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豆菓子の源流は「こんぺいとう」?

名古屋の喫茶店でコーヒーを注文するとついてくる「豆菓子」のサービス。東海地方では当たり前だが、他の地域では見られない。

これは名古屋市内のピーナツ製造販売会社が、販路を広げようと1961年に始めたのがきっかけで定着したもの。全国的には利益が下がるといった理由で普及しなかった。

名古屋市で80年以上の歴史を誇る豆菓子専門店を取材してみると、豆菓子がこの地方に普及しているのには、他にも理由があることが分かった。

名古屋市西区に店を構える豆菓子専門店「豆福」。お店の中にはたくさんの豆菓子がある。

看板商品は、味付けした大豆を海苔で巻いた70年以上のロングセラー「山海豆」に、伊勢志摩サミットで贈られた「八丁味噌カシュー」や、G20の席に出された「黒ごま玄米だいず」など、豆に様々な味付けやコーティングをしてオリジナルの味を生み出している。

豆福の福谷社長:
おととし(2020年)、最初のコロナの緊急事態宣言の時は、オンラインに限ってですけれども今までで一番売り上げが良かったです

最近ではお酒やコーヒーに合う豆菓子も開発し、おうち時間に自ら食べるという人も多いそうで、通販を中心に需要が高まっている。

なぜ豆菓子文化が名古屋に定着したのか。案内されたのは本社内にある製造工場。見せてもらったのは、傾いた大きな窯だった。

豆福の福谷社長:
粉巻きという工程ですね。寒梅粉という餅の粉と小麦粉をまぶして、豆のまわりに衣をつけています

大きな窯が回る中、職人が豆に粉をまぶして衣をつくっていく。豆菓子を作る工程でとても大事な作業だ。

実はこの作業が「こんぺいとう」に似ている。こんぺいとうも同じように傾いた窯を回転させて、あの独特の形を生み出している。

豆福の福谷社長:
先代は「こんぺいとうの製法をヒントに、日本人が独自に発展させて作ったのが豆菓子なのではないか」と。味噌や醤油を名古屋の人は好むし、そういった調味料は大豆から作られていますので、意外と名古屋と豆は縁が深いのかな

こんぺいとうの製造技術があり、味噌などの濃い味が好きな名古屋人に向けて豆菓子が生まれ、栄えたのではと推測している。

(東海テレビ)