民法改正により、2022年4月以降、成年年齢が18歳になる。つまり、高校生であっても18歳の誕生日を迎えたら、成人として扱われるということだ。とはいっても、飲酒や喫煙、公営ギャンブルの年齢制限は20歳のまま。
民法が定める“成年年齢”は「一人で契約をすることができる年齢」「父母の親権に服さなくなる年齢」を意味するが、そうなることでどんな変化が生じるのだろうか。
弁護士と社会科教師という2つの顔を持ち、各地の学校でスクールロイヤーとしても活動している神内聡さんに、高校生が成人を迎えることでのトラブルについて、教えてもらった。
「友達の代わりに借金」「自主的な退学」想定されるトラブルはさまざま
「私も教師として、生徒たちに『18歳の誕生日を迎えたら大人になるよ』と伝えていますが、不安に思っている子が多いように感じます。学校で教える消費者教育では、トラブルのリスクを強調していることもあり、不安を助長してしまっているのかもしれません」
高校生が不安に感じるようなトラブルとは、どのようなものが考えられるのだろうか。

「18歳以降は自分名義で契約ができるといっても、クレジットカードやローンには審査があるので、高校生なら誰でも契約できるかというと、そうはならないでしょう。注意すべきなのは、ネット通販での高額商品の購入や課金制のアプリ、アダルト系のアルバイトなどでしょう」
未成年であれば「未成年者契約の取消し」が認められているため、親(法定代理人)の同意を得ずに結んだ契約は無効にすることができる。しかし、今後18歳には適応されないため、商品の購入やサービスの受け取り、労働の契約をしてしまうと、親であっても取り消せなくなる。

「学校としても、アルバイトなどで学業に支障が出たら指導や処分はできますが、契約そのものを取り消す権利はありません。校則で、18歳での商品の購入や労働に関する契約の一部を禁止したとしても、法的に契約が無効になるわけではないので、最終的には生徒の自己責任となってしまいます」
業者相手の契約問題だけでなく、高校生同士のトラブルに発展する可能性もあるという。
「例えば、3月生まれの子が、4月生まれで早く18歳を迎えた同級生に、『自分の代わりにお金借りてよ』と頼むこともあるかもしれません。もし言われた同級生が契約してしまうと、名義人である4月生まれの子が借金の責任を負うおそれがあります」
契約は、金銭のやり取りに限ったことではない。進路に関することも、高校生自身が決められることになるため、そこにも懸念点があるようだ。

「18歳になれば、親の同意を得ずに退学届を出したり、進路を決めたりすることができます。退学などの手続きに関して、文部科学省は『事前に学校、生徒及び父母等との間で話し合いの場を設けるなど、その父母等の理解を得ることが重要』としていますが、親子仲が悪かったりすると、そうもいかない実情があり、生徒の意思を尊重するケースが多くなるだろうと思います」
このようなトラブルを回避するには、「高校生自身にリスクを伝えるだけでなく、保護者等である親への啓発も必要」と、神内さんは話す。
「生徒自身が契約者になるとしても、支払いができないなど責任を負えない場合、助けられるのはやはり親です。とはいっても、成人になると親が契約を取り消すこともできないので、どんな契約なら問題がないのか、普段から子どもと話してほしいです。法律は大人が決めたものなので、高校生を見守るのも大人の役割だと思います」
18歳で事件を起こしたら「実名報道」される可能性も
弁護士の立場からは、また違う部分での懸念点が生じると、教えてくれた。
「少年事件を扱う弁護士から、『18~19歳の犯罪者は、精神的に幼い部分が多い』という話をよく聞きます。しかし、その子たちがこれまでの少年とは異なった扱いになります」
民法と同時に少年法も改正され、4月以降、18~19歳は17歳以下の少年よりも責任ある立場となるため、「特定少年」として区別されることになる。「特定少年」が罪を犯すと、家庭裁判所から検察官に送致(逆送)されたあとは20歳以上と同様に取り扱われ、事件の対象も広げられたのだ。
そして、「18~19歳が起訴された場合(略式手続きの場合は除く)には実名報道をしていい」となったことも、懸念点の1つだという。

「『実名報道は重大犯罪の場合に限る』という制限はありますが、その範囲がどうなるかは、実際に事例が出てこないことにはなんともいえません。一般的には実名報道への賛成の意見が圧倒的に多いのですが、無罪推定の原則を考えると難しい問題だと思います」
また、高校生自身ではなく、親や周囲の人にとって不利益となる事態も想定される。
「損害賠償の問題です。未成年が事故や事件を起こし、被害者から民事裁判を起こされた場合、親が監督を怠っていたら親が責任を負うことになりますが(※)、成年になると親の監督義務はありません。しかし、18歳の高校生や19歳に支払い能力がない場合、被害者が救済されないという事態が想定されます。そのようなケースでどうなるかは、今後の裁判などで決まっていくでしょう」
※未成年であっても、責任能力がある場合は損害賠償責任を負う。
大人と子どもを分けるポイントは「自立心」と「責任感」
想定されるトラブルを見てきたが、成年年齢引き下げによって、高校生にいい影響が及ぶことも考えられるとのこと。
「契約や進路について自分で決めていくことになるので、主体的に考えるようになるでしょう。また、法的に大人と見なされるので、それ相応の自立心が必要だと感じ、責任感を養うきっかけになるのではないかと考えています」

成年年齢の引き下げが、若者の救済につながる可能性もある。
「児童福祉法では18歳未満までしか保護の対象とされていません。例えば、親から虐待を受けている子は、18歳から20歳になるまでの2年間、保護されない一方で、未成年のため親元を離れるのが難しいという状況もありました。しかし、18歳で成人となれば、自分の意思で自立できるため、救われる若者が増えるでしょう」
一方で、18歳で成人を迎えることは、手放しで賛成できることでもないという。
「教師として生徒を見ていて感じることですが、ひと口に18歳といっても、精神的に成熟している子もいれば、非常に幼い子もいます。大人として必要な能力を備えているかどうかは年齢では決められないので、教師としても弁護士としても不安な部分ではあります」

神内さんの考える“大人として必要な能力”とは、どのようなものを指すのだろうか。
「『自立心』と『責任感』ですね。精神的な自立だけでなく経済的に自立していることは、大人と子どもを分けるポイントだと思います。そして、相手の立場に立って考えられる責任感を持ち合わせていること。1つの例ですが、部活動の部長などを務め、後輩の面倒を見る立場を経験した生徒は、責任感があり大人らしいと感じることが多いです」
18歳になったからといって、全員が「自立心」と「責任感」を持ち合わせているわけではない。法的には成人となるが、自己判断で契約や進路決定をできるのか、一人ひとりが考えていく必要があるだろう。
「今回の改正は、18歳の誕生日を境に人間の扱いを大きく変えるという法律の理屈が、決して合理的なものではないことを示していると思います。成年年齢の引き下げを機に、“大人”とは何なのか、18歳で本当に“大人”といえるのか、高校生にも大人の皆さんにも考えてみてほしいですね」
神内聡
弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コースを卒業、同大大学院教育学研究科を修了した後、中高一貫校の社会科教師を務めながら、スクールロイヤーとして活動。著書に『大人になるってどういうこと? みんなで考えよう18歳成人』(くもん出版)、『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書)など。
取材・文=有竹亮介(verb)