子宮頸がんを予防するHPVワクチン。

4月から「積極的な接種の呼びかけ」が再開される。8年間接種が進まなかった中、今再び、国が推進する訳を取材した。

漫画「コウノドリ」にもエピソード

産婦人科の現場を描いた、人気コミック「コウノドリ」。その中に、こんなエピソードがある。

妊娠初期の女性が検診を受けた結果、子宮頸がんであることが発覚した。妊娠を継続すべきか、子宮を摘出するべきか…。そんな中交わされた、病院のスタッフたちの会話だ。

助産師:
子宮頸がんのワクチンて、13歳の初回接種率って、どれくらいなの?

医師:
はっきりとはわかりませんけど…1%以下、ほぼ0%ですよ。すべてを予防することはできないけど、子宮頸がんは…ワクチンのある唯一のがんなんすけどね

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年間約1800人が死亡「子宮頸がん」

子宮頸がんとは子宮の頸部にできるガンのことで、20代~40代に多い病気だ。

年間1万人以上がかかり、約1800人が死亡している。子宮頸がんの原因の95%以上が、HPV(ヒトパピローマウイルス)だ。

HPVは、自然界に存在するありふれたウイルスで、性交を経験したら、男女を問わず多くの人が感染する。子宮頸部の細胞に感染しても、ほとんどの場合、免疫の力で排出することができるが、感染が続くと、がんになる場合がある。

「知られていないワクチン」

女性の健康やライフスタイルなどを取り上げる、講談社の「FRaU web」。

200ページ以上にわたるコウノドリのエピソードを、子宮頸がんの啓発デーなどに合わせて無料公開する企画を行ってきた。

FRaU web 新町真弓編集長:
HPVワクチンについて正しい知識をちゃんと伝えたいと、ずっと作り続けてきて、でもやっぱりコウノドリの、この13巻・14巻ほど伝わるものってないよねと(企画した)

――HPVワクチンの現実をどう感じていますか?

FRaU web 新町真弓編集長:
みんな知らない。ワクチンを受けられることを知らない

――子宮頸がんワクチンのこと知ってますか?

18歳:
聞いたことはある

――習ったりもしていない?

18歳:
してない、覚えてないのかな

行わなかった「接種の呼びかけ」

ワクチンのことを知らない人が多いのも、無理はない。約9年間「接種の呼びかけ」が行われていないからだ。

2013年4月、厚生労働省は小学6年から高校1年の女性を対象に、HPVワクチンを「定期接種」とし、1人1人に文書を送って、接種を呼びかけた。

しかし、接種後に痙攣などの重い症状が出たと訴える声が相次ぎ、厚労省は定期接種としながらも、「積極的に打つことを呼びかけない」という異例の決定をしたのだ。

当初70%を超えていた接種率は、1%未満にまで激減した。

元厚労省幹部「メディアが科学的な情報をあまり取り上げない」

「接種の呼びかけ」が差し控えられた直後に、厚労省の予防接種担当局の局長に就任した佐藤敏信さん。寄せられた副反応の疑いがある事例を、1件1件調査した。

元厚労省健康局長・局長 佐藤敏信さん:
ワクチン接種=異物を入れるという意味では、副反応は一定の確率で起こると言う前提のもとにおりました。ワクチンの性質から考えて、そういう症状が起こり得るものなのか、多面的に検討しました

数年をかけた調査の結果、厚労省は「HPVワクチンと、様々な症状に因果関係があるという証明はされていない」としている。一方、ワクチンの“効果”については、佐藤さんの就任直後から次々と海外で研究結果が発表されていた。

元厚労省健康局長・局長 佐藤敏信さん:
2013年秋ぐらいの時点では、積極勧奨の再開についてご理解が得られるんじゃないかなっていう感触がありました

しかし、議論は膠着状態が続いた。一体なぜか?

元厚労省健康局長・局長 佐藤敏信さん:
私の拙い科学的知識の中での解決は、就任した月にはもう自分の中で確たるものを持っていましたけれども、政治的、社会的な解決はまた別問題だった

社会的な解決を阻んだ要因のひとつとして、「当時のメディアは、科学的な情報をあまり取り上げない風潮があった」と指摘する。

元厚労省健康局長・局長 佐藤敏信さん:
些細なサインを見逃さずに、きちんと議論して調べていくということは非常に重要ですから、そういう意味では、マスコミの反応、副反応じゃないかと言って声を上げていらっしゃる方のお話を聞くし、それを議論・検討して行くというのは、あるべき姿だったろうと思います。いつまでもいつまでも大変だ、大変だ、だけでは困って。もう少し丁寧に、双方の主張聞いていただくとよかったのかなと。ちょっと偉そうな言い方ですけど、バランスのとれた報道があると良かったかもしれません

子どもにどう伝える?子宮頸がんとHPVワクチン

2020年のスウェーデンの大規模な調査で、ワクチンの効果がより明らかになったとして、厚労省は2021年11月、9年ぶりに「積極的に接種を呼びかける」ことを決めた。

今後の課題は、どのように周知をはかり接種率を上げるかだ。

小・中学生を対象に長年、性教育を行っている助産師の森重朝子さんは、今回初めて、小学5年生の授業に子宮頸がんとワクチンのことを盛り込むことにした。

助産師・森重朝子さん:
HPVワクチンの話をするのは(これまでは)15歳・中3の子達だった。そうすると(無料接種の期限が)あと一年しか残ってない。5年生は、6年生になったらすぐに自治体からお知らせがくるので、その時に考えてもらうきっかけになると思って

一度でも感染してしまうとワクチンが効かないため、初めての性交を経験する前に打つ方が確実な効果を得られた。

助産師・森重朝子さん:
HPVワクチンで予防ができるということで、かかりつけの小児科の先生や産婦人科の先生のところでしっかりと説明を受けて、自分でよく納得して受けるといいかと思います。不安も少なくなるしね

小学5年生:
ワクチンを6年生ぐらいから受けられるのは知っていたけど、何のためにするのか知らなかったので、その理由を知れていい機会でした

9年ぶりに始まった接種の呼びかけ。

子宮頸がんをゼロにするために、これからが正念場だ。

2022年4月から何が変わる?

HPVワクチンの安全性などについて、HPVワクチンの有効性を全国の自治体で検証している、大阪大学医学部産婦人科の上田豊医師に聞いた。

上田医師: 
2022年度中に12歳~16歳になる女性に、自治体からHPVワクチン接種のお知らせが届きます。定期接種なので無料ですまた、接種の呼びかけが行われていなかった約9年間に打ち逃してしまった女性(現在17歳~25歳)にも、“キャッチアップ接種”という枠組みで、自治体からお知らせが届きます。同じく無料です

――国の方針転換をどう受け止めていますか?「

上田医師:
大きな決定で、すごく歓迎すべきことです。一方で、9年近くもかかってしまったこともあって、『やっとか』というのが正直なところです

――『そろそろ再開すべきでは?』と考えていたのは何年くらい前からですか?

上田医師:
2013年に接種の勧奨が止まった頃は、医者自身も多様な症状について勉強しないといけなかった時期だったと思います。その後、どんどん有効性などのデータが出続けてきていたので、いつ再開されてもおかしくなかったと思います

再開の決め手となった調査結果

上田医師:
2020年のスウェーデンの大規模な調査(サンプル数:167万人)では、HPVワクチン“非”接種の人の子宮頸がん発症リスクを100とした場合、『10歳~16歳で打った人は88%リスクが下げられる・17歳~30歳で打った人は53%リスクが下げられる』という結果が出ました

――スウェーデンの調査結果にはどんな意義がありますか?

上田医師:
まず『ワクチンで子宮頸がんが予防できる』という画期的なことが、スウェーデンの国全体の大規模なデータで示されたということで説得力があります。また、HPVに感染する原因は「性交」がほとんどで、性交を経験する「前」にワクチンを打つことが有効だと言われていましたが、10歳~16歳で打った人のリスクが大きく減っているということは、それにも合致するので納得しやすいデータだと思います。17歳以上はすでに性交を経験している人が多いとみられるので、有効率は下がっています。しかし、たとえ性交経験があっても『がんになるリスクが高いHPVの型に感染していなければ』ワクチンは有効なので、接種を検討して欲しいと思います

――9年近く「接種の呼びかけ」が止まったことの影響は?

上田医師:
ワクチンが広く打たれた世代は、子宮頸がん検診でひっかかる率=細胞異常率が減っていました。一方で、ワクチン接種率が1%未満になった世代(主に2000年度以降生まれ)の20歳時の子宮頸がん検診で、異常率がまた増え出したことがわかっています。おそらくその世代で将来、また子宮頸がんが増えてしまうのだろうと思います

――ワクチンの安全性は?

上田医師:
かつて接種をした後に「体のだるさ」「めまい」「過呼吸」「頭痛」など多様な症状を訴える方がいて、ワクチンの副反応なのでは?ということで接種勧奨がストップしましたが、2018年、名古屋市が行った3万人規模のアンケートで、このような結果が出ました。ワクチンを打っていない人と打った人で比べた時に、「体のだるさ」「めまい」などの24の症状が出るかどうかで、有意な差、統計上意味のある差が認められませんでした。つまり、ワクチンを打っても打たなくても、同じぐらいの割合で多様な症状が出る人は出る、ということです。 HPVワクチンの接種は、筋肉注射で多少の痛みを伴います。痛みによって、こういう症状が出るきっかけとなった人もおられるとは思いますが、多様な症状を引き起こしやすい要因・環境があることも分かってきました。そういう状況の人は、たとえワクチン接種をしていなくても、日常生活の別のことが要因となって同じような症状が出ていたであろうということです

――ワクチン接種という針を刺す刺激ではなくても、別の刺激で出るケースもある?

上田医師:
そうですね。痛みをきっかけに、多様な症状が出る人はいます。痛みは日常生活にも色々あるわけですから、例えばワクチンではなく別の要因で痛みを感じたら、慢性的な痛みにつながって、多様な症状が出るということはあり得るかと思います。万が一、ワクチンをきっかけに多様な症状が引き起こされたとしても、当時は医療者側もどう対応していいのか分らなかったんですが、今は医者の方もしっかりデータを見つけて対応の方法も勉強しました。診療体制も整いましたので、その点はぜひご安心いただけたらと思います

(関西テレビ「報道ランナー」2022年3月21日放送)

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