中国と台湾がTPP・環太平洋パートナーシップに相次いで加盟を申請したのは9月の事、全くの想定外ではなかったようだが、これによって加盟各国の関係部局は激震に見舞われ、その揺れは未だ収まらない。中・台の加盟は簡単ではないのが現実とは言え、盟主・アメリカの居ない隙を突かれ、各国政府の担当者は今も右往左往させられているらしい。
元はと言えばトランプ政権が一方的に離脱したのが問題の始まりなのだが、TPP加盟11カ国は対応に苦慮し続けているのだ。

TPPは本来、中国に対抗する為の貿易協定
アメリカ政界にもTPPを巡る状況を憂慮する声はある。
曰く、
「TPPは本来、アジア・太平洋地域で増大する中国の経済的・地政学的優位に対抗する為の貿易協定として考えられたものだ。」
「世界のGDPの約40%の規模に達したはずの経済合意を中国は外から眺めることしかできなかったはずなのに、アメリカが離脱したことによって、中国は間違いなく今やこれをチャンスと見て祝っている。」等と喝破した上で、
「貿易協定に妥協は付き物だが、そのルール作成に物申すにはテーブルに着いていなければならない。しかし、アメリカは現在、廊下で指をくわえて待つことしかできない。」
「バイデン政権の新しい通商代表部の下で、我々はアジア・太平洋地域の同盟国に再び関与する政策を推し進め、多国間の貿易パートナーシップを構築しなければならない」と、その声は訴えている。
そして「そうすることで、アメリカの輸出にとっての障壁を除去し、中国の野望に対抗するだけでなく、公平性と透明性の原則に則ったルールに基づく世界貿易体制を発展させることに寄与することができる。」と強調している。
これは、アメリカ上院財政委員会国際貿易・国際競争力小委員会の与党・民主党、トム・ケイパー委員長と野党・共和党の筆頭委員、ジョン・コーニン議員が、2021年6月、連名でワシントン・ポスト紙に掲載した意見広告から抜粋したものだが、党派対立で混迷するアメリカ政界にあって、与野党双方の主要議員が揃ってこうした声を上げた意義は小さくない。
日本政府から見れば、きっと、当然至極であり、頼もしい限りでもある主張だ。
TPP復帰志向は“少数派”
しかし、現実は厳しい。
こうした主張はアメリカ政界にあっては少数派に過ぎないというのだ。
アメリカの通商問題の専門家は断言する。
「バイデン政権下でアメリカがTPPに復帰するチャンスはほぼゼロでしょう。仮に次にトランプ政権が復活しても同じです。端的に言ってTPP復帰に対する政治的支持が十分ではないからです。」
「確かにアメリカ政界でTPP復帰を志向する中道・ビジネス派は与野党双方に存在します。しかし、その与野党いずれの党においても少数派なのです。数の上で反対派に負けているのです。」
例えば「アメリカの職が奪われる」「労働基準や環境基準が不十分だ」といった左右両派の反対の声の大きさに中道派は全く太刀打ちできないらしい。
一方、日本政府はというと、それでも「アメリカに復帰を働き掛ける」という公式の立場に変わりはない。実際、先の日米首脳会談でも、外相会談でも、事務レベルでも、機会があるごとに働きかけをしている。しかし、色良い反応は無いのが現実という。
これではアメリカのTPP復帰の見通しは全く立たない。

予防線に苦慮するTPP11とアメリカ
となると、問題は中国の加盟申請にTPP11はどう対処するのか?という点に戻ることになる。
先に登場したアメリカの専門家氏は言う。
「アメリカが現在できることはアドバイスを提供するというのがせいぜいでしょう。一案ですが、もしかすると加盟申請国をまとめて一斉審査するのも良いかもしれませんね。中国、台湾、そして、申請があれば韓国も、場合によってはイギリスもです。そうすることで、申請国同士が互いに競い、中国が(TPP11に個別に圧力を掛けて)緩い条件で簡単に加盟を果たすのを難しくすることが出来るでしょう。」
一方、日本政府関係者は「イギリスの加盟交渉を優先するという加盟11カ国の基本合意があります。そのイギリスとの交渉でより高いスタンダードを達成することで、他の国との交渉の指針にしたいと考えています。」と言う。
来るべき対中交渉に備え、今から予防線を張るのにTPP11もアメリカも頭を悩ませているようにも聞こえるが、顧みれば、TPPはそもそもアメリカの音頭取りで出来たものである。そのアメリカ抜きで今後中国の圧力と対峙しなければならないTPP11が、彼の国からはアドバイスだけというのでは不十分で、それでは無責任と思いたくなるのも当然である。
そこで、全面復帰は当面難しいとしても、アメリカのTPPへの関与を少しでも引き出し、それを目に見える形にする工夫も検討されているらしい。

一部の分野におけるパートナーシップ構想
実際、TPP11もアメリカも受け入れ易い一部の分野に限って、TPPとアメリカのパートナーシップをまとめるというアイディアが存在し、既に一部で水面下の調整も始まっているという。
ただし、これを法的拘束力のある協定や合意にしようとすると紛糾しやすく、手続きも煩雑になる。故に、例えばデジタル・データの流通規則や保護の分野で、言わば努力目標だけを掲げる連携策といった案なら希望は持てるという。
アメリカの専門家氏も「TPP協定から特定のチャプターだけを切り出して、アメリカやその他の国に参加を呼び掛けるのなら不可能ではないかもしれない」と評価している。
アメリカ全面復帰に比べれば小手先の感は否めないが、こうした努力が少しでも実を結び、TPPが、漂流したり、骨抜きにされたりすることなく、より良い方向に進むことを筆者も心より願っている。
アメリカの厳しい現実
しかし、残念ながら、それもこれもアメリカの国内政治状況次第という厳しい現実がネックになるのは変わらない。
ほぼ1年後の中間選挙と24年の次期大統領選、場合によっては、その後更に複数回の選挙を経て、アメリカ政治の景色に然るべき変化が生じない限り、日本を始めとするTPP11は当分、彼の国抜きでやっていかねばならないというのもまた厳しい現実なのである。
これはイギリスが加盟してTPP12になっても変わらない。
TPP11にはその覚悟も必要なのである。
中華人民共和国経済圏に飲み込まれるのは何と言っても嫌なのである。
【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】