何らかの障害があったとしても、すべての子どもたちが、自分のやりたいことに挑戦したり、目指したい未来をのびやかに実現できる社会とは何か。

親と子、そして社会との関係から、誰一人として取り残さない社会のあり方を考える。

コロナ禍の教育現場。難聴児の困難

株式会社デフサポの代表、牧野友香子さん
この記事の画像(14枚)

聴覚障害のある子どもたちの教育・就職支援を行う企業、株式会社デフサポの代表、牧野友香子さん。牧野さんは先天性の感音性難聴で、両耳120dBの重度聴覚障害がある。ジェット機のエンジン音より小さい音は聞こえない。

聴覚に障害のある人々のコミュニケーションに「手話」を思い浮かべる人は多いと思うが、それだけではない。人工内耳や補聴器を用いる「聴覚活用」や「筆談」、そして牧野さんのように唇の動きから言葉を読み取る「読唇」を使うケースなど様々だ。複数の手段を併用する人も少なくない。

牧野さん自身は、親や、幼少期に出会った「言葉の塾」の先生、そして友人など周囲のサポートを受けながら、言葉のバリエーションを獲得してきた。ただ、正しいイントネーションで話せるようになるまでには苦労したそうだ。

現在の牧野さんは、読唇を用いれば一般的なスピードで言葉のキャッチボールができる。重度難聴だと知らない人は、そのやり取りを見ても障害があるとは気づかないかもしれない。

しかし、読唇を使う牧野さんにとって、困った事態となったのが昨年からのコロナ禍によるマスク生活だ。スーパーのレジや、レストランのオーダー、保育園のママ友との会話など、口を読むことで成立していた日常会話が一気に難しくなった。困難を訴える声は、デフサポで支援する聴覚障害の子どもたちからも届いている。

「以前から人工内耳や補聴器をつけて学校生活を送る子どもは、少人数では問題なくても、大勢がしゃべるザワザワした環境ではコミュニケーションが難しかったのです。そこにマスク生活が加わり、音がこもっていっそう聞き取りづらくなりました。

また、マスクをしていると、誰が話したかを視覚的に判断できない。補聴器などで聴覚活用をする子も補足的に読唇を使う子が多いので、認識率が落ちるんですね。すると、友達とうまく会話ができず、学校を休みがちになってしまったお子さんもいらっしゃいます」(牧野さん)

デフサポでは聴覚障害の子どもを持つ人のカウンセリングも

デフサポでは、聴覚障害児のことばの教育をサポートする通信教育と親御さんのケアを行う。コロナ禍になり、過去の受講者からあらためて学校生活につまづいた子どもたちの相談を受けるケースも増えたという。

デフサポ、オリジナルの教材も

授業中は先生の首元のマイクから、無線で補聴器や人工内耳へダイレクトに声を届ける機器「ロジャー」を使ったり、板書の文字など視覚情報を多く用いて授業を進めてもらったりして乗り切る子どももいれば、オンライン授業の方が参加しやすいという子どもも一定数いる。

一言で「聴覚障害」といっても、その子の特性や聞こえづらさの程度も、コミュニケーション手段も様々だ。誰一人として取り残されないようにするためには、画一的な対策では難しく、現場に委ねられる部分は大きい。

骨の難病を持つ娘が生まれて

牧野さんと長女(幼少期)

牧野さんがデフサポを立ち上げたのは、長女が骨の難病・障害を持って生まれたことがきっかけだった。

成長に伴い、療育やリハビリなどあらゆる手続きのため病院や役所に通うものの、具体的になにをすれば娘にとってより良いのかなど、わからないことだらけで途方にくれた牧野さんは「難聴のお子さんを持つ親御さんたちも同じなのでは」と気づく。そして、自身の経験をもとに難聴児をサポートする会社を始めたという。

起業から3年が経ち、長女は小学校に入学した。牧野さんは彼女の障害について本人にどのように伝えているのだろうか。

「人体の骨格図を見せながら、あなたには骨の病気があって、左側の骨がこうなっちゃってるんだよね、って具体的に説明しています。それを3歳頃から常々言ってきたので、本人も『私ね、ここと、ここと、ここが違うんだ』って、当たり前のスタンスで人に喋っていますね」(牧野さん)

牧野さんと長女(幼少期)

学校生活においても、身体的に「できないこと」は自ら判断するように教えている。

「例えば体育のマット運動の前回りとかは首の骨に負担がかかるためダメなんですね。学校の先生も忘れちゃったりすることもあると思うので『自分でわかっておいてね』って。『首の骨を削ったから、前回りすると首の骨にグッと力がかかっちゃうでしょ?』と本人に説明しています」(牧野さん)

それらを伝える時、牧野さんは「プラスの意味もマイナスの意味もなく、あなたの体はこうだから、こういう動きはだめだよ。逆にこっちの動きは大丈夫、という感じでただ事実として淡々と説明しています」という。

そのスタンスは、牧野さん自身が親から受け継いだものでもある。自身の聴覚障害を「困ることはいっぱいあるけど、マイナスだとは思っていない」と語るのは、牧野さんの母親が「聞こえないように産んでごめんね、とは一切思ったことがない」という姿勢だったからだ。

家族でアウトドア

「母から『別に、聞こえないように産もうと思って産んだわけではなくて、誰かが悪いわけではないのだから、お母さんからごめんねって言われた方が逆に嫌じゃない?』という風に言われてきて、私は、確かにそうだなと、ずっと思ってきました。

思春期の時だって、『なんで私のことを聞こえるように産んでくれなかったの』とは一度も言ったことがないし、そもそも思ったこともないですね。だってそんなこと言ったって、聞こえるようにはならないから」(牧野さん)

だからこそ牧野さんは長女に対しても意識して接する。「あなたの障害は別に、誰かのせいでこうなった、とかそういうものじゃないから。でも、パパもママも不便をなるべく解消するような手伝いはするよ」。本人に、こう伝えているのだ。

障害のある子どもの親として

「両親は私を育てる上で、選択肢をたくさん提示してくれました。子どもの頃って自分の通う学校だけが社会のすべてだと思ってしまいがちです。だけど、そんなことはないと。つらいと感じるならば、他の学校に転校したっていいし、そのために引っ越してもいい。ろう学校っていう選択肢もある。今とは違う場所を選ぶという道もあるから、と常に教えてくれていました」(牧野さん)

牧野さんもやはり、長女には選択肢を多く示すことを意識する。「どうしようもなくなった時に、今の学校ではないという他の選択肢」が常にある、という安心感。それと同時に、あえて「障害があることを言い訳にしない」ことも大切にすると強調した。

「長女の場合だと『骨の障害があるから体育は全部できなくてもいい、鬼ごっこはやらなくてもいい』と言うのは、違う。障害があって身体的にできないことができるかもしれないけれど、ハナからチャレンジしないことは、また別なのです。子どもに障害があると、どうしても過保護になってしまう。だから、いつでも介入できる位置にいながらも、なるべく意識して手を離すようにしています」(牧野さん)

牧野さんと家族

「いざやってみると、その塩梅がすごく難しいんですけどね」と付け加えて、牧野さんは長女の担任の先生とのエピソードを語った。

「鬼ごっこを避ける長女に、先生が言ったんです。『走るだけが鬼ごっこじゃない、頭を使うのが鬼ごっこだよ』って。ずっと走り続けるのが身体的に難しくても、こっそり鬼じゃないフリをして逃げてきた人にタッチしたり、そこは頭の使いようだから、と。そうやって先生が選択肢を示してくれたら、長女もなるほどと納得したみたいで。それを聞いて、すごくいいなと思いました」(牧野さん)

一見できないと思うことも、あきらめる前に「どうやったらできるか」別の選択肢を一緒に考えてみる。

「それも親子の間だけじゃなく、いろんな人の助けを得ながら考えるのがいいのではと思いますね。私自身も、親から言われて反発したことも、友人からの言葉だと納得できたことがありました」。牧野さんは自身の過去を振り返りながら語った。

そうやってあらゆる選択肢を持つことこそが、デフサポの掲げる「聴覚障害者の未来を華やかに」というコンセプトにつながっている。

障害のある子もない子も共に学ぶ場を

牧野さんは講演活動も

近年、障害のある子どもと障害のない子どもが同じ場で共に学ぶ「インクルーシブ教育」が注目されている。2006年12月の国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」で示された考え方で、日本国内では2012年頃よりさかんに提唱されるようになった。

インクルーシブ教育の目的として、国は「共生社会」の実現だとする。すべての人に多様性を尊重する意識を醸成するとともに、これまで必ずしも十分に社会参加できる環境になかった障害者が自身の能力を育み、積極的に社会に参加していけることを目指す。

小学校から大学までずっと、特別支援学校ではなく一般校に通った牧野さんは「インクルーシブ教育自体はいいことだと思います」と前置きした上で、「ただし、私のように相性が良かった子どももいれば、逆に合わない子も一定数いるのです」と念を押した。

小学校では出張授業も

「繊細なお子さんだと聴覚に障害がある=他の子と違うことに対して、ものすごく落ち込んでしまうことがあるので、ろう学校(特別支援学校)に通った方が、メンタルが安定する場合もあります。また、人によっては言語能力が同級生と3歳以上違う場合もあって、会話が成り立たないケースも。そして手話がいいというお子さんもいらっしゃいます」(牧野さん)

インクルーシブ教育が馴染まない子もいる。とはいっても、そのような特別支援学校の子たちと地域の学校の子どもたちとの関わりをなくしてしまうのはよくない、と牧野さん。「偏見の少ない子どものうちから様々な人と交わることは、障害のある子、ない子、お互いにとってすごくいい経験だと思います。だからこそ、インクルーシブ教育の一歩手前の、なだらかに交流できる場があれば、と思いますね」。

牧野さんがさらに望むのは、その子の特性に応じて特別支援学校と地域の学校を行き来できるシステムだ。

「地域の学校が合わずに不登校になったら、慌ててろう学校を探して転学するとかはではなくて、例えば週に3日はろう学校、2日は地域の学校に行こう。慣れてきたら、週に5日、地域の学校に行ってみよう、とか。そうやってシームレスに動ければいいなと思いますね。現在は在籍を1つに定めないとならないため、それは難しいのです」(牧野さん)

現在、文部科学省ではインクルーシブ教育の推進にあたって、全国にシステム構築のためのモデルスクールを指定して実践を始めるなど、様々な環境整備を進めている。今後、果たしてそれは、「障害のある子ども」と一括りにしない柔軟なシステムとなっていくのか。「逃げ道」だって用意された多彩な選択肢のある環境は、障害のありなしに関わらず、すべての子どもにとって「生きやすい」社会につながるはずだ。

牧野友香子
株式会社デフサポ代表取締役。生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇で相手が話す内容を理解する。幼少期にとても良い「言葉の塾」の先生に出会えたことで、言葉を獲得し、幼稚園から中学まで一般校に通い、聴者とともに育つ。大阪府立天王寺高等学校から神戸大学に進学し、一般採用でソニー株式会社に入社。第1子が50万人に1人の難病かつ障害児だったことをきっかけに、療育や将来の選択肢の少なさを改めて実感し、2017年にデフサポを立ち上げ、2018年3月にソニーを退職し、聴覚障害児の支援に専念。デフサポでは聴覚障害児の親への情報提供、ことばの教育、就労支援を中心に実施。2020年より多くの人に難聴に興味を持ってもらいたい!とYouTubeでデフサポちゃんねるをスタート。

デフサポHP:https://nannchou.net/

取材・文=高木さおり(sand)