「少年よ大志を抱け」で知られる、札幌農学校のウィリアム・スミス・クラーク。同じクラークでも全く知られていない、もう一人のクラークが静岡にいた。

だが、彼の功績をたたえる記念館もなければ石碑もない。新しい国づくりが始まった明治の日本で、教育に情熱を注いだアメリカ人教師「静岡のクラーク」。その知られざる偉業を伝えようと立ち上がった人がいる。

静岡の門下生たちとクラーク(中央)
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西洋の文化や科学を伝えたパイオニア

静岡にエドワード・ウォーレン・クラークが来て、150年の節目となった2021年。静岡大学の今野喜和人名誉教授がクラークの顕彰に動き出した。

静岡大学・今野名誉教授:
クラークは静岡の地に西洋の文化・科学・技術・思想を伝えたパイオニア。あの若さでさまざまな困難を打ち破った偉業について、もう少し評価してもいいのではないか

静岡のクラークを研究する静岡大学・今野喜和人名誉教授

研究、講義の一環として現役学生たちと歴史を発掘し、「静岡のクラーク」像を浮き彫りにしたい。そして、地域とも連携して後世に伝えていきたい。

まず第一弾として、クラークに関してこれまで分かっていた歴史的事実を一冊の冊子にまとめた。そして2021年12月、静岡市で開いたシンポジウムでは新たな発見につながる出会いが待っていた。

「E.W.クラーク来静150周年記念シンポジウム」 2021年12月

映像で劇で…振り返るクラークの功績

ドキュメンタリーのナレーション:
明治4年10月、エドワード・ウォーレン・クラークは、太平洋上をまだ見ぬ国、日本に向かっていました。赴任地は静岡

クラークが友人に宛てた手紙

クラークの手紙:
静岡藩について僕は気に入っている。ただ給料については一つだけ意見がある、それは多すぎるということだ

上映されたのは、テレビ静岡制作のドキュメンタリー「知られざる明治 もう一人のクラーク先生」。第1回のFNSドキュメンタリー大賞受賞作で、実に30年ぶりの上映となる。

ドキュメンタリーのナレーション:
静岡県はクラークの教育の場として、学問所付属の伝習所を新設しました。所狭しと並べられた実験器具や薬品類。クラークは彼の伝習所で、当時の最も新しい実験器具を使って多くの日本人たちを驚かせました

クラークは若者たちに実験を見せて教えていた

また、このシンポジウムに合わせて書き下ろされた朗読劇を上映。劇団SPAC(静岡県が運営する日本初の公立文化事業集団)の俳優・奥野晃士氏が、動きと言葉を織り交ぜた「動読」で表現した。

クラーク(演・奥野晃士氏):
私は文部省に覚え書を送って反対した。当局は、静岡は、青年を首都の重要な地位に供給することに満足すべきだと答えた

朗読劇に動きを付けた「動読」でクラークの功績を振り返る

”真の教育”を求め 著書は日本を知る必須書に

クラークは、高等教育機関を東京に集中しようとする政府の方針に反対していた。

クラーク(演・奥野晃士氏):
これは無情な慰めだったので、私は最優秀の学生達はその課程の終るまでは留ることを許さるべきだと力説した。私はまた、国内の利益を無視する教育は、真の国家の教育ではないと論じた

高等教育機関を東京に集中する方針に反対(「知られざる明治 もう一人のクラーク先生」より)

当時、クラークがいかに静岡の青年たちの教育に対して情熱的であったかを示す内容だった。さらに静岡県幹事役の職にあった勝海舟など、歴史上の人物たちとクラークとの関わりも。

静岡大学・今野名誉教授:
(クラーク来日の経緯は)そもそも静岡学問所の一等教授が、勝海舟になんとかして外国人教師を雇ってほしいと進言するわけです

クラークは帰国後、勝海舟について執筆している

さらにクラークのひ孫にあたるジョゼフ・T・ノックス氏が、アメリカから動画でメッセージを寄せてくれた。

ノックス氏(クラークのひ孫):
クラークが書いた「日本の生活と冒険(日本滞在記)」は1878年に出版され、2021年まで何度も再版されて長い間、関心を持たれてきました

クラークのひ孫 ジョセフ・T・ノックス氏

ノックス氏によれば、クラークの物語は語り継がれており、関心を持つ人々は多いという。クラークが出版した「日本滞在記」は現代の宣教師や、文化交流に来日するアメリカ人の勉強の書となっているという。

クラーク門下生の孫が会場に

このシンポジウムの取材中、驚く情報がもたらされた。

「会場にクラーク先生の門下生のお孫さんがいる」

クラーク門下生の孫が会場に

静岡学問所でクラークから直接教わった生徒の孫が、一般来場者として会場に来ているという。

今から150年前のことで歴史文献の少ない、静岡のクラーク像を知るチャンスかもしれない。休憩時間にさっそく声をかけると、「祖父が静岡学問所に通って、クラーク先生に教わったと言っていた」とその男性は話した。

静岡学問所で学ぶ若者たち

諸事情あってこの日は詳しい話を聞くには至らなかったが、「静岡学問所のことを過去に勉強していたことがあり興味があった。シンポジウムの告知を新聞で見つけ、新しい情報が発表されるのではないかと立ち寄ってみた」という。

シンポジウムのパネルディスカッション

静岡大学・今野名誉教授:
クラーク氏について全く知らない方も多く来場されていたようですが、静岡にもこんな人がいたんだなと感じてくれたのではないでしょうか。こういう人がいたんだ、そういう時代があったんだと知ることで、静岡市の地元の皆さんにとって明治初期の静岡が持っていた大きなポテンシャルを考える「よすが」になるのではないかと考えています

赴任当初は静岡市の蓮永寺に住んだクラーク

今後は研究会を発足させ、寄付を募って記念プレートを設置し、除幕式にはひ孫のノックス氏にも来てもらいたいと夢が膨らむ。

地方の教育の重要性を説いた“静岡のクラーク”。150年の時を経て、改めてその情熱に共感し、当時を知ろうという人たちが集まり始めている。

(テレビ静岡)

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