誰にも知られずに出産したい

10月28日、熊本市の慈恵病院が行った記者会見。
病院で臨月の女性を保護しており、その女性が身元情報の開示に同意していない、という。その女性は家族に妊娠が発覚することを極度に恐れ、出産間近となっても「身元を明かすよう」求める病院側の説得に応じようとしなかった。

慈恵病院が女性を受け入れたのは、2019年に病院が表明したある取り組みによる。妊婦が病院だけに身元を明かし、行政には氏名を伏せたまま出産するという、いわゆる〝内密出産〟。

日本では法制化されていないが、慈恵病院には暴行の被害者や未成年など、様々な事情を抱える女性から内密出産への問い合わせが来るという。今回慈恵病院に保護された女性のケースは、国内初の内密出産になる可能性があり、病院や行政が対応に追われた。

会見する熊本市・慈恵病院の蓮田院長
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内密出産の課題

一般的に、出産後に提出する出生届には戸籍法で両親または母親の氏名を記入することになっている。しかし母親が(行政上は)匿名で出産する〝内密出産〟では親の氏名を空欄のままか仮名で出生届を提出するという。

しかし、この際に問題になるのは病院側が母親の氏名を知りながら、匿名や仮名で出生届を出すことが、刑法157条の公正証書原本不実記載罪に抵触する可能性だ。
また、帝王切開などの手術が必要になった場合、手術同意書にサインができない、万が一の場合家族や親族に連絡ができないなどの問題も指摘されている。

こうした状況においても内密出産の必要性を訴える慈恵病院の蓮田院長はその理由をこう語る。
「元々は、赤ちゃんを遺棄したり殺したりするのを防ぎたい、少なくしたいということで『こうのとりのゆりかご』、一般に言う〝赤ちゃんポスト〟を始めた。
ところが、そういう女性の多くはやはり妊娠を誰かに隠さないといけないので、自宅で1人で出産したりする。その結果死産になったり、お母さんが大出血をしたりという危険性がある。出来ればお母さんと赤ちゃんの安全のために病院で出産してもらいたい。」

慈恵病院が運営する「こうのとりのゆりかご」

11月10日、慈恵病院は再び記者会見を開いた。それによると保護されていた女性は身元を明かさないまま出産。しかしその後に子どもを育てる意思を示し、身元を明かしたという。女性は熊本県外の未成年だった。内密出産は避けられた。

翌日、熊本市も記者会見を行った。出産前には「行政として事情を抱えた女性に寄り添う支援を行いたい」としていた熊本市だったが、今回の出産の発表を受けて慈恵病院に内密出産を控えるよう要請した。

「法令に抵触する可能性を否定することが困難」というのが理由だ。さらに今後同様の事例が起きた場合はその都度対応し「内密出産が行われることを前提とした指導は行わない」と、行政側の対応の難しさをにじませた。
 

病院に届く〝SOS〟

今回、国内初の内密出産は土壇場で回避されたが、同じケースはいつ起きても不思議ではない。
望まない妊娠をした女性の支援を行い、年間50組の特別養子縁組を結ぶNPO Babyぽけっとの岡田卓子(たかこ)さんは、望まない妊娠をしてしまった女性の現実についてこう指摘する。

「育てられない環境なのに、生まれてくるのも現実。中絶ができない、産むしかない、産んだ後育てられるか、誰が育てるのか。どうしようどうしようと思っているうちにあっという間に時間が過ぎるというのが現実だと思います」

慈恵病院に届いたSOSメール

熊本市の慈恵病院には、毎日のように悲痛なSOSが届くという。
「保険証もないしお金も千円しかない。お願いします。助けてください」「生きることに疲れました。もう8ヶ月・・・堕ろせない。赤ちゃんと一緒に死にたい」その数、実に年間7000件以上。

日々、女性からの切迫したメッセージに接する蓮田院長は
「赤ちゃんを捨てたり殺したりするケースは(毎年)20数件発生しているのが現実。これをぜひ防止しないといけない。毎日それに接しているとそういう思いがある」と厳しい現実を語った。

内密出産をめぐる議論

スタジオではコメンテーター・橋下徹氏(元大阪市長、弁護士)とゲストの田村憲久前厚労相、関西大学で児童福祉を専門にする山縣文治教授が議論を行った。

まず山縣氏は、いわゆる内密出産について「こどもと母の命を守る観点から言うと必要だ。(慈恵病院の対応は)評価できる。今回のケースは(母親が病院に来てから)病院関係者の丁寧な働きかけで(母親が)氏名を明かし通常の出産になったことも評価できる」と、自宅等での危険な“孤立出産”を避ける意義を評価した。

松山俊行キャスター(フジテレビ政治部長・解説委員)からの“現状、病院や行政ができることは?”という問いに対しては「現行法の範囲内で(病院や自治体が)できることはおそらくない。熊本市が言うように法令に抵触する可能性が非常に高い」と指摘した。

こうした専門家の懸念について田村前厚労相は
「(内密出産を)緊急避難的にやろうとすると、法務省に聞いてもおそらく『ケースバイケース』という答えになるのではないか。一方で(母親の)氏名を必ず(行政に)明かす、となると今度は母親が医療機関に行かなくなり、(赤ちゃんの殺害・遺棄という)悲惨な事件・事故がおこってしまう。これは非常に難しい問題だ」

さらにこんな問題点もあるという。
「今回は仮に内密出産になった場合、病院がお母さんの氏名を管理することになるのだと思うが、一方で子どもの“出自を知る権利”というものがある。将来的に、自分がどのような素性だったのかを調べたいときになかなか調べられない。仮に医療機関が(経営を)継続できない、という状況になったら氏名などをどう管理するのか、という問題もある」と制度化の難しさを指摘した。

こうした意見に対して橋下徹氏は“価値観についての議論”が必要だと指摘した。
「男性の父親・女性の母親は法律婚の関係、生まれた子どもも全員苗字が同じ、これがひとつの家族、といういわゆる伝統的家族観。これを原則とすると、いわゆる内密出産みたいなものは
認められないということになる。法律婚、男性、女性、親の姓は関係ない、子どもも血縁関係がなくても養子縁組とか、そういう家族もひとつの家族として認めていくべきだ、というのが僕の考え方。

ここはさまざま議論があるところだし僕も伝統的家族観を否定はしない。そういうことを守っていきたいという人たちは自分がそういう家族を作ればいいのであって、他人が違うような家族を構成したからといって、そこまで伝統的家族観を強要するのは違うと思う。
母親の命、子どもの命をを守ることを考えれば、さまざまな家族を認めていこう、そこを全面的に法制度化しよう、という方にいってもらいたい。これこそ政治家同士で価値観がぶつけ合う議論をやってもらいたい」

望まない妊娠、危険な孤立出産、赤ちゃんの遺棄…悲惨な現実をどう止めるのか。
法制度、相談や支援の態勢、性にかかわる教育、男性側の責任、なかなか進まない養子縁組制度など、難しい課題は多岐に渡る。
ただひとつ確かなことは、生まれてくる新しい命にはなんの罪もないという事だ。

(日曜報道THE PRIME 11月14日放送)

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