マスク姿で歓迎に応えられる上皇ご夫妻

イギリスのチャールズ皇太子、モナコのアルベール大公など、ヨーロッパの王族の中からも、新型コロナウイルスに感染したというニュースが入ってきたています。

幸いなことに皇室の方々で感染したという方はいらっしゃいません。

3月31日に東京・高輪にある仙洞仮御所に到着した上皇ご夫妻はマスクをして沿道の人たちに応えられていました。

沿道の方々の歓迎を受け「仙洞仮御所」へ入られる上皇ご夫妻

皇室の方々ご自身だけでなく宮内庁も必死に対策をとっています。

宮内庁では、このような中でも皇族の方々にお会いしたり、お仕えしなければならない職員は存在しています。皇宮警察による警護警備もそうです。

こうした人たちは、対策としてマスク着用し密接するような場面を避け、テレワークや時差出勤で対応できる職員には実施してもらっているということです。まずは、職員から感染者を出さないための対策を取っています。

マスク姿で公の場に出られるのは非常に珍しい上皇ご夫妻

皇室イベントもキャンセルや縮小

現在は、これまで皇室の方々が出席してこられたイベントや行事自体が中止になり、皆様のお出ましがない状態が続いています。

2月23日の天皇誕生日に行われる予定だった一般参賀、桜の時期に予定されていた乾通りの一般公開も中止になりました。

4月19日に予定されている、秋篠宮さまの立皇嗣宣明の儀も、参列者を約350人から50人程度に縮小したほか、21日の饗宴の儀は取りやめとなるなど、皇居に多くの人が訪れないようにし、皇族の方々に大勢の方との接触を避けていただけるよう見直しもすすんでいます。

宮内庁によれば、4月3日に行われる神武天皇祭の際、宮中三殿でボランティアしてくれる団体に天皇陛下からご会釈をいただく予定ですが、こうした方々とは、マスクで並んでいただき、陛下との距離をとってお言葉をいただく。そして恒例の万歳三唱は今回なしにしていただくということです。

行事を工夫しながら交流をしていただこうとしているのです。

新型コロナウィルス感染拡大の中で

愛子さま学習院女子高等科卒業式にて

こうした状況に天皇皇后両陛下はご長女の敬宮愛子さまの学習院女子高等科ご卒業にあたり公表したご感想の中で、

「現在、新型コロナウイルスの感染が拡大していることを案じ、我が国の国民、そして世界の多くの人々が直面している様々な困難や苦労に深く思いを致しています。この感染の広がりが早く終息に向かうことを心から願っております」と記されています。

これまで、日本だけでなく世界は飢餓、戦争、そして疫病との戦いが続いてきました。古代や中世には、疫病にかかり亡くなった天皇もいます。天然痘、はしか、赤痢などなど・・・。こうした感染症がはやるたびに、当時の天皇は、祈りを捧げてきました。

戦国時代の15世紀後半の後柏原天皇は荒れ果てていた京都に疱瘡(天然痘)が大流行したことを憂い、「般若心経」を写経し仁和寺などに納めて万民の安寧を祈りました。

その皇子、後奈良天皇が金文字で般若心経を写経し、後書きに自分の無力感を書き添えたのは知る人ぞ知る話です。

後奈良天皇の般若心経

実は、2016年8月7日、奇しくも上皇さまのご退位への流れを作ったビデオメッセージが収録された日に天皇陛下は後奈良天皇の写経を愛知県の岩瀬文庫でご覧になっています。

そして翌年のお誕生日会見で、この写経について触れられています。

「紺色の紙に金泥で書かれた後奈良天皇の般若心経は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが、そのうちの一つの奥書には「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました」「私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います」

お誕生日会見

現状の把握にあたられる天皇陛下

陛下は、3月31日、安倍総理と面会しコロナウイルスの感染拡大について話を聞かれた模様です。また、4月6日には、新型コロナウイルス感染対策専門家会議の尾身茂副座長から現状について皇后さまと共にお話を聞かれる予定です。

上皇ご夫妻もなされてきたように、現状の問題点などをお聞きになりたいのでしょう。

こうした現状を踏まえた上で、天皇陛下は国民に寄り添おうとされているのです。

このようなお気持ちを示していただくためにも、まず、陛下、皇后さまそして皇族の皆様が健康でいてくださる必要があります。

そして、宮内庁などのお仕えする方々の努力とともに、感染を拡大させないために、手をきちんと洗い、密集しない、不要に出歩かないなど私たちの努力も必要となっています。

【執筆:フジテレビ 解説委員 橋本寿史】