「火星12」型を実戦配備と強調

北朝鮮がミサイル発射を加速させ、朝鮮半島に2017年以来の核ミサイル危機が到来しつつある。北朝鮮が1カ月の間に7回のミサイル発射実験に及んだのは、金正恩政権発足以来最多となる。だが、今回の中距離弾道ミサイル「火星12」型の発射は、過去6回のミサイル発射とは異なる意味を持つ。次は火星14、火星15といったICBM(大陸間弾道ミサイル)級ミサイルや、人工衛星と称する形でのICBM発射に踏み切る懸念があるためだ。北朝鮮が2018年4月以来中断してきた長距離弾道ミサイルの発射を再開することになれば、朝鮮半島の緊張は再び大きく高まることになる。

北朝鮮の労働新聞は1月31日、「国防科学院と第2経済委員会をはじめとする当該機関の計画により、30日、地上対地上中長距離弾道ミサイル《火星-12》型の“検収”射撃試験が行われた」と報じた。また、ミサイル発射の場面とミサイルの弾頭部分に装着されたカメラから撮影した地球の写真計4枚を掲載した。

1月31日付労働新聞は3面に火星-12型発射実験の記事を掲載
1月31日付労働新聞は3面に火星-12型発射実験の記事を掲載
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記事では「検収」という聞き慣れない用語が使われているが、これは何を意味するのか?労働新聞はこう説明している。

「検収射撃試験は生産装備されている地上対地上中長距離弾道ミサイル《火星-12》型を選択検閲し、全体的なこの武器体系の正確性を検証するために目的を置いて進められた」

北朝鮮は火星12の実戦配備が進んでいると主張
北朝鮮は火星12の実戦配備が進んでいると主張

検収試験という言い方で、「火星12」型ミサイルが既に「生産装備されている」、つまり「実戦配備が進められている」ことを強調しているのだ。火星12は最大射程距離が4500キロから5000キロと推定され、アメリカのグアムまでを直接攻撃できるとされる。

北朝鮮メディアは1月17日の短距離弾道ミサイル(KN-24)発射の際にも検収という表現を使っており、火星12を始めとする各種ミサイルの実戦配備を強調することで、アメリカへの軍事的圧迫を高める狙いがあると見られる。

なぜ今、挑発を加速?

北朝鮮は1月19日に金総書記も出席した朝鮮労働党の会議で、「米国の敵視政策と軍事的脅威がこれ以上黙認できない危険な境界に達した」と批判し、「北朝鮮が先決的、主導的に講じた信頼構築措置を全面再考し、暫定中止した全ての活動を再稼働する問題を迅速に検討する」よう関係部門に指示した。2018年の米朝首脳会談を前に同年4月から中断していた、核実験とICBMの発射を再開すると強く示唆したのだ。

北朝鮮は何故年明けから、挑発を加速しているのだろうか?

2021年1月の党大会で北朝鮮は国防力強化の目標として、
▲アメリカ本土を含む1万5千キロ射程圏内の打撃命中率向上
▲極超音速ミサイルの開発・導入
▲水中および地上固体エンジン大陸間弾道ミサイルの開発
▲原子力潜水艦と水中発射型核戦略兵器の保有などを具体的に挙げた。

各種のミサイル発射実験はこの国防5カ年計画に沿って、計画的に実施されていると考えられる。

2022年1月19日、党政治局会議を司会した金正恩総書記
2022年1月19日、党政治局会議を司会した金正恩総書記

国際情勢が北朝鮮の核開発に有利な状態になっていることも大きい。ウクライナ情勢をめぐる米ロの対立先鋭化や、米中関係の悪化により、アメリカは2正面、3正面作戦を強いられている。また、中ロが国連安保理での北朝鮮制裁強化に反対し、国連安保理は機能不全に陥っている。2022年に入って7回に及んだ北朝鮮のミサイル発射に対し、国連安保理は一致した対応を打ち出せていないのが実情だ。まさに、北朝鮮にとっては核ミサイル能力向上の絶好のチャンスと言える。

では、実際に第7回核実験や、ICBM発射の可能性はどれだけあるのか?

核実験は既に6回の実験により必要なデータをほぼ入手していることや、核実験場の復旧には一定時間がかかることから、可能性は低いとみられている。中国は短距離や中距離ミサイルの発射は事実上黙認しているが、核実験は隣接する中国側地域にも被害が出かねないため反対が強い。

このため、核実験よりは2017年のようにICBMを発射する可能性が高いが、これには中ロも含めた国際社会の激しい反発を招くリスクがある。より可能性が高いのは人工衛星と称する形での事実上の長距離弾道ミサイル発射だろう。人工衛星と称すれば中ロは表向き反対できず、国連安保理での制裁強化のリスクも避けられる。

北朝鮮は2012年4月の金日成主席生誕100周年の際も、人工衛星「光明星3号」を搭載したミサイルを発射した。4月の発射は失敗したが、12月に再発射し衛星と推定される物体を軌道に進入させるのに成功した。北朝鮮はこれまでも宇宙開発の権利を主張し続けており、金日成生誕110周年の節目となる2022年4月に再び自称“人工衛星”の発射に踏み切る可能性が高い。

2017年11月29日に発射されたICBM火星15型ミサイル
2017年11月29日に発射されたICBM火星15型ミサイル
「火星15」型の発射成功を喜ぶ金総書記
「火星15」型の発射成功を喜ぶ金総書記

4月危機の可能性

では、次なる挑発のタイミングはいつになるのか。

父・金正日総書記の生誕80周年となる2月16日に北朝鮮は、大規模な軍事パレードを準備している兆候があると伝えられる。ここでこれまでに開発した各種新型ミサイルを大々的に公開し、内外に威信を誇示すると見られる。ただ、北京で冬季五輪が開催中のため、中国のメンツを潰すことになるICBMの発射は避けるだろう。

3月には韓国の大統領選挙があり、定例の韓米合同軍事演習は4月に延期される可能性が高い。北朝鮮はこれらの動きを口実にして、挑発の水準を上げる可能性が高い。金日成の誕生日4月15日の前後にいわゆる“4月危機”の到来が懸念されている。もし、北朝鮮が人工衛星の発射や、ICBMの発射に踏み切れば、朝鮮半島の緊張は一気に高まる見通しだ。

アメリカのバイデン政権は制裁強化の一方で、前提条件なしの対話を呼びかけているが、北朝鮮が応じる気配はない。

北朝鮮は緊張を最大限高めた上で、アメリカに事実上の「核保有国」であることを認めさせようと目論む「瀬戸際戦術」への回帰を鮮明にした。金総書記が仕掛ける“4月危機”を回避する手だてはあるのか。日米を含む国際社会の対応が問われている。

【執筆:フジテレビ 解説副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。