離れた場所からロボットを操作して接客
広島にいながら東京で働く。柔軟な働き方を可能にした、ICT=情報伝達技術の取り組みを取材した。
石井百恵記者:
東京・日本橋のカフェに来ています。ロボットがいますよ
ロボット:
ご来店ありがとうございます。こんにちは

ここは、ロボットたちが働くその名も「分身ロボットカフェ」。ロボットがいるのは今や珍しくはないが…。
ロボット:
こんばんは。お待たせいたしました。パイロットのみかと申します。愛知県から操作しています

このロボットの操作と接客をしていたのは、愛知県にいる人。他にも…。
ロボット:
こんにちは。今、山形県から操作をしています

北海道から店の案内をするロボットもいた。
操作や接客をする「パイロット」と呼ばれる人は、北は北海道から南はオーストラリアまで様々な場所にいて、パソコンやタブレット端末を使い仕事をしている。

このロボット「オリヒメ」は、脳性マヒなど病気や障害により、寝たきりで家から出られない人も働ける環境を作ろうと開発された。

身体表現性障害と診断され…パイロットとして社会復帰
――ロボットでどんな動きができるか、やってもらってもいいですか?
今井道夫さん(声):
基本的には首振りとか手ぶりができまして、お客さまを迎える時に手を振るような動きとか、パタパタというような動き

操作する人は、パソコン上のボタンを押してロボットを動かしている。

今井道夫さん(声):
あとはこんな動きも…「なんでやねん!」

そう教えてくれたパイロットの今井さんは、広島にいる。
――パイロットになってどのくらいですか?
今井道夫さん(声):
2年半くらいですかね
今井さんは、30歳を目前にした数年前に「身体表現性障害」と診断された。

今井道夫さん(声):
頭が急に痛くなったりとか、お腹がいたいなとか、何か病気のような症状が出ちゃうんだけど、体に病変はない。どうやって抑えていのか、なかなか難しい病気でもあるんですね。家から出て駅のホームで人がたくさんいるのを見ると、具合が悪くなって救急車で運ばれて…というところから、なかなか仕事がうまくいかなくて。辞めざるをえなくて家にこもっていて

家から出られなくなった今井さん。それでもなんとか社会復帰したいと考えていたとき、テレビで分身ロボットのパイロットの募集を知った。
今井道夫さん(声):
もうこれはここしかないと思って応募したのがきっかけですね。自分の顔が見えていないけど相手の顔が見えていて、自分の生身の方を気にせず話をしてもらえるというのが大きいかなと思いますね

「その場にいて対面しているよう」
このカフェの運営には大手企業がスポンサーとして協力し、またクラウドファンディングで約4500万円が集まった。「寝たきりでも働ける環境を」とロボットを生み出した開発者は…。
オリィ研究所・吉藤オリィ代表:
なんのために働くのかというと、それは人と会いたかったりとか、社会に参加しているという実感が働くということだろうと。そういったことをこのカフェをもって、いろいろ実験を重ねていきたいと思っています

利用客:
思ったよりすごい料理のボリュームがありますよね
パイロット:
そうなんですよ。お食事なさってください

利用客:
今回で7回目です。本当に人と話している、人がここにいるよう。本当に見つめられているような感じがするので。ここだけじゃなくて色々なところで、オリヒメさんの利用が広がればいいなと思っています
利用客:
初めて来ました。すごく楽しいですね。職場でも今、コロナでなかなか人と話せないじゃないですか。きょう一番しゃべった感じがしました
遠く離れ、本来出会うことのない人たちが語り合える特別な空間だ。
人とつながる経験が自信に 広がる可能性
一方、この仕事は変化ももたらしている。パソコンを手繰るのは、広島から働くあの今井さん。
今井道夫さん:
今、広島から操作しているんですけど、そちらの天気はいかがですか?
モニターの女性:
曇りです
今井道夫さん:
曇ってるんですか?

家から出られなかった今井さん。この仕事がきっかけで、カメラの前で取材が受けられるようになっていた。
今井道夫さん:
「オリヒメ」というフィルターを通すことによって、自分の中の話すことへのハードルが下がった。やっぱりできないことってたくさんあるんですけど、それでも大丈夫だよって言ってくれるような環境に恵まれたのが大きいのかなと思いますね

さらに、今井さんはアイデアを生かして経済産業省などが企画するコンテストに応募。環境を考える取り組みで見事、最優秀賞を受賞した。
今井道夫さん:
自分のアイデアで解決できるということを「オリヒメ」みたいにできないかなと。本当にただ勢いというか。なんでその勢いが出たかというと、やっぱり「オリヒメ」で働いて、ちょっと自信がついたというか。自分でもできるんじゃないかと少し思えたところがあって、背中を押してもらったじゃないですけど

今井さんは2021年、社会課題を解決するための会社「シーテックヒロシマ」を作り、共同代表に。新たなスタートを切っている。
今井道夫さん:
本当に人生がまるごと変わったような状態ですね。壮大な夢ですけど、将来的には「オリヒメ」と同じように色々な人を助けられる、そういうツールを作っていきたいなと思っています

ICTが広げた人間の可能性。社会とつながれる居場所づくりだけでなく、withコロナ時代の新たな選択肢として、その可能性はまだまだ広がっていきそうだ。
(テレビ新広島)