかし、日本の防衛力は侮れないし、何よりも日米安保条約があるからである。

尖閣諸島を攻撃・占領すれば、日米と衝突し、負ける可能性が高いからである。

同盟の軍事抑止力が効いているのである。

中国の習近平主席

では、中国は台湾侵攻をどう考えているのか?

中国は武力による台湾統一の旗を降ろしていない。

かつて、江沢民主席は「アメリカの第7艦隊がいなければ、もっと早く問題を片付けていただろう」(旨)と公言したことがある。

中国が海で隔てられた台湾の武力制圧に乗り出さないのは成算がまだないからに他ならない。

制裁は損得を計算する際の要素には間違いなくなるだろう。しかし、決定的要因にはならない。それ以前に、軍事的な成算が無ければ手を出してこない。

(過去記事:「日本人は対中長期戦を覚悟すべしー日米首脳会談を受けて」をご参照願いたい)

制裁の脅しでロシアの侵攻計画そのものは止められなかった

ロシアに対する経済制裁はじわじわと更に効いてくるだろう。ロシア国民は苦しむことになるだろう。しかし、制裁の脅しは、プーチン大統領の侵攻計画そのものを止めることはできなかった。

プーチン大統領はあっという間にウクライナを制圧するつもりだったのだが、それを今のところ防いでいるのはゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ国民の不屈の抵抗に他ならない。西側の軍事的支援も効いているが、制裁が食い止めたのではない。制裁に期待される効果はプーチン政権をこれから中長期的に締め上げることである。

欧州に目を転ずれば、戦後、経済第一で歩んできたドイツの姿勢も明らかに変わった。

エネルギー欲しさにロシアに融和的だった対応も転換しつつ、国防費をGDPの2%に増やす方針を示した。プーチン大統領の暴走を止めるのに融和姿勢が何の役にも立たなかったという厳然たる事実とロシアが信用ならないことを認識したからである。

ドイツ 連邦首相府

経済的利益よりも命と安全の方が遥かに大事であることを悟ったからである。

元自衛隊海将で金沢工業大学大学院の伊藤俊幸教授も、今回のロシアによるウクライナ侵攻で明白になったことは「損得勘定を含めた合理的判断を抑え込んで独裁者は他国を侵略する」「独裁者の誤った判断は誰も止められない」「核を持った独裁者の侵略意欲を抑止するのは極めて難しい」ことだと言う。

独裁政権を侮ってはいけないのである。

自国民の平和で豊かな生活や人権を守るより、独りよがりの栄光を欲する独裁者はこの世に存在する。

彼らは民の幸せなど斟酌しない。彼らが斟酌するのは力である。

彼らの暴走を食い止めるには、必要にして十分な抑止力と、いざという時にはとことん戦うという確固たる決意が必要なのである。

彼らに付け入る隙を与えてはならないのである。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎


フジテレビ報道局解説委員。1989年?ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年?ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。

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