「まだまだボケていられない」平均年齢70歳の素人“ちんどんクラブ”が見出した、老いつつある人生の中での希望
FNSドキュメンタリー大賞 受賞作品一挙公開

「まだまだボケていられない」平均年齢70歳の素人“ちんどんクラブ”が見出した、老いつつある人生の中での希望

第20回FNSドキュメンタリー大賞受賞作品

愛媛県の西南部、山深い高知県との県境の町・北宇和郡鬼北町。その中の人口1000人余りの集落・愛治地区に、平均年齢約70歳という“ちんどん”を生きがいにした集団がいる。その名も「愛治ちんどんクラブ」だ。

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フジテレビ系列28局が1992年から続けてきた「FNSドキュメンタリー大賞」が今年で第30回を迎えた。FNS28局がそれぞれの視点で切り取った日本の断面を、各局がドキュメンタリー形式で発表。今回は第20回(2011年)に大賞を受賞したテレビ愛媛の「ぼけやへん~素人ちんどん人生のキセキ」を掲載する。

(※記事内の情報・数字は放送当時のまま記載しています)

ボケ防止にと初挑戦のコンクールでまさかの優勝

初出場のコンクールで優勝

「愛治ちんどんクラブ」のメンバーは、楽器はおろか楽譜も読めない中、ボケ防止にと初挑戦した1996年の全日本素人チンドンコンクールで、まさかの優勝。それ以来、ハマりにハマって15年が経過している。素人ちんどんという音楽生活が、思っても見ない扉を次々に開いていた。

メンバー最長老の広田藤義さん

親方こと広田藤義さんは、大工の親方として今も現役のキャリア60年の職人。愛治ちんどんクラブの設立メンバーで、ちんどん太鼓を担当する76歳の最長老だ。

会長でボーカル担当の久保田正敏さん

クラブの会長を務める久保田正敏さん(68)はボーカル担当。民謡で鍛えたつやのあるハイトーンボイスでちんどんを華やかに引き立てる。

クラリネットを担当する西川鈴香さん

クラリネットを担当する西川鈴香(57)さんは、みんなのマネージャー役も務める頼りになる存在。

大太鼓担当の今泉敦男さん

3年前にUターン帰郷した大太鼓担当の今泉敦男(68)さんは力仕事で公演を支える。

演奏の支度は独特のちんどんメイクでスタート。すると、農作業で焼けた肌はみるみる真っ白になっていく。小さい目はより大きく、深いシワはなかったことになり、白塗りフェイスはなりたい顔になれるのだという。

ちんどんメイクをするメンバー

この日訪れたのは2005年の市町村合併で鬼北町となった日吉地区。合併後も住民はさらに減り、鬼北町でも特に過疎化の激しい地域だ。そんな日吉の商店街にも、久々に笑顔が戻ってくるのが年に一度の手づくり夜市だ。

ここの小さな商店街が今日の舞台で、メンバーは短い通りを行ったり来たり。夏場の暑さに重い楽器で体にこたえるが、手拍子や笑い声が肌に伝わってくる感覚にみんな病みつきとなっている。

呼ばれればどこでも演奏するのが愛治ちんどんクラブだ。別の日には、同郷の居酒屋が開く秋祭りイベントに呼ばれて、松山市まで車で2時間かけての遠征。演奏は懐メロオンパレードで、近所の人も珍しげに寄ってきた。

「お富さん」の演奏が始まると、会長が一人のおじいさんにマイクを手渡す。グループホームのお年寄りが飛び入り参加し、その笑顔に会場は一気にヒートアップ。大人も子供もつられて踊りだすという、大盛り上がりなひとときとなった。

8年ぶりの新曲は農村応援版「千の風になって」

レパートリーは、15年で30曲ほどにまで増えた。歌謡曲や演歌などの懐メロを中心に、楽曲のすべてを暗譜して演奏する。さらに、フレーズとフレーズの間には、メンバーが“おかず”と呼ぶちょっとしたアレンジも効かすなど、その演奏は音楽性も追求した完成度だ。

しかし気づけば、最近演奏する曲はいつも似た感じで、ここ数年は馴れ合いにも似たモヤモヤを抱えていた。最後に新曲をマスターしてから8年も経っていたのだ。「まだまだやりたいのに」との思いの前に立ちはだかったのは、“気持ちの老い”だった。

新曲を提案する西川さん(右)

そんな中で西川さんがちょっと変わった歌詞の歌を持ってくる。テノール歌手・秋川雅史さんのヒット曲「千の風になって」。これを東京大学名誉教授の大森彌(おおもりわたる)さんが、農村を応援する替え歌として考案した歌詞だ。

「私の村を訪ねて憐れまないでください」「私の村を訪ねて憐れまないでください。ここで私は生きてます。愚痴ってなんかいません」

歌詞に納得いかない部分はあったものの、反対する声はなく、久々の新曲に挑戦することになった。

そうなると、必要となるのが教えてくれる人。愛治ちんどんクラブには先生がいた。楽器などを全く触ったことのなかったメンバーに音楽の演奏をイチから教えこんでくれたのは、元音楽教師・松浦健さん(78)だ。

ちんどんの先生の松浦健さん

しかし松浦先生は今、ほとんど聴力がない。耳の病で手術後、右耳の聴力を失い、左耳も原因不明の難聴に陥り、8年前にちんどんの指導から退いていた。

それでもメンバーにとっては、ちんどん育ての親。一人一人の技術もクセも知り尽くしていて、再び教えてもらうのであれば先生しかいなかった。「教える方も大変、習う方も大変」だと言いつつ、先生はチンドンのために楽器ごとの楽譜を作り始める。

8年ぶりに挑戦する新曲はヒット曲「千の風になって」の農村応援版。その歌詞に賛同しながらも、愛治ちんどん風に少しだけ味付けした。

「私の村を訪ねて思い出してください。ここで私は生きてます。元気で生きてます。空と大地と森と川からこの豊かな恵みを受け取っています」

久しぶりの新曲にメンバーは苦労

2月になると、いよいよ松浦先生の8年ぶりの指導がスタート。しかし、生徒の平均年齢はほぼ70歳で、なかなか前途多難な船出となる。

「太鼓の人はいずれ特訓をしないといけないみたいですね。ひととおりの練習では、どうもダメなようです」(松浦先生)

Uターンと同時にメンバー入りした大太鼓の今泉さんは一番の新人で、松浦先生に習うのも、そもそも学校の授業以外で音楽を習うのも、人生初の体験となる。

「先生は楽譜が読めるんだから。書いてあれば、これで弾いちゃうんだもんね。俺はもうそれができないから…」(今泉さん)

そこで今泉さんが考えたのは、自分の演奏部分を独自に記号化するという方法。自分専用のオリジナルの楽譜を作ることで、なんとかできるようになろうと頑張っていた。

練習に励むメンバー

しかし、問題はやっぱりリズム。他のメンバーの小太鼓とちんどん太鼓のリズムが噛み合わない。まだまだマスターした演奏とはほど遠い仕上がりだが、先生はこの日で指導を切り上げることにした。

「打楽器がもっと正しくやらんことに話にならない。けど、もういつまでもついて私もやることは叶わんし。気持ち的にもね。やっぱり始めの8年とちょっと違うな」(松浦先生)

“伝えたいことが伝えられない”。“聞き取れない”。ここにも、高齢による気力の壁があった。

新曲の練習を始めたとなると、やはり発表の場が欲しくなってくる。役場に勤める西川さんが、観光担当の同僚に相談を持ちかけたところ、家庭に眠っているおひな様を集めて展示するという“ひな祭りプラン”が急浮上した。

女性グループに協力してもらい、地元の習慣にならってイベントは旧暦の4月3日に決定。ちんどんの街に少し動きが出始めたところで、あの悲しい震災が起きた。

東日本大震災の発生でチャリティを企画

3月11日に東日本を襲った大震災。日本中が悲しみに暮れる中、遠く離れたここ鬼北町でも春先のさまざまなイベントが自粛されることになり、愛治で計画していたひなまつりも急きょ、取りやめとなった。

せっかく動きだしたイベントへ向いた気持ちのやりどころは当てのないまま、この日も複雑な思いで新曲「千の風になって」を練習する。

そんな中で浮かんだのがチャリティーショーの開催だ。一方で心配なのが、自分たちの演奏でどこまで人が集まってくれるか。実はこれまでイベントに呼ばれることはあっても、主催したことはなかったのだ。

チャリティについて話し合うメンバー

しかし立ち止まっていても何も始まらない。「下手なものは見せられない。いやもっと面白いものを見せたい」との思いは、いつのまにか練習への熱となり、みんなのアイデアを次々と引き出していく。

この本気の思いが街の人たちにも響いた。会場は小学校の協力で体育館を借りられることになり、子どもたちは会場に飾る絵を描いてくれた。さらに、会場の設営は地域の自治会が全面バックアップしてくれることも決まった。

募金箱を作る広田さん

そして演奏会まであと1週間となると、親方の広田さんは作業場にこもって会場に置く募金箱を作っていた。職人魂を込めて作るこだわりの募金箱がもうすぐ完成。この日、親方の作業場には夜遅くまで明かりがついていた。

チャリティの場で新曲を披露

チャリティ当日は、自治会総動員でまさに手作り。ボランティアで振る舞う抹茶のコーナーに花を活けて、即席の茶席が完成。愛治小学校の子どもたちが描いてくれた絵も壁に飾られた。いつものちんどん化粧も今日ばかりは少し勝手が違うようで、どことなくメンバーの表情が硬い。

気になるのはやはり来場者の数だ。しかしそんな心配をよそにどんどん町の人が集まり、300人を超える客で体育館はいっぱいとなった。ちんどんに賛同した町中の人々の思いに支えられ舞台はついに整い、いよいよ会長の口上で開演。

「まかり出でました私どもは、愛媛県は北宇和郡鬼北町。緑と清流の間に生まれた愛治ちんどんです」

新曲の練習を始めたとき、震災復興を応援するチャリティ演奏会を自分たちで開くとは考えてもいなかった。そしてこんなタイミングで新曲を披露することになるとも思ってみなかった。

そして、いよいよ8年ぶりの新曲を披露。

「私の村を訪ねて 思い出してください。ここで私は生きてます。元気に生きてます。空と大地と森と川からこの豊かな恵みを受けとっています」

演奏中には、久保田会長は「涙が出てきそうなんですけど、それでも愛知ちんどんは今日ここへ来てもらっている人が笑って帰ってもらうよう、一生懸命に頑張ります」と話す。ふるさと愛治が、自分たちを、ちんどんを育ててくれた、そんな思いに感謝するようだった。

涙を拭う久保田会長

メンバーは、ちんどんに出会ってやめられなくなっている。まだまだボケていられないと、頑張っている。素人ちんどん人生は、これまでもこれからも続いていく。

(第20回FNSドキュメンタリー大賞受賞作品 『ぼけやへん~素人ちんどん人生のキセキ』テレビ愛媛)

「愛治ちんどんクラブ」は後継者も増えて活動を続けていたが、コロナ禍もあり、ここ2年間は活動休止状態に。メンバー全員で話し合い、「惜しまれながら辞めよう」と解散となった。

記事 359 テレビ愛媛

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