タイの観光業復活に向けた動きが急加速した。2021年11月1日(月)、タイ政府は日本を含む63の国と地域からの観光客について、ワクチン接種などを条件に入国後の隔離措置を免除。

人気観光地の一般公開も続々再開させたほか、バンコクなどでは、一部時間や店舗による制限があるものの、店内での飲酒が解禁された。夜間外出禁止令は前日の10月31日に解除となったばかりだ。ほかにも一部の小学校が対面授業を再開した。「大幅解禁の日」街では人々がかつての日常を取り戻し始めていた。

カオサン通りでタイ料理パッタイを売る屋台。 ピンクの紙には「ワクチン接種済」と書かれている。
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“眠らない街”復活か

11月1日午前0時、首都バンコクのカオサン通りは地元の若者たちで賑わっていた。前日に夜間外出禁止令(午後11時〜午前4時)が解除されたのだ。スマホのカメラを向けると笑顔で応じる人が多い。日本の渋谷ほどではないが、ハロウィンの仮装姿の人もいる。

賑わうカオサン通り 2021年11月1日午前0時頃撮影

小道を入ったところに置かれた赤いクーラーボックスの側に、忙しそうに働く男性がいた。男性はクーラーボックスの陰でコソコソと真っ白のカップに液体を入れ、通りに座る客へ届ける。カップに入れられたそれは遠目からはジュースのように見えるが、酒だ。

赤い大きなクーラーボックスの中で保管している酒を、白いカップへ注いでいく

この日からバンコクでは店内での飲酒が半年ぶりに解禁されたが、「酒は午後9時までしか売ってはならない」などの制限が付けられている。このため、こうした“違法行為”に手を染める店が多いという。なかには瓶ビールをそのまま売っている店もあった。

テーブルに白いカップが置かれている

警察車両が近づくと人々は一斉に離散するが、車両が通り過ぎるとすぐに元の場所へと戻る。大型のクラブが入る建物には吸い込まれるように多くの若者たちが入っていく。クラブやバーの営業はまだ認められていない。クラブが入るビルの外観だけを見れば、真っ暗だが、開いた扉の奥の方には明かりが見える。私が近づくと、扉は閉められてしまった。

警察車両が近づくと席を立ち始める

カオサン通りを少し離れた一画には屋台が並んでいた。深夜にも関わらず、白いカップを手にした若者たちが続々と来店し、楽しそうに語り合っていた。

カオサン通りを少し離れた一画に並ぶ屋台。 夜中でも腹を満たせる。

観光大国の復活にかけるタイ

解禁されたのは夜間外出と店内飲酒だけではない。11月1日からタイ政府が指定した63の国と地域からの人々は、ワクチン接種や検査を条件に、入国後の隔離措置が免除となった。午前7時、バンコク郊外のスワンナプーム国際空港に欧州から到着した人々が姿を現した。機内は空いていたようで、通路の混雑はない。この日、空港には前日のほぼ倍増となる61便が到着し、空港運営会社の幹部職員は「これから来訪者はますます増えると思う」と期待をにじませた。

午前7時00分、スワンナプーム国際空港

人気観光地であるタイ王室ゆかりの三大寺院もすべて11月1日の朝から一般公開を再開した。午前8時、「エメラルド寺院」の通称で知られる「ワット・プラ・ケオ」では、衛兵の訓練が行われていた。外のテントには、7カ月ぶりに一般公開が再開されるのを前に、既に多くの来訪者が待機し、午前8時30分、供物の花などを手に続々と入門した。人々とともに奥へ進み、門をくぐると静けさが広がる。

午前9時00分、ワット・プラ・ケオ

コロナ禍の前は、1日あたり2万2000〜3000人が訪れ、いつも混雑していたが、11月1日は感染対策の人数制限で人が少なく、普段より落ち着いている。

ワット・プラ・ケオは、仏教があつく信仰されているタイの中でも、最も格式が高い寺院だ。半ズボンなど、肌が露出する服装では中に入ることができず、着替えも用意されている。感染対策の体温チェックはサーモカメラで何度も実施され、手を洗うスペースも特設された。

ワット・プラ・ケオに祀られているエメラルドブッダ。像に触れられるのは国王だけだ。
老若男女が長い時間祈りを捧げていた。

午前10時、三島由紀夫の小説『暁の寺』にも描かれた「ワット・アルン」には、数日前バンコクに来たばかりだというカナダ人の女性も来訪。女性は一般公開の再開を前日に知ったといい「ほかの名所にもぜひ行きたい」という。職員は「きょうは少ないが、週末には大勢の人が来るだろう」と話した。

午前10時00分、ワット・アルン。混雑はなく、上まで登ることもできる。

同時刻、全長46m、高さ15mの涅槃像が祀られている「ワット・ポー」も混雑はなかった。3つの寺院とも、大勢の外国人観光客が集まる前を狙ったのだろうか、老若男女を問わず主に地元の人々が訪れ、長い時間祈りを捧げていた。

ワット・ポーにまつられる涅槃像。 今だけは「写り込みなし」で写真撮影が可能だ。

タイの11月から3月は乾季にあたり、比較的過ごしやすい日が続く。タイ政府観光庁によると「爽やかな青空が広がる日が多く、観光にはぴったりの季節」だ。そんな観光シーズンのスタートに、旅行者は、空港到着後の隔離なしで街へ出て、観光名所の寺院を訪れ、夜は街で酒を飲め、外出規制もない…すべてこのタイミングで解禁したタイ政府の狙いは、観光大国の復活だ。

三大寺院の周囲にはリスが多く生息している

コロナ禍により激変した街

新型コロナウイルスの流行前、人口6618万人のタイには例年、年間4000万人近くが訪れていた。人口1億2622万人の日本を訪れた外国人旅行客3188万人(2019年 観光庁)と比べてもはるかに多い。豊かな観光資源をもつタイは実に国民所得の約20%を観光業から得ていた。それがコロナ禍により激変した。

コロナ前の「ラチャダー鉄道市場」
コロナ後の「ラチャダー鉄道市場」

バンコクの「インスタ映えスポット」として人気を集めていたラチャダー鉄道市場は、一時閉鎖に追い込まれた。カオサン通りも一時は人影が途絶えた。ほかの夜の街にも灯りが灯らず、ゴーストタウン化したところもあった。前述の「ワット・アルン」を望めるカフェのテラス席には客が入らず、寺院の夜間ライトアップも故障で半分だけになってしまっていた(現在は復旧)。

ワット・アルン 2021年10月5日撮影

プラユット首相は10月11日テレビ演説で「観光で生計を立てる国民を支えるために、年末年始の旅行者に来てもらうチャンスを逃してはならない」と述べた。この発言の背景には、各国の政策もある。

ワット・アルン 2021年10月21日撮影

“競合国”との観光客争奪戦

周辺の国々でも海外からの入国再開の動きが相次いでいる。

2021年11月1日現在、“インド洋の真珠”スリランカは10月7日、全土で隔離なし入国可能に。

インドネシアは10月14日、リゾート地バリ島などで国際線運航を再開(5日間の隔離義務)。

インドは10月15日、段階的な観光ビザの発行を再開し、11月15日からは外国人観光客の受け入れを本格的に再開する方針だ。

シンガポールは10月19日、隔離なしで入国を認める制度に8カ国(北米と欧州)を加え、11月8日からはオーストラリアとスイスを、15日には韓国も加える(日本からの渡航者は依然隔離が必要)。

オーストラリアは11月1日から最大都市のシドニーを含む一部の州や都市で、帰国する自国民や駐在などのために入国を許可された外国人に限り、隔離を免除とした。

マレーシアは11月15日からランカウイ島で外国人観光客を隔離なしで受け入れる方針だ。

これに負けじとタイも一部の観光地、プーケットでは隔離なしの入国を認めてきた。

プーケット

11月1日は、ワクチン接種率が基準を満たした一部の幼稚園と小学校も、対面授業を再開させ、子どもたちが笑顔で再会を喜び合った。

幼稚園の教室 バンコクにて2021年11月1日撮影

かつての日常が戻り始めるなか、タイ国内では不安の声も聞こえてくる。このところ、タイの1日当たりの国内新規感染者は1万人程度で推移。国内では、観光業の回復=経済再生へ期待が高まる一方、警戒感が根強く、世論調査では6割が「観光客受け入れは時期尚早」と回答した。

タイ政府はリスクを負って観光客争奪戦への参入に踏み切った形で、タイ政府観光庁は、今後の2カ月間で、毎月約30万人の旅行者がバンコクを訪れると見込んでいる。ウィズコロナで観光大国の復活はなるか。今後に注目したい。

【執筆:FNNバンコク支局長 百武弘一朗】