東京都町田市立小学校に通っていた6年生の女児が去年11月、複数の児童からのいじめを訴える遺書を残して自死した。女児の両親によると、女児はタブレットのチャット機能で悪口を書かれるなどの被害を受けていたという。これを受け一部メディアがGIGAスクール構想そのものがいじめを誘発したかのような報道をしていたが、それは分けて考えるべきだろう。

「パスワード運用は不適切と言わざるを得ない」

この痛ましい問題が教育界にさらに衝撃を与えたのは、学校が配布したタブレットがいじめの道具として使われていたこと、そして町田市が先進的にICT教育を進めている自治体であり、中でも問題が起こった小学校はモデル校であったことだ。

文科省は問題が明らかになるとすぐ、町田市と東京都の教育委員会に端末の使用状況について事実確認を行った。そして萩生田文科相は17日の閣議後会見で、その学校では当時児童全員が同じパスワードを使用していたと明らかにした。さらに萩生田文科相は「こうしたパスワードの運用は、文科省のガイドラインに照らしても不適切と言わざるを得ない」とあらためて周知徹底を促した。

萩生田文科相「パスワード運用が不適切」
萩生田文科相「パスワード運用が不適切」
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「恐怖」「被害者」「悲劇」と筋違いの批判

タブレットを使ったいじめは、学校側がセキュリティ管理をしっかり行っていれば防ぐことができるはずだ。今回の痛ましい問題については、なぜこうしたことが起こったのか、町田市教育委員会と学校側は再発防止のためにも徹底した原因究明を行って欲しい。

(関連記事:【町田小6女児自殺】「ネットいじめ」から子どもをどう守ればいいのか

女児の両親は町田市教委と学校側に原因究明を訴えた
女児の両親は町田市教委と学校側に原因究明を訴えた

一方で今回の問題について、「一人一台端末の恐怖」「GIGAスクール構想の被害者」「タブレットの悲劇」とGIGAスクール構想が子どもに悪影響を与えたような報道が散見された。いじめが起きたことによって、タブレットを子どもから取り上げるとしたら、それはまったくの筋違いだ。ここは立ち止まって、タブレットを活用した教育が子どもたちにどのような教育効果があるのかもう一度考えるべきである。

デジタル機器と子どもの“創造力”の関係とは

ソフトウエアのアドビ株式会社(以下アドビ)と教育ベンチャーの株式会社Inspire High(以下インスパイア・ハイ)は先月、全国29の学校と合同で3千500人以上の中高生を対象に創造力育成に関して調査した結果を発表した。

なかでも注目されたのは、「創造力の自己認識が高い子どもは低い子どもに比べて、PCやタブレットなどのデジタルデバイス利用歴が長く、普段からものづくりに取り組んでいる」ことだ。

調査を行ったインスパイア・ハイ代表取締役の杉浦太一氏はまず、町田市の問題についてこう語る。

「本当に悲しい出来事です。パスワードが統一であるということは、いわばすべての家が同じ鍵になっている社会と同じことです。当然ながら家や鍵そのものが悪いはずはなく、運用ルールの問題です。個別のパスワード管理はもちろん、教員以外は実名がわからない匿名で利用したり、生徒間同士で閉じた直接のコミュニケーションができないようにしたり、端末にロックをかけるなど適切な運用ルールを全国レベルで策定するべきです」

そのうえで杉浦氏は「ICTを活用した個別最適で、創造性のある学びを促進させていくべきだ」と強調する。

インスパイア・ハイの杉浦氏「ICTで創造性ある学びの促進を」
インスパイア・ハイの杉浦氏「ICTで創造性ある学びの促進を」

“創造力がある”子どもはタブレット利用期間が長い

調査ではまず創造力の構成要素となる質問に回答するかたちで、子どもを「創造力の自己認識が高い」、つまり創造力に自信があるグループと「低い」グループに分けた。そしてこのグループをタブレットの利用時間や日常的なものづくりについて比較してみた。杉浦氏は語る。

「まずタブレットですが、創造力の自己認識が高い子どもは7割が使用しているのに比べて、低い方は5割強です。利用期間では高い子どものほうが長期間利用しているのがわかりました」

創造力の自己認識が高い子どもはよりタブレットを利用
創造力の自己認識が高い子どもはよりタブレットを利用

写真や動画、イラスト制作と子どもの創造力

さらに日常のものづくりでは、創造力の自己認識の高い子どもと低い子どもの違いが明らかだった。

「日常的にものづくりをするのか聞いてみると、例えば写真の加工・編集や動画の撮影・編集、イラスト制作などをやっている子どもは自己認識が高いという結果が出ました。一方ものづくりを日常的に『特にしていない』と答えたのは、自己認識が高い子どもは4割程度ですが、低い子どもは6割近くに上っています」(杉浦氏)

「自分に創造力がある」という子どもほど、日常的にものづくりしている
「自分に創造力がある」という子どもほど、日常的にものづくりしている

デジタルツールと“紙と鉛筆”の違いは

共同で調査したアドビのデジタライゼーションマーケティング本部長、小池晴子氏もこの結果についてこう語る。

「別の調査結果ですが、自分に創造力があると思うかどうかを高校生に聞くと約5割が『ある』と回答します。では『ない』と答えた高校生がいつごろから自信を無くしたのか聞くと、小学校の高学年から中学校の頃なのです。これは『ある』と答えた高校生に聞いても答えは同じです。つまりまさにGIGAスクールが対象の、特に小学校高学年から中学校が、子どもが創造力に自信を持つために重要な時期なのです」

アドビの小池氏「特に小学校高学年から中学校が重要な時期」
アドビの小池氏「特に小学校高学年から中学校が重要な時期」

さらに小池氏はこう続ける。

「子どもが創造力に自信を持つのに必要なのは“試行錯誤”、つまり“失敗と成功の体験”だということがわかってきました。チャレンジして失敗も成功もして、その体験が成長と自信につながるのです。デジタルツールと“紙と鉛筆”の学びを例えばアウトプットという点で比較すると、“紙と鉛筆”では書き直しに労力がかかります。一方でデジタルツールは1回の試行錯誤にかかる時間が短いので、同じ時間でより多くの試行錯誤が可能です。共有できることやクオリティが高まることで、社会とつながる学びが実現しやすいという特長もあります」

端末といじめ問題は切り離して考える

小池氏は「いじめの問題はご両親の心中を察するに余りある痛ましい出来事です。いじめはいかなる場合でも許されるものではありません」としたうえでこう語る。

「しかし端末といじめの発生の有無は、切り離して考える必要があります。なぜなら学校でのいじめ問題はずっと以前から存在し続けているからです。デバイスは現代社会では必携の道具であり、諸外国から大幅な遅れをとりながら日本の学校でもようやく当たり前の文房具にする道筋が立ったところです」

小池氏はこう続ける。

「大人の役割は子どもが創造性を発揮できる使い方を支援し、一方で誤った使い方の危険についても教え理解を促すこと、また管理面で大人が整えるべき範囲を子どもの年齢発達段階に応じて見定め実行することだと思います」

子どもたちの創造力を育むために、端末を活用した教育は決して止めてはならない。同時にいじめをなくし、子どもを守ることが我々の責任なのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。