事件や事故で家族を亡くした遺族を経済的にも支援する「犯罪被害者等支援条例」が3月15日、長野県議会で可決された。柱となる見舞い金の支給は都道府県の条例では初めてだ。
契機となったのが坂城町で起きた銃撃事件。2人の子どもを失い、条例の必要性を訴えてきた父親の思いを取材した。
自宅に暴力団幹部の男が侵入し…
市川武範さん:
長女が倒れていた場所がここです。一目見て銃で撃たれたのがわかって、うめき声をあげて…。声がでているということはまだ命はあるなと

2人の子どもの命を奪われた市川武範さん(56)。銃撃の知らせを聞き、職場から長野県坂城町の自宅に駆け付けた。

市川武範さん:
もし私がその場にいたら、私は撃たれて死んだでしょう。だけれども、娘も次男も外に逃げ出し、助けを呼ぶ時間稼ぎはできたはずだと。その「たられば」ばかり

2020年5月、市川さんの自宅に暴力団幹部の男(当時35)が侵入し、長女の杏菜さん(当時22)と次男の直人さん(当時16)を拳銃で殺害。男はその場で自殺した。

その2日前、警察は市川さんの長男を暴行したとして男の逮捕状を取っていた。長男には避難措置がとられ、警察も何かあれば急行する態勢にしていたが、家族への犯行は防ぐことができなかった。
デマや誹謗中傷に苦しみ、生活が困窮
子どもを失った市川さんに追い打ちをかけたのが「デマ」と「誹謗中傷」だった。

市川武範さん:
「逃がせなかった父親が悪い」「暴力団と関わっていた長男が悪い」という根も葉もないデマをみんなが信じて。インターネットでそういった書き込みがたくさんあっただけでなく、隣人からも「お前たちが悪いって書いてあるじゃないか」と怒鳴られた

自宅に住めなくなった市川さん。仕事も失い、生活は困窮した。
市川武範さん:
非常に苦しかった。どうやって生きていけばいいんだと。どこからお金を捻出すればいいんだろうと

経済的支援目的の「給付金」明記は全国初
市川さんの困窮を把握した坂城町は、2020年9月、県内初となる「犯罪被害者等支援条例」を制定。市川さんに見舞金が支払われた。

同じような立ち場の遺族を支援して欲しい…。市川さんは他の遺族らと共に、県にも条例の制定を働きかけた。

これを受けて県も見舞金の支給を柱とする条例案をつくり、2022年3月15日に県議会で可決された。

支援条例は32の都道府県で成立しているが、経済的支援を目的にした給付金を明記した条例は全国初だ。また、誹謗中傷などの二次被害防止へ向けた取り組みも盛り込まれた。

市川武範さん:
起きてから考えるのではなく最初から用意をしておいて、迅速な支援に充てられるという部分で非常にありがたく思った。被害者を責めるような社会ではなくなってほしい
亡くなった2人のためにも「二次被害を生まない」
事件からまもなく2年。市川さんは時折、誰もいなくなった自宅で荷物の整理などをしている。
市川武範さん:
(次男が中3のとき)毎月、クラスメイトの誕生祝いをやってくれていた。いい表情で写っているでしょ。今年発見したんです。これはちょっと飾っとかなきゃいけない

肉親を失った悲しみと二次被害の苦しみ。それらを生み出さない活動を続けることが、亡くなった2人への供養だと市川さんは考えている。
市川武範さん:
長女は学校で点字クラブや手話クラブに入ったり、福祉の心をもっていた。思いやりの多い子だった

市川武範さん:
次男はとにかく幼いころから人の役に立ちたい、人のためになることをしたいと。そういう思いの2人の遺志、人生、命、それを意味あるものにするには、過去の悲しい出来事で終わらせて忘れられてしまうのではいけないのではと。それに応えていくことが、2人への報いにもなるのかなと

被害者に寄り添って 長野県の条例のポイント
改めて県の条例案についてだが、ポイントは2つある。
1つは条例案に明記された「見舞金の支給」。経済的支援を目的にした給付金を明記した条例は全国初だ。犯罪被害者の遺族に60万円、重傷を負うなどした被害者に20万円の見舞金を支給する。
もう1つが、誹謗中傷などの「二次被害防止」。被害者への理解を深める、学校での教育の充実などが明記された。

市川さんは子どもを奪われ苦しむ中、さらに苦しまなければならない状況となった。この条例を契機に被害者に寄り添い、何ができるのかを考えていく必要がある。
(長野放送)