町の薬局で安く購入できる緊急避妊薬
女性:「緊急避妊薬を下さい」
薬剤師:「性行為をしたのはいつですか?ここに、薬の服用方法が書かれているので、よく読んで下さいね。4.28ユーロです」
フランスの薬局では、緊急避妊薬を安く簡単に買うことができる。
この記事の画像(20枚)緊急避妊薬は、人工妊娠中絶とは違い、性行為の後に服用することで、排卵を遅らせたり着床をブロックしたりして高い確率で妊娠を防ぐことができる。
WHO(世界保健機関)は、重大な副作用はなく、「医学的管理下におく必要はない」との見解を示していて、90カ国以上で医師の処方箋なしに薬局で買うことができる。
しかし、日本では緊急避妊薬を手に入れるには医者の処方が必要だ。また、1錠6000円から2万円ほどと非常に高額となっていて、手に入れるには時間的、精神的なハードルがあると指摘されてきた。厚生労働省で医師の処方箋がなくても薬局で購入できるようにすべきか議論が進められている。
一方フランスでは、街中の薬局で約550円で販売されている。処方箋も必要ない。さらに、未成年(18歳未満)の場合は学校や薬局で無料で提供してもらうことが出来る。身分証を見せる必要はなく匿名性が確保されている。
医師の診察なしで緊急避妊 パリ市民はどう捉えている?
フランスの保健当局が2016年に15歳から29歳までの男女を対象に行った調査では、82.1%の男女が薬局で緊急避妊薬を手に入れられることを知っていた。さらに、11.5%の女性が実際に使用したことがあると答えた。
緊急避妊薬を薬局で簡単に手に入れられる現状を、フランス人はどう捉えているのか。
街ゆく人に話を聞いた。
【18歳女性】
「3年ぐらい前に薬局で、未成年と伝えたら無料でくれました。親には内緒でした。すぐに薬を飲めたのですごく安心しましたよ」
【21歳女性】
「2年前に服用しました」
ーー日本では処方箋が必要ですが、どう思いますか?
「それはよくないかな。緊急のものなので、すぐに提供できる状況にないといけない薬です。病院に行くのは大変です。」
緊急避妊薬の市販化が始まったのは今から20年以上も前の1999年、そして未成年への無償化はその翌年の2000年からだ。いまの10代や20代の女性は、緊急避妊薬を薬局で気軽に手に入れられる状況しか知らないこともあるためか、肯定的な意見ばかりが聞かれた。
では、親の世代はどうなのか。
【22歳の娘をもつ母親(58)】
「緊急避妊薬で望まない妊娠から若い女の子が救われることは良いことです。ただ、子供たちが初体験をする年齢は以前よりもどんどん早くなっていて、愛の概念が歪むのでは、と心配にもなります」
ーー娘さんが緊急避妊薬を知らない間に服用しているかもしれないが?
「娘の体で、娘の人生なので、私が干渉することではないです。娘は思いやりも常識もある子なので。ただ、もし彼女が私に相談してきたら喜んで相談に乗ります」
未成年が緊急避妊薬を手に入れる際、親の同意が必要ないのは日本も同じだ。だが、日本では娘が親の知らない間に緊急避妊薬を使ったと聞いたら、親はショックを受けるだろう。フランスでは親の世代からも支持する声があったのには驚いた。
「自分と相手、体を尊重する」充実した性教育
簡単に緊急避妊薬にアクセスできることについて、フランスでは、なぜここまで肯定的な声が多いのか。
それは性教育に理由がある。
フランスでは小学校から段階的に性教育が行われ、「自分と相手、そして体を尊重する」ことが教えられる。いわゆる「性教育」という科目はない。理科などの科目の中で、性の話が組み込まれる。
小学校では、男女の体の違い、生き物はどのように生まれてくるのかなどを学ぶ。中学・高校では、各科目に組み込まれた性教育に加え、年に少なくとも3回、専門家を招くなどの課外授業をすることが決められている。生徒たちは、これらの授業を通して、望まない妊娠や性感染症をどう防ぐかなど、性に関する知識を身につける。
緊急避妊薬についても、教科書に写真付きで記載されている。
緊急避妊薬を簡単に入手 通常避妊を怠るのでは?
しかし、緊急避妊薬がこんなに身近に存在していたら、通常の避妊を怠るようになるのではないか。疑問に思い、聞いてみた。
【19歳女性】
「緊急避妊薬は普段きちんと避妊したうえで、それを補うためのもの。緊急時に使うので、常には使わないです」
【18歳女性】
ーー普段の避妊方法は?
「私はピル」
「私はコンドーム。妊娠からも病気からも身を守れるからです」
【23歳男性】
「いつもはコンドームを使っています。学校で自分や相手を守ることの大切さを学びました。避妊に失敗してしまったら、緊急避妊薬に頼りますよ」
未成年だった時もしっかり避妊した上で、本当に緊急の場合のみ緊急避妊薬を求めたという。
フランス人の避妊への意識の高さは、国の調査結果からも見て取れる。
2016年の調査では、妊娠を望まない人で通常の避妊をしない人は、15歳から19歳で2.3%、20代前半で4.3%だった。
一方、日本では、緊急避妊薬を必要とした人で通常の避妊していなかった人は23.1%だ。(日本家族計画協会クリニック2005年度~2012年度調査より)
フランスでは性教育が充実し、緊急避妊薬はあくまで臨時のものだという意識が根付いているのだろう。
性暴力被害の場合はどうする? 薬局の取り組み
緊急避妊薬を求めるのは、単にパートナーとの避妊に失敗した場合だけではない。思いがけず、性暴力の被害に遭ってしまった場合も、急いで服用する必要がある。
フランスでの性暴力犯罪の認知件数は日本よりもはるかに多い。
国連薬物・犯罪事務所によると、日本での性暴力犯罪の認知件数が2016年に7177件なのに対し、フランスでは3万7480件となっている。これは、あくまで認知された件数なので、被害に遭っても誰にも打ち明けずに緊急避妊薬を服用する “潜在的な被害者”もいるだろう。
医師が診断をするのであれば、そんな被害者に気が付いて、手を差し伸べられるかもしれない。だが、薬局で緊急避妊薬を気軽に買えてしまうと、そういった機会も失われてしまうのではないか。
パリ近郊の小さな町の薬局を訪ね、薬剤師にその点を尋ねた。
【薬剤師】
ーー医師が処方した方が、性暴力の被害を覚知できるのでは?
「緊急避妊薬を渡す時に、避妊しているのかとか、失敗してしまったのかとか、軽く質問をします。医者よりも薬剤師の方が気軽に話せると思いますし、そういった場合のために安心して話すことのできるスペースを設けています」
ーー薬剤師でも、性暴力の被害を覚知できる?
「はい。私たちは性暴力の被害者が来ることを常に想定していますし、それが使命の一つです」
フランスでは薬局は市民の生活に根付いているため、薬剤師が被害相談に乗ることは自然なことなのだそうだ。
家庭内暴力を想定しての取り組みだが、フランスの薬局では被害者の求めに応じて警察に緊急通報できるシステムが制度化されている。地域に根差した薬局は、フランス人にとって駆け込み寺のような存在でもあるのだろう。
減らない人工妊娠中絶 2022年から避妊にかかる費用が無料に
ここまで、フランス人の避妊に対する意識の高さを伝えたが、人工妊娠中絶の数が減っているのかというと、そうでもない。
1996年に、15歳から49歳までの女性人口1000人に対して行われた人工妊娠中絶は、14.2件。
緊急避妊薬の市販化が1999年に始まり、それ以降増減を繰り返してきたが、2019年には15.7件で過去最高水準を記録した。(日本では、2019年度に6.2件)
保健省はこれを問題視し、2022年から25歳未満の女性を対象に、緊急避妊薬を含む避妊にかかる費用を無償にすると発表した。
というのも、2013年に未成年を対象に緊急避妊薬だけでなく、低用量ピルなどにも無償化を拡大したところ、人工妊娠中絶の数が2010年に1000人の未成年あたり10.5件だったのに対し、2019年には5.7件に減ったからだ。
(15歳未満については、避妊費用無償化は2020年から)
「産むか生まないか、いつ・何人子どもを持つか」自分で決められる社会に向けて
フランスでは当初から、性の問題に対してここまで“積極的”だったわけではない。
1967年より前は、避妊薬の使用は違法とされていた。しかし女性たちの声を受け、合法となった経緯がある。
それ以降、フランス政府は望まない妊娠を減らすため緊急避妊薬を市販化したり、避妊費用の無償化を拡大したりと、状況に合わせた取り組みを行ってきた。
最近は日本でも、緊急避妊薬が少しずつ手に取りやすくなっている。オンライン診療により、薬の宅配や処方箋原本なしでの調剤が可能となった。また、岡山県の一部の薬局では、緊急避妊薬を必要とする人が行くと、その場で医師によるオンライン診療を受け、薬を服用できる取り組みが始まった。
日本とフランスは、性に関する価値観や教育、医療制度も異なるので、一概に比べることはできない。だが、「産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つか」を自分で判断し行動することのできる社会にするために、日本には日本にあったやり方がきっとあるはずだ。
あとがき~日本の現在地は?
この記事をクリックして、ここまで読んでくれた人はどれぐらいいるだろう。
「あぁ、性の話ね」と途中で読むのを止めた人も少なくないと思う。
日本では、性の話についてタブー視されている印象を受ける。だが本来、誰もが避けては通れない問題だ。
冒頭でも少し触れたが、日本でも2021年6月から、緊急避妊薬を医師の処方箋なしで薬局で販売できるようにする議論が始まった。これについては、検討会を取材した空閑悠記者が詳しくまとめている。(#1)
この記事からは、薬局販売の解禁により救われる人がいることや、生じるであろう問題がよく分かる。そして、すべての人が「自分の体を自分で守る」ことのできる社会の実現に向けて、日本が一歩踏み出していると感じることが出来る。厚労省には今後、スピード感をもって議論を重ねて欲しい。
【執筆:FNNパリ支局 森元愛】