学校での「落ちこぼれ」問題は知っていても「吹きこぼれ」問題を知る人は少ない。
「吹きこぼれ」とは、子どもが優秀であるがゆえに通常の学校の授業内容に物足りなさを感じて“ドロップアウト”していくことだ。こうした子どもたちは海外で「ギフテッド」と呼ばれているが、まだ日本では馴染みが薄い。
「ギフテッド」の子どものために教育の場を生み出そうと取り組みを始めた、軽井沢のインターナショナルスクール「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」の創始者、小林りんさんに話を聞いた。
13%の小学生が「ギフテッド」
――「ギフテッド」向けの教育というと、「いわゆるエリート教育の再来?」「発達障がいの子どものため?」といった見方もあるようです。まず「ギフテッド」という言葉の定義について教えてください。
小林さん:
ギフテッドというと日本ではまだ馴染みが薄く、発達障がいをもつ子どもと完全に同義だと誤解されたりすることもあるようです。ある民間の調査では、学校で「授業の内容が簡単すぎる」と悩みを抱えている小学生が約13%いることがわかりました。こうした学校教育で知的好奇心を満たしていない子どもたちがギフテッドにあたると思います。
――いわゆる「吹きこぼれ」ですね。学校教育についていけない「落ちこぼれ」は約15%いると言われていますが、ギフテッドもほぼ同数なんですね。
小林さん:
「落ちこぼれ」に比べて、ギフテッドはまだ社会問題として認識されてないと思います。
これまでは、こういう子どもは「授業中はおとなしく座って聞いていなさい」「放課後に塾で学習をすればいいのでは」などと言われていて、午前8時から午後3時までずっと学校にいても知的好奇心を満たせず悩みを抱えたままでした。ですからこうした子どもたちにとって、違う学びがあってしかるべきなんじゃないかなと思ったのがギフテッドの学びの場を作ろうと考えたきっかけです。
先取りではなく「深堀」する
――小林さんは、ギフテッドの学びの場を作る一般社団法人Education Beyondの立ち上げメンバーですね。この団体はどのようなものですか?
小林さん:
実は私の上の息子も小4で不登校になりかけたことがあり、その際に通ったのが米国でこの課題と40年近く向き合っているジョンズ・ホプキンズ大学が米国で行った「Center for Talented Youth(以下CTY)」(※)のサマープログラムでした。そこで私もプログラムを見て「これは間違いない」と思ったので、このプログラムを日本に導入できないかと考えたのです。
一緒に立ち上げたのは、CTY 香港の立ち上げにも携わったポール・リーさんと、保育業界大手のポピンズ社長の轟麻衣子さんです。2人もそれぞれの子育ての中で「吹きこぼれ」を経験したことから、今回共同代表として手を挙げてくれました。「暗記や計算ばかりに比重を置いた授業ではつまらない」、「もっと深くもっと広い世界を学びたい」という子どもの声を、一番近くで聞いていたからこその強い思いがあります。
(※)1979年から始まり延べ150万人の子どもたちが参加。世界数十か所で小学生から高校生までを対象として展開中。
――具体的にはどのようなプログラムなのですか?
小林さん:
上の学年で行う授業の先取りをするのではなく、その子の学年で教わることを基礎に据えて、もっと深掘りしていくものでした。たとえば息子は小3だったのですが、学校では算数で単純な図形の面積を求めているところを、さらに抽象化して立体のパズルを解いたり自分で描いたりというのを3週間ずっとやるんです。また、ある決められた体積でどう建築物を作るかという課題が出たり。
米国では年間数万人のギフテッドが参加
――とことん掘り下げていくんですね。
小林さん:
私は最終日に見に行ったのですが、全員答えが違うんですね。日本の受験勉強は唯一絶対の解に到達するのが目標ですけど、このプログラムでは知識を使って子どもたちがどう創造できるのかをとことん突き詰めていくのだと感じました。中学生になるともっと選択肢が広がるようで、宇宙工学、バイオテクノロジー、脳科学、エンジニアリングなど、物理、生物、化学で習う知識を基に応用分野を学ぶ講座も設定されているようでした。
――授業は英語なんですか?
小林さん:
現在米国で行われているCTYは基本的に英語です。ただしギリシャや香港などでもCTYは展開されていて、国によっては一部母国語で開催しているところもあります。私たちはこれから日本向けのプログラムを構築したいと考えていますが、やはり日本語化しなければアクセスが限られてきてしまうので、日本語化も視野に入れていきたいと思っています。
いま米国ではサマースクールだけで3千人ぐらい、オンラインも入れると年間数万の参加者がいます。日本でも将来的には数千人の子どもたちに新たな学びの選択肢を届けられるようになったらいいなと思っています。
公教育でギフテッド教育が行われる社会に
――参加資格はどうなるのですか?
小林さん:
米国のCTYでは、SCATと呼ばれる算数と読解のテストをやり、スコアが全米基準に照らし合わせてトップ2%であれば参加できます。しかしその受検のためにテスト勉強をするのは自己矛盾だと思っていて、日本ではどうアセスメントするのかについてじっくり議論が必要です。
――日本ではどのように導入していく予定ですか?
小林さん:
日本では、最初は3週間のサマーキャンプではなく数日の短期セッションから始め、いずれ長めのキャンプや通年のプログラムなども行えればと思います。
そして将来的には、ギフテッドの子どもたちと直面した時にどう対応すれば良いのか、といった教員研修なども並行して実施することで、公教育で普通にギフテッド向けの教育が行われる社会に貢献できたら理想的だなと考えています。
「落ちこぼれ」も「吹きこぼれ」も出さない教育を
――今後、教育現場でギフテッドに対する理解が深まるといいですね。
小林さん:
ジョンズ・ホプキンズ大学のCTY本部では、常時100人ぐらいの研究者が、ギフテッドの子どもたちの学びのパターンやそれに即したカリキュラムについて、あるいはどうやって公教育の中でギフテッド向けのプログラムをやっていけるのか、といったことを日々研究しています。
日本では、私たちの取り組みをできれば大勢の先生たちに見て頂いて、関心をもって頂く方を通じて少しずつ全国に広がっていければと。13%の子どもが教室でずっと座っているだけという状況を変えられたらいいなと思いますね。
――ありがとうございました。
小林さんは「いま学びの個別最適化が進められていますが、GIGAスクールでタブレットを1人1台となったことで、土壌は整いつつあると思います」という。子ども一人ひとりに最適な学びの場をいかに整えるか。「落ちこぼれ」も「吹きこぼれ」も出さない、誰一人取り残さない教育の実現に向け、ギフテッド教育もその一歩となるだろう。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】