今月23日から開幕する全日本選手権。

北京オリンピックの代表選考会となる今大会は、男女ともに3枠しかない代表の椅子をめぐる大激戦が予想される。

第2弾は、5年連続8回目の出場を決めた21歳の山本草太をピックアップ。

平昌オリンピックの代表がかかった4年前の全日本は大ケガの影響で、代表を目指せる立ち位置にはいなかった。それでもそこから1つ1つの階段をのぼり続け、再び世界の舞台へ駆け上がってきた。

山本草太
山本草太
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2020年の全日本選手権後には、フリーの演技に満足できず、「これ以上成長できるのか…」と弱音を吐く姿も見せた。

決して平坦な道のりではなかった山本草太のスケート人生、今年の全日本選手権へかける思いに迫る。

ケガを機に1年近く氷上を離れることに

ワルシャワ杯で優勝した山本
ワルシャワ杯で優勝した山本

11月、ポーランドで行われたワルシャワ杯に出場した山本。ショートでは自己ベストに迫る91.75をマークし、フリーではミスもあったが、合計247.65点で優勝。

全日本に向けて弾みをつける大会となったワルシャワ杯の演技後、「確かな自信というものを全日本までに何か持てるように、その時その時できることをやるだけ」と語った。

ワルシャワ杯の演技後
ワルシャワ杯の演技後

5歳でスケートを始め、その後メキメキと頭角を現すと、2015年には世界ジュニア選手権で銅メダル、2016年ユース五輪では金メダルを獲得。ジュニア時代から宇野昌磨らとともに世界で活躍するなど、山本は将来を嘱望される選手の一人となった。

しかし2016年3月、ハンガリーで開催される世界ジュニア選手権に出発する直前の練習で、ジャンプで転倒した際に右足首を骨折。1年近く氷上から離れることを余儀なくされた。

リハビリ期間中、これまで“当たり前”だったリンクで滑ることが、山本にとっては当たり前じゃなくなった。

リハビリをする山本(2017年)
リハビリをする山本(2017年)

「ケガをするまで、5歳から毎日練習して、『面倒くさいなぁ』とか、試合とかも『緊張するなぁ、イヤだなぁ』と思う時もありました。けれど、1回離れた時に『スケートしたいな』『試合出たいな』って思うようになって。初めてそう思うようになりました」

厳しいリハビリを経て、2017年に氷上へ復帰を果たす。

全日本の予選となる中部選手権ではジャンプは1回転までしか跳べなかった。それでも最後まで滑り切り、西日本選手権で全日本への切符を勝ち取った。

2017年に出場した全日本選手権
2017年に出場した全日本選手権

「1分1秒が幸せだなって思えるようになって、いろいろな方に支えられていると感じました。演技中も1つ1つの拍手が聞こえてきて、本当にありがたいことだし、それにしっかり応えていきたい」とスケートができる喜びを噛み締めた。

全日本の結果は9位。まだまだ本来の姿ではない。しかし山本を待っていたのは満員の観客からのスタンディングオベーションだった。

山本の演技後、会場に拍手が沸き起こった(2017年の全日本)
山本の演技後、会場に拍手が沸き起こった(2017年の全日本)

スケート仲間たちも客席から演技を見守り、号泣している選手もいた。みんなが山本の復帰を待っていたのだ。

さらに、その演技はある一人の男の心を動かしていた。

レジェンドの心も動かした!

それは2014年に現役を引退した髙橋大輔だ。

当時髙橋は、2017年の全日本をキャスターとして放送席から見ていた。そして山本らの演技を見て、感銘を受けたという。

実際に2018年に現役復帰を決めた際のインタビューで「一番の決め手は2017年の全日本選手権だった」と復帰の理由を明かしている。

2019年にアイスダンスへの転向を決めた髙橋大輔
2019年にアイスダンスへの転向を決めた髙橋大輔

ケガをしながらも全日本への舞台へ勝ち上がった山本の渾身の演技など、勝ち負けではないフィギュアスケートを目の当たりにしたことで、髙橋は「勝手に感動して、世界には出られないけど、一生懸命頑張ってきたことを発揮できて喜んでいる姿に感動した」と話している。

彼らに刺激を受け、現役復帰を決めた髙橋は、2019年にアイスダンスへの転向を発表。そして2021年は北京オリンピックのアイスダンス五輪代表1枠をかけて激しい争いを繰り広げるなど、今再び勝負の舞台へと舞い戻ってきた。

復帰、復活、そして「成長」へ

2019年3月、オランダで行われたチャレンジカップで優勝を果たした山本。この時初めて自身の「復活」を自覚したという。

ケガの不安もあった中、これまで口に出して言うことができなかった「北京オリンピック」という大きな舞台を目標に掲げ、それを口に出す自信も生まれた。

2019-20シーズンは初めての海外振付や4回転サルコウ習得など、ステップアップを目指しチャレンジしたシーズンだった。ケガを乗り越え、少しずつ自信を取り戻し始めたことでさらなる向上心が芽生えてきた。

リハビリに励む山本
リハビリに励む山本

「結局は自分次第です。もっと自分が成長できるようにしていかないといけない。そこは変わらない。前まではどこかに不安があって、『試合に出られたらいいかな』『楽しめたらいいな』とかそういう気持ちでした。それも少しずつ変わってきて、今は『うまくなりたい』と思うようになった」と語り、“復活”から“成長”へ、気持ちの面でも大きな変化が現れた。

この年の全日本はケガからの復帰後自己最高の7位だった。

再び味わったどん底「これ以上成長できるのか」

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大のため、スケートリンクが閉鎖されるなどし、どのスケーターも思うように練習ができない日々が続いた。

だが、山本はケガをした最悪の状況からここまでコンディションを戻してきた自信を糧に、コロナ禍でも前を向いていた。

「1年半も滑ることが出来なかった期間からここまで戻したという意味では、1、2カ月練習できないことは何でもない。僕が健康でいて、環境が整えば絶対できるという自信はあったのであまり焦りはない」

2020年に出場した全日本。演技後には本音がこぼれた
2020年に出場した全日本。演技後には本音がこぼれた

しかし、12月の全日本では思わぬ結果が待ち受けていた。

ショートを終え6位、フリーは初めて最終グループでの演技だった。冒頭の4回転サルコウを成功させるが、その後のジャンプをことごとく失敗してしまう。

結果ショートから順位を落とし、9位という結果で終わった。演技後のインタビューでは「これ以上成長できるのか」と本音がこぼれた。

幸せをかみしめつつ、やるべきことを発揮したい

あれから1年、北京オリンピックの代表がかかる全日本を前に、山本は今何を思うのだろうか。

山本草太
山本草太

「もちろん目標も達成したい夢もたくさんあるんですけど、そこにとらわれすぎず、その時自分ができるスケートや、その先につながるような演技を、その時その時で考えながら、やるようになった。先シーズン考え過ぎて失敗をたくさん続けてしまうようなことが多かったので。

自分でそこはコントロールしながらできているんじゃないかなと思っています。自分も海外との差はグランプリシリーズでたくさん感じたので、そこをまた練習に持ち帰ってしっかりと全日本でトップ争いをやっていきたいなと思っています」

オリンピックシーズンの勝負の年となった今年、山本は所属を変え山田満知子、樋口美穂子コーチに師事。

ワルシャワ杯ではポーランドの観客を魅了
ワルシャワ杯ではポーランドの観客を魅了

初戦となった9月の中部選手権から順調に試合を重ね、全日本選手権を前に5試合をこなした。全日本前最後の試合となるワルシャワ杯では優勝を果たし結果も右肩上がりだ。

4年前は出場するだけで精いっぱいだった代表選考会。だが今年は違う。

「“悔しい”気持ちも、もちろん少しはあったんですけど、もうスタートラインにも立てていなくて。本当にケガしなきゃいいという気持ちでずっと、練習だったり試合に臨んでいた。本当に『スケートができているだけで幸せ』ってすごく純粋な気持ちで、試合を、全日本を楽しめていたと思うんですけど、そこからたくさんいろんなことがあった4年間で。

そのケガがあったからその過程も全部含めて、成長できたんじゃないかなと。幸せもかみしめつつ、ただひたすら自分がやるべきことを全日本という舞台で出していきたいなと思ってます」

2020年の全日本
2020年の全日本

昨年の全日本で「少しトラウマになった」と語るフリーのリベンジも誓う。

演技後のインタビューでこぼした“弱音”について聞くと「あの時は無理なのかと本当に思いました。でも今は、頑張ってきてよかったなと思えている。でもまだまだこんなんじゃないよっていうところも見せていきたいと思うので、もっともっと頑張りたいなって思っています」と前を向く。

最後に全日本への意気込みを尋ねると、「自分にしか出せないスケートを、全日本の舞台でたくさんのお客さんの前で見せることができて、最後まで滑り切れたら僕は幸せかなと思っています」と語った。

ケガと戦い、自分とも戦い続けた山本。さまざまな苦難を乗り越えてたどり着いた全日本の舞台でどんな演技を見せるのか。そしてトップ争いにどこまで食い込めるのか。どん底を味わいながらもはい上がってきた21歳の戦いに注目だ。

(※フジテレビで放送の「Live News α」と「S-PARK」では、本日から全日本フィギュアスケート選手権開幕前日の12月22日(水)まで毎日、注目選手や大会のみどころをお伝えします。ぜひお見逃しなく!)

フィギュアスケート取材班
フィギュアスケート取材班