呼吸、栄養摂取、排泄など、人間が日々生きるために不可欠なことがある。これらを、「医療的ケア」に頼りながら小さな命をつなぐ子どもたちがいる。「医療的ケア児」と呼ばれる人々だ。

日常的に人工呼吸器を着用したり、胃に穴を開けて「胃ろう」により直接栄養を摂取したり、人工肛門などの医療機器を使用したりして生活する。現在、日本には約2万人の医療的ケア児(在宅)が暮らしている。

在宅でのケアを担うのは、ほとんどの場合、その家族だ。医療の技術がなくとも、目の前の命を守るため医療的ケアに携わる。医療的ケア児を取り巻く様々な問題を考える中で、「家族」もまた当事者といえるだろう。

彼らは何を思い、どのように暮らしているのか。「ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会」代表の本郷朋博さんに話を聞いた。

医療的ケア児の数はここ10年で約2倍に

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医療的ケア児の数は、年々増加している。平成30年度時点の統計によれば10年間で約2倍だ。

背景にあるのは医学の進歩。生まれたばかりの新生児に対する医療技術が向上したことで、出生時に障害や病気があり、以前ならば助からなかった子どももNICU(新生児集中治療室)に入院して救うことができるようになった。

「その結果、出産時に妊産婦と新生児が死亡するケースは大きく減少しました。出産時に限らず、医療の進歩により救われる命が増え、一方で、残ってしまった障害や疾患等により医療的ケアが必要な子どもが急増しました」

医療的ケアが必要となる原因はさまざまで、先天的・後天的な病気のほか、早く生まれて体の機能が未熟である場合や、出産時の事故やそして食べ物等が気管に詰まる誤嚥窒息事故などがあげられる。

容体が良くない期間は入院治療を行うが、ある程度安定すれば日常的な医療的ケアを条件に自宅へと戻ることができる。

介護する親の精神的、肉体的負担

親としては、自宅で子どもと過ごせることは喜ばしい。反面、慣れない医療的ケアにより負担を強いられることも事実だ。こうしたケアの多くを母親が一人で担うケースは多いと本郷さんは言う。

「入院中は、看護師さんが交替しながら複数で見てくれていたのが、家に帰るとお母さん一人が『この子の命を守らないといけない』『もし何かあったらすべて私の責任だ』と抱え込んでしまうケースが多いのです」 

本郷さんの妹と医療的ケア児の息子(画像提供:ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会)

医療的ケア児の中には病気や障害の程度が重く、24時間ケアをしないといけない子どももいる。実際、本郷さんの妹は医療的ケア児の息子を育てていると言い、「子どもの容体が不安定な時期では30分ごと、普段も夜中に2時間ごとに起きて喉にたまった痰を吸引しないといけない」と大変さを、妹を通して感じているという。

「ウイングスで関わるお母さんたちも病気や障害が重いお子さんがいる場合はやはり、夜通し眠れるという日はなく、中には合計してやっと4〜5時間、睡眠を取れるという状況が2〜3年続いたという人も聞いています」

睡眠不足により、肉体的にも精神的にもギリギリの状態。そこで福祉のサービスを使って少しでも負担を軽くしたいと考えても、行政側の体制が整っておらずスムーズにいかないことも多い。

兵庫県で行われたウイングスのイベント(画像提供:ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会)

「高齢者介護や健常者の育児の分野と比べて、行政側からのサービスに関する情報提供が圧倒的に少なく、必要な人に届いていないんです。退院したらもう、自分で調べるしかない。

何年も自力でがんばっていると、ある時、病院などで同じ医療的ケア児を育てる親たちとつながり、そこで使えるサービスや私たちウイングスのような団体、家族会の存在を教えてもらうことがある。そして、24時間の介護から徐々に解放されていくという状況です」

高齢者の介護ならば、ケアマネージャーがいて介護を必要とする人が介護保険サービスを受けられるよう、ケアプランの作成からサービス事業者との調整までを担ってくれる。医療的ケア児の場合は、親だけで行わなければならないことが多いのだ。

「制度としては相談支援専門員と呼ばれる人もいるのですが、成人の『障害者』担当の方は多くても、障害児やまだまだマイナーな存在の医療的ケア児に関しては知識が少ない方も多い。役所の窓口担当者も数年おきに代わりますがきちんと引継ぎがされていなかったり、知識がアップデートされていなかったりと、当事者にとってはなかなか頼れないというのが現状です」

介護と仕事の両立は難しい

「仕事と介護の両立はほぼ難しい状況です」と本郷さんが話すように、介護のために、親が離職せざるをえないという問題もある。

医療的ケア児は、保育施設や療育施設、教育機関等へ入ることが容易ではなく、預けることが叶わなければ、親が自宅で子どもの世話をしなければならない。

「例えば産まれた時から医療的ケアが必要な子どもの親御さんの場合、会社に事情を伝えて産前産後休業と育児休業、さらに介護休業をつなげて2〜3年間休みを取る間に、なんとかギリギリ施設を見つける、ということもあります。今現在は、コロナ禍のためリモートワークができる親御さんが限定的に両立できているケースや、自営業でもともと在宅ワークできるという場合はあります」

母親たちの就労支援を求めて都知事に要望書を提出(画像提供:ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会)

また、いざ預けられても親の付き添いを求められることも多い。親が付き添ってケアする場合のみ、学校や施設に通えるというケースだ。

付き添いが難しい場合は、特別支援学校の教員が週に何回か自宅を訪問して授業する『訪問籍』を選択せざるをえないことがある。それではフルタイムで仕事を続けるのが難しい。

背景の一つにあるのが、預け先施設における看護師不足だ。

「やはり看護師さんは福祉施設や学校より病院で働きたいようです。まず金銭面での待遇、賃金が福祉施設や学校より病院の方が良い。病院の方が最新の医療技術や知識を学びやすいという事情もあります。

さらに、福祉や学校の現場は1〜3人ぐらいの少人数の看護師で回している場合もあって、何かが起こったときに周囲に質問や相談しづらいという環境の問題や、仕事を休む際のシフトも組みにくいという点もあります。このため福祉や学校の現場に医療人材が集まりづらいのです」

新法制定により期待されること

とはいえ、現場の看護師不足と親の付き添いの問題に関しては、明るいニュースもある。今年6月に可決・成立し、9月に施行された「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(医療的ケア児支援法)だ。

もともと、2016年施行の「改正児童福祉法」では、各自治体に保護者が付き添わなくても通学できるよう保育、教育機関等に看護師を配置することなどは自治体の「努力義務」とされていた。それが今回の法律により、いっそう強制力の働く「責務」へと変更されたのだ。

ウイングスでは医療的ケア児支援法早期成立を求めて署名を提出(画像提供:ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会)

「どの施設も、看護師を配置したくてもそのためのお金がなかったわけです。それが、今回の法律によって国と自治体による財政的な措置が決まりました。予算がついて自治体が動けば、現場の待遇改善につながり看護師不足の解消と医療的ケア児の受け入れが進んでいくだろうと。ですから、希望はあるのではと思っています」

今回制定された新法では、家族からの相談に応じる支援センターの設置と、適切な支援の拡充も各自治体の責務となった。これにより前述のような相談支援専門員に頼りたくても頼れない、という現状も是正されるかもしれない。

東京で行われたウイングスのイベント(画像提供:ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会)

この流れを後押しするため、ウイングスとしても全国の家族会でチームを組んで行政に働きかけを行うという。

「現在、各都道府県単位で医療的ケア児者の家族と支援者による家族会の立ち上げを支援して、各自治体に当事者の声がちゃんと要望として届く仕組みづくりを進めています。

2022年3月には全国ネットワーク組織として正式に旗揚げし、県をまたいで連携できる仕組みを作ります。行政の責務と明記されていますが、やはり当事者からのさらなる働きかけがないと、必要な支援が実現していかないと考えています」

「かわいそう」という言葉

SNSは医療的ケア児とその家族にとって良い側面も多い。まず、病気や障害の知識や、当事者の体験談なども情報を得られやすい。

そして周囲に当事者がいない場合もSNS上でつながることで孤独に感じる気持ちが和らいだり、情報交換したりすることもできる。さらに、「医療的ケア児」という存在の、社会的認知を上げるツールにもなっているだろう。

「その一方で、ネット上には匿名で発信された医療的ケア児に対する否定的、差別的なコメントもあり、そのような心ない言葉が偶然目に止まって、ショックを受けるケースも。また、リアルな場面でも医療現場で相談した医師や看護師から『治る見込みがないから、普通の子どもと同じようになることは諦めてください』という言葉を投げかけられて深く傷ついてしまうケースもあります」

街を歩いていても差別的な言葉をかけられたり、電車の中で子ども用車椅子をベビーカーと勘違いされて、「畳みなさい」「邪魔だ」「こんな大きい子は歩かせないとだめだよ」など言われたりすることも。人工呼吸器などを付けている様子をじっと見る子どもがいると、その親が「見ちゃダメだよ」と注意する場面に出くわすケースもある。

「向こうからしたら迷惑をかけちゃいけないと思って口に出た言葉かもしれませんが、当事者としては、見ちゃダメだよと言われると、『うちの子は、“見たらダメ”な子どもなの?』と、やはりショックを受けるわけです。そして、よく投げかけられる『かわいそう』という言葉。周囲からすると、そう思ってしまうのかもしれないのですが、やはり親御さんにとっては自分の息子や娘は可愛い。

たとえ医療的ケアが必要な境遇であっても、友達と遊んで楽しんだり、家族が子どもの成長を見て喜んだり、普通の子どもと変わらず幸せに過ごしている時間もあるんです。そこへ、『この子はかわいそうな子』と断定されると、言った本人には差別的な意図はなくても、言われた方はものすごく傷ついてしまう」

医療的ケア児を育てる親たちが、介護などにより負担の多い境遇にあることは紛れもない事実だ。しかし、病気や障害があるという点を除けば、健常な子どもを持つ親と何も変わりはないという気持ちで、純粋に子どもを愛している。

「かわいそうな子」と決めつける言葉は、時に親の気持ちを否定することにもなりかねない。腫れ物に触るかのように避けて通るのではなく、まずは当事者の気持ちや考えを知ることから始めたい。

本郷朋博さん

本郷朋博
ウイングス医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会代表。2012年、医療的ケア児である甥の誕生をきっかけに、サラリーマンとして働きつつ医療福祉政策等について民間の政治家・社会起業家養成塾等で学ぶ。その中で出会った仲間と、2017年よりウイングスを立ち上げる


取材・文=高木さおり(sand)
図表=さいとうひさし