総スカンの不動産政策
2022年5月9日の任期切れまで、残り100日あまりとなった韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領。政治的影響力が失われるレームダック化が進む中、文政権の看板政策だった不動産政策を“違憲”として訴訟を起こす前代未聞の動きが浮上した。

文政権は就任直後から2021年2月までに25回の不動産対策を実施してきたが、不動産価格は下がるどころか高騰した。特にソウルのマンション価格は文政権発足から4年でほぼ2倍に急騰し、韓国の平均年収の18倍に達したとされる。一般の労働者が年収の30%を貯蓄してソウルの25坪のマンションを購入するには118年かかるとの推計(経済正義実践市民連合)もあるほどだ。一生働いてもマイホームに手が届かない状況に庶民の怒りが爆発し、文政権の支持率は急落した。
では、なぜこれほど不動産が高騰したのか。文政権は不動産価格の高騰は投機が原因と見て、規制を強化することを、不動産対策の柱としてきた。マンション開発や再建築などの認可を厳しくし、複数の住宅を持つ人や、法人などに対する税率を大幅に引き上げた。また、住宅賃貸借保護法で契約更新時の賃貸借人の権利を強化した。

しかし、首都圏に人口集中する傾向は変わらないまま、住宅供給が減ったことで、マンション価格は高騰した。不動産関連税を重くしても住宅を手放す人は思ったように増えず、賃貸住宅も家主の貸し渋りなどで賃貸価格が高騰した。
「不動産価格を安定させられず、庶民にマイホーム購入の機会をあたえられなかった」
文大統領自身、不動産政策の失敗を認め、何度も国民に謝罪せざるを得なかった。
当然、大統領選挙でも不動産政策は一大争点となっており、与党・共に民主党の大統領候補・李在明(イ・ジェミョン)氏は「不動産問題で国民に苦痛と挫折感を与えた」と文政権の不動産政策を批判し、文大統領と一線を画すのに躍起になっている。

朴槿恵前大統領に「弾劾宣告」したあの女性裁判官が…
不動産価格の安定化が大きな政治課題となる中で、思わぬ動きが出てきた。文政権の不動産政策は違憲だとして、集団訴訟を準備する動きが表面化したのだ。しかも、訴訟代理人として先頭に立っていたのは、驚くべき人物だった。
「被請求人、朴槿恵大統領を罷免する」
2017年3月10日、韓国の憲法裁判所は憲政史上初めて、現職の大統領の罷免を宣告した。この弾劾宣告を読み上げた女性こそ、当時、憲法裁判所の所長代行を務めていた李貞美(イ・ジョンミ)氏だった。

注目の判決の当日、憲法裁判所に姿を現した李貞美氏の頭にピンクのカーラーが2つ付けられたままだったことも大きな話題になった。

訴訟代理人には、李貞美氏の他に憲法裁判所の裁判官を務めた大物弁護士らも名を連ねる。李貞美氏らがターゲットにしたのが、文政権の総合不動産税だ。
これは、複数の住宅を持つ人や、法人などに対する税率を大幅に引き上げたもので、投資目的で家を買ったのではなく、相続や転勤などで不動産を複数所有している場合も大きな負担を強いられる。
李貞美氏らは、総合不動産税は租税平等の原則に違反し、財産権を侵害するもので、「数多くの違憲内容で国民に耐えられない苦しみを与えている」として、集団訴訟への参加を呼びかけた。

任期末の文大統領に大打撃
朴槿恵弾劾の象徴とも言える人物が、文政権の看板政策を「違憲」とし訴訟に踏み切ったことは大きな注目を集めた。そもそも文政権の誕生は、朴槿恵弾劾を求める市民らのロウソクデモと憲法裁判所の宣告を基盤としたものだったからだ。

憲法裁判所は1987年の韓国民主化により改正された憲法に規定され設置された。憲法を通じ行政、立法、司法にけん制の役割を果たす機関として、「軍事独裁政権下で国民が熱望してきた民主化の象徴的存在」とされる。「力のある組織の信頼影響力調査」(2013年度)によると、憲法裁判所の信頼度は国家機関の中では1位で、国民の信頼の厚さが窺える。
その憲法裁判所の裁判官を務めた当事者らが、文政権に反旗を翻したとすれば、任期末の文政権にとって、ダメージは測り知れない。また、不動産税の扱いは韓国国民にとって生活に大きく影響を及ぼすだけに、訴訟結果そのものが関心の的になっている。

李貞美氏は韓国メディアのインタビューに対し、今回の違憲訴訟は「朴前大統領の弾劾審判同様、法と良心に従った」とし、「政治的裁判ではない」と否定した。さらに法曹人として「間違ったことを正す」「やるべきことをする」と強調した。
韓国の大統領経験者は退任後、逮捕されたり、自殺に追い込まれたりするなど、悲惨な末路を辿るケースが多い。文大統領も看板の不動産政策が、違憲または憲法不合致と判断される屈辱の事態に追い込まれる懸念が出てきた。
【執筆:フジテレビ 解説副委員長 鴨下ひろみ】