2018年の平昌五輪、日本中が歓喜に沸いた。スピードスケート女子団体パシュート決勝に挑んだ髙木菜那(当時25)、髙木美帆(当時23)、佐藤綾乃(当時21)が強豪国オランダを破り、世界の頂点に立った瞬間だった。

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日本と言えば、なんといっても一糸乱れぬ隊列。オリンピックレコードとなる2分53秒89をマークし、金メダルを獲得した。4位だった前回ソチ五輪から4年、チームでつかんだ金に髙木美帆は「このチームでここまで来られてよかったなと思います」と仲間に感謝した。

連覇へ挑む女子団体パシュート

あれから4年、一回り成長したメンバー(髙木菜那、髙木美帆、佐藤綾乃、押切美沙紀)が連覇をかけた北京五輪の舞台に帰ってくる。

この4年の間に髙木美帆が1500メートルで世界記録を樹立するなど個々それぞれがレベルアップ。さらに、パシュートのオリンピック連覇へ、チームでも新たな挑戦をしている。

挑戦するのは髙木菜那が「科学班の方がデータとして見せてくれるので活用させてもらっています」と話すように、データを活用した革新的戦術だ。

髙木美帆も「ラップの推移を計測していただいているんですけど、見比べたりしてどういう作戦がいいのかを話し合っていく材料にしたりしています」と、その重要性に触れる。

革新的戦術「先頭交代を3回から1回に」

連覇のカギを握る、革新的な戦術を探るべく、データ分析でチームを支える科学部門責任者の熊川大介氏に話をうかがった。

そもそもパシュートとは、3人で隊列を組みリンクを6周、最後尾の選手がゴールしたときのタイムで争う種目だ。「パシュート=追い抜き」という名前の通り、3人が順番を入れ替えながら滑ることが常識とされてきた。これは先頭の選手の空気抵抗による体力消耗を分散させるためだ。

しかし、熊川氏は言う。

先頭交代によるスピードの低下は懸念事項でした

体力消耗が抑えられる一方、隊列を崩すため避けられないのがスピードの低下だという。

ラップタイムを見てみると、平昌五輪では先頭交代を3回行い、そのタイミングで大きくタイムを落としている。これを改善するため、今季新たに取り組んでいることが、これまでの常識を覆す、革新的戦術、「先頭交代を3回から1回に削減」だ。

熊川氏も「数を減らしても十分高いスピードを維持して良いタイムを狙える最少の先頭交代の回数、そして速度を維持できる、この2つを見ていた中で1回の先頭交代で、好タイムを狙えるという感触をつかめた」と手応えを口にする。

パシュート=「追い抜き」なのに「追い抜かない」。この新戦術で、今まで懸念事項だった先頭交代時の減速、その回数を減らすことが可能になった。

これまでの3回交代から、12月のワールドカップでは髙木美帆が先頭で2周し、髙木菜那にスイッチ。1回の交代で滑りきった。

もちろん、先頭交代しないことで先頭の選手に大きな負担がかかるデメリットもある。

もう一つの革新的戦術「プッシュ」

そこで、もう一つの革新的戦術、それが、後ろから前の選手を押す「プッシュ」だ。

熊川氏はこう説明する。

「前の選手が疲れてきたときに後ろからサポートができるように腰を押す」

4年前の平昌五輪と比べても、後ろの2人が腰をしっかりと押していることが分かる。

これにより、空気抵抗を受けていない余力がある後ろの選手が負担のかかる先頭の選手をサポート。先頭交代削減で生じたデメリットをカバーする。

佐藤綾乃(25)も「ずっと押すっていうのにフォーカスしてきました。後ろの人が最初から最後まで押すことによってスピードを維持することができる」と効果を実感する。

先頭交代を3回から1回に削減」と「プッシュ」。常識を打ち破る、2つの新戦術。その効果が現れる。

2月のワールドカップのラップタイムを見てみると、先頭交代による減速回数を減らしながら、ハイペースをキープ。ラスト1周で転倒となったが世界記録ペースを上回っていた。

熊川氏も「高いスピードを美帆選手が作って先頭交代した後もハイスピードをキープしていたというレースでした」と振り返る。

新戦術で挑む連覇へ確かな手応え

いよいよ来月に迫った北京五輪。新戦術で挑むオリンピック連覇へ、選手も確かな手応えを掴んでいる。

「毎回チームパシュートの練習をする前にコーチ、選手、科学スタッフの方に集まっていただいてスピードだったり先頭交代における風の抵抗だったりを解説してもらって自分たちも感覚としての意見を取り合わせながらいい物ができあがっている。どう生かすのかっていうのは私たち次第だと思うのでオリンピックまでの準備期間で新戦術を確立させていきたいなって思います」と佐藤綾乃。

「平昌五輪からの4年間は濃い4年間になったんじゃないかなと思っているので全力で突っ走っていこうと思っています。転んでしまったワールドカップではあのまま行けば世界記録が絶対出ていたので、先頭を全力でこなせるような力をあと1カ月でつけたいと思います。最高の舞台で最高の滑りで表現できたらいいなと思いますし、熱いレースをして何か届けられたらなと思っています 」と髙木菜那。

「未完成なところはあるなっていう風に感じているので、まだまだ改善の余地もありますが、役割を全うすることが出来れば強いんじゃないかなって思います。平昌はスケートに対して人生をかけていたんですけど、北京は一つの自分のやりたいこと、目指すものに地道に向き合い続けているような感じ。北京は平昌よりいろんな思いを抱えて向かっていきたい」と髙木美帆。

常識を打ち破る2つの戦術に磨きをかけ、北京の地で新たな歴史を刻む。

「北京オリンピック スピードスケート女子団体・男子団体パシュート決勝」
フジテレビ系列で2月15日午後3時から