2018年平昌オリンピックで、日本女子でスピードスケート史上初となる金メダルを獲得した小平奈緒。10月に行われた全日本距離別選手権大会では500mで7連覇と、圧倒的な強さを見せつけ、まさに日本スピードスケート界のエースだ。

12月11日に行われたW杯第4戦では女子1000mで優勝し、通算34勝。日本勢歴代最多の清水宏保氏が持つ記録に並んだ。

この結果、自身4度目のオリンピックとなる北京五輪の代表内定を確実とした小平。
そんな彼女のSNSには、りんごの投稿が目立つ。小平が考える、競技が「地域に根ざしたものであってほしい」という想いと、地元・長野との結びつきに迫った。

地元長野での勝利に喜んだエース

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10月22日、長野市のオリンピック記念アリーナ・エムウェーブで行われた、全日本スピードスケート距離別選手権。
国内のトップスケーターが集結したオリンピックシーズンの開幕戦で、力強い滑りを見せたのが、北京オリンピックでもメダルの期待がかかるスピードスケート・小平奈緒だ。

平昌オリンピックでは、日本女子スピードスケート初の金メダルを獲得し、35歳となった今でもその力は健在。

この大会でも得意の500mで7連覇を達成し、1000m・1500mでは2位と、底力を見せつけた。

1500mではレース後に珍しくガッツポーズを見せた小平。その理由について次のように明かしていた。

「1500mは専門としている種目ではないんですけど、自分の中では実はとても好きな種目で。シーズン初めのレースとしては自己ベストということで、この種目の楽しさを改めて感じました。
500mの瞬発力を試されるような一つもミスの許されないようなレースとは違って、1500mは心の中に余裕を持ちながらスケーティングを試せるというところが、凄く魅力的なポイントかなって」

大会直後、「自分の体が自分の意志のもとで動いている感覚があったので、ちょっとした課題はそれぞれのレースでありましたけど、修正していけそうだなという感覚を得られたことが本当に良かったです」と語った小平。

北京オリンピックに向けて、「次につながるレースができた」と力強く続けた。

地元長野での勝利について、「温かい応援に包まれながら、のびのび滑ることができるのは本当にありがたいなと思います」と優しい目を向けていた。

そんな彼女はスポーツ競技について「地域に根ざしたものであってほしい」と考えている。

水害で苦しむ地元のために

小平奈緒Twitterより

小平のSNSには度々りんごの写真が掲載されている。
その一つに明治時代に開園し、100年以上りんごを作り続けている「やまだい農園」がある。

今が旬のブランド・サンふじなど年間50トン近いりんごを出荷するするこの農園の4代目・西澤穂孝さんは「ちょうど1年前の今頃(2020年10月)、小平選手がうちの農園にりんご狩りに来てくれて。水害で被災したことで気にかけていただいて」と話す。

長野県を襲った台風19号(19年10月)

2019年10月、長野県を襲った台風19号。県内を流れる千曲川の堤防が決壊し、濁流は周辺のりんご農家にも流れ込んだ。

「この辺も2〜3m近く水が来てしまって。この畑の気も8割位の高さまで水に浸かってしまい、8割位のりんごを捨ててしまった形で、気持ち的にも物理的にも立ち直れないような状況でした」(西澤さん)

小平は自らボランティア活動に申し込んだ(手前)

そんな地元・長野の危機に立ち上がった人物こそ小平だった。去年3月、シーズンが終わるとすぐに自ら被災地でのボランティア活動に申しこみ、民家の泥のかき出しなどにあたった。

当時、小平はインタビューで「少しでも力になれたらなという思いで来させていただきました。でもやるべきことはたくさんあると実際に現場に来て感じました」と汗を流していた。

その半年後にはやまだい農園へ、復興の様子を自ら確かめに足を運んでいたのだ。

一緒に農園を訪れたという友人は「(小平選手は)地元の方と繋がりを持てて、お家が増えたと話していました。被災して今も頑張っている方のことを常に考えて、それを励みにスピードスケートに打ち込んでいるのかな」と明かす。

そして西澤さんも「ボランティアに来ていただいた方によって『またやり直していこう』という気持ちにもなりましたし、本当に皆さんのおかげで助かったなと思います。もう親族を応援するような気持ちで小平選手には頑張ってほしいなと思っています」と喜んでいた。

りんごマークに涙した地元の農家

田中さんのりんご農園は完全に水没(19年10月)

りんご農園を営む長野市の田中英男さんは、今年で82歳ながら現役バリバリのベテラン農家だ。その田中さんの農園も2年前の水害で完全に水没した。

それでも、りんご作りを諦めなかったのは小平選手の姿がきっかけだったという。

「台風19号の水害にあって心が折れそうになっているときに、小平さんが真っ赤なりんごのスーツを作られて。あれを見たときには本当に涙が出るほど嬉しかったです」(田中さん)

ユニフォームにりんごのマークが描かれていた

昨シーズン、小平が着ていたユニフォームにはりんごのマークが描かれていた。被災したりんご農家を元気づけたい一心でデザインしたという。

その話を聞いた田中さんは勇気づけられた。

「畑に広がる水を見たときにはもう駄目かと思ったんですが、レーシングスーツのいわれを聞いてから、『頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ』と」

そのエールに後押しされるように、田中さんのりんごは再びたわわに実っていた。

台風19号の被害で地元への想いは強くなったと小平は話す。

被害を乗り越えたりんごが届けられた

「実際に堤防が決壊して流されてしまったりんご畑を見たり、その中で残ったりんごの木から花が咲いている様子が見られたりとか、本当に植物の生命力っていうのを感じましたし、そこからまた美味しいりんごを作ろうと奮起して前に進んでいる農家の皆さんの姿を見て、『凄いな』っていう思いと、『私も一緒に進みたい』という思いがあったので、凄く勇気をもらいました。

りんごをモチーフにしたユニフォームで滑ったことで、今年こんな大きな箱に大きなりんごをたくさん詰めておじいちゃんが持ってきてくださって。本当に胸が一杯で」

田中さんは被害を乗り越え実ったりんごを、小平選手に届けていた。そのりんごを食べて全日本距離別選手権に望んだ小平。

小平は話しながら目に涙を浮かべた

「大事に大事に食べながら、今朝もりんごを食べてから来ました。終わった後も帰ってから大事に食べたいなと思っています。
本当にこう生産者の顔が見えるというか、その方々が色んな苦労を経て果物って成り立つんだなっていうのを感じて、そういうのも全部ひっくるめてパワーになってます」

そして言葉だけではなく、感謝の思いを伝えるために、小平はなんと田中さんの自宅を訪問。あいにく田中さんは不在だったが、一通の手紙を残したという。

田中さんの自宅に訪れ、手紙を残した

田中さんは「これはもう私の宝物ですね」と感謝の言葉が綴られたその手紙を大切にしている。手紙には2人をつなぐりんごのイラストが描かれていた。

「スポーツは、アスリートがその舞台で輝いているだけではなく、決して特別なものではなくて、地域に根ざしたものであってほしいという願いがあったので。今は競技だけに集中することではなくて、本当に皆さんと共に進みたいなと思っています」

共に進みたいと口にしたスケーター・小平奈緒。

12月29日から行われる北京オリンピック・スピードスケート日本代表選手選考競技会は、奇しくも地元・長野市のエムウェーブで争われる。地元の声援を力に、オリンピック直前の大会で全力を出し切る。

北京オリンピックスピードスケート
日本代表選手選考競技会


BSフジ
12月29日(水) 午後5時30分~6時55分
12月30日(木) 午後5時30分~6時55分
12月31日(金) 午後5時00分~6時55分
フジテレビ系
1月4日(火) 深夜0時25分~1時25分

https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/jpspeedSlct/index.html