人間は嗅いだ香りでスピード感が変わる。レモンは映像を「遅く」、バニラは「速く」感じさせた。このような現象を実験で発見したと、総務省所管の情報通信研究機構(NICT)が発表した。

この実験では、NICT発の企業・アロマジョインの機器「Aroma Shooter」を使い、参加者14人に嗅覚の刺激を制御した上で(1)レモン(2)バニラ(3)無臭の空気、いずれかを1秒間噴射。

続いて、モーションドット(小さな動く白点)の映像を画面に1秒間提示し、動きの感じ方を「速い」「遅い」の二択で答えてもらった。※香りの強度はレモン、バニラでそれぞれ2段階(100%、50%)、モーションドットの速さは7段階用意した。

香りの噴射と質問の流れ(画像提供:NICT)
香りの噴射と質問の流れ(画像提供:NICT)
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休憩を取りながら1人あたり計525回の試行を行い、回答結果を分析したところ、参加者はレモンの香りでは遅く、バニラの香りでは速く感じる傾向にあったという。

さらに、fMRI(脳の神経活動に付随して生じる局所的な血流変化を計測し、画像化する手法)実験で脳の活動を調べたところ、視覚野(視覚情報に関わる部分)にも変化が起きていた。

実験で使われた装置の一部(画像提供:NICT)
実験で使われた装置の一部(画像提供:NICT)

NICTではこれらの結果から、レモンやバニラの香りが何らかの形で、人間のスピード感と関連することが示されたとしている。この現象の発見は世界で初めての成果だという。

実験結果の概要(画像提供:NICT)
実験結果の概要(画像提供:NICT)

香りによるリラックス効果や印象を変える効果は言われることも多くあるが、映像そのものの見え方に影響するとは驚きだ。人体にはどんな変化が起きているのだろう。私たちの生活には応用できたりするのだろうか。

今回の現象を発見した、NICTの對馬淑亮主任研究員にお話を伺った。

きっかけは心理学の問題

ーーなぜ、香りとスピード感の関係性を調べた?

心理学の問題には「レモンは速いか、遅いか」という問いがあります。そして多くの方が「速い」と答えるそうです。NICTではAroma Shooterをはじめ、実験で確かめられる環境を用意できるため、実際に香りと動きの組み合わせを調べてみようと思いました。

對馬淑亮主任研究員(画像提供:NICT)
對馬淑亮主任研究員(画像提供:NICT)

ーーレモンとバニラの香りを選んだ理由は?

レモンは心理学の問題から選びましたが、レモンと無臭だけで比べると、単に香りが付いたら反応が変わったという可能性も考えられます。そこで柑橘系とは反対に位置するような、甘ったるい、重ったるい香りも試したいと思い、バニラも選びました。


ーー「遅い」「速い」と感じる違いはなぜ起きる?

詳しいメカニズムはまだ分からないのですが、時間の感覚が変わった可能性もあるのではないかと想定しています。時間の配分、解像度とでもいうべきでしょうか。スポーツの「ボールが止まって見える」ような状態です。注意の向け方に関係しているのではないかとも考えています。

香りで脳のある部分に変化

ーー「遅い」「速い」と感じる状態は、人間にどんな影響を与える?

香りで印象が変わるとは言われますが、人間の時間の感覚も香りによって変わるのではないかと思います。実験では、fMRIで脳の活動も調べました。そうしたところ、香りを嗅ぐと視覚野の「hMT」という場所に変化が起きていました。

ここは物体の動きに反応するところで、例えば、脳卒中や事故などでhMTを損傷すると、動いているものが静止画の連続のように、カクカクして見えるようになったりします 。香りでhMTが反応しているので、物体を感じるスピードが変わると想定されます。

実験中の脳を後ろから見た図。赤い部分が「hMT」(画像提供:NICT)
実験中の脳を後ろから見た図。赤い部分が「hMT」(画像提供:NICT)

ーー香りが同時に複数あると、その効果が相殺される可能性はあるの?

調べてはいないのですが、難しいと思います。視覚だと、右から左に物体が出たときに左から右に同じ物体を出すと、見失うこともあったりします。香りは重なりそうですよね。例えば、焼肉店に強い香水をつけていくと、気持ち悪くなったりしますよね。


ーーレモンとバニラ以外で、パフォーマンスに影響しそうな香りはある?

レモンはシトラス系の香りと言われるように、香りには同じ系統のものがあります。現段階では調べていないので分かりませんが、似たような効果があったりするかもしれません。


ーー調査結果のグラフでは50%の香りで「遅い」「速い」が逆に見えるがこれはなぜ?

50%の香りは今回、統計的な有意差はありませんでしたので、ノイズと捉えていただいて問題ございません。100%と50%の違いは香りの濃度が半分と捉えてもらっていいのですが、嗅覚の刺激は制御が難しく、参加者の嗅覚の順応も考慮しなければなりません。

“現象ありき”のエンタメが生まれるかも

ーー研究結果はどのような形で役立てられそう?

これまでとは違う新しい、香りとの関係を作れるかもしれません。例えば、VRなどのエンタメには匂いを感じるデバイスもありますよね。使用時に香りを出すことで見た物の感覚を変えるようなことができるのではないでしょうか。映画などの映像を速く見せたい、ゆっくり見せたいということもできると思います。

映画などのエンタメに活用できるかも(画像はイメージ)
映画などのエンタメに活用できるかも(画像はイメージ)

ーー実際に考えているものはある?

いくつか想定しています。共同研究者がいるものもあるので詳細はお伝えできませんが、既存にはないような“現象ありき”のサービスやエンタメを作ることができればと考えています。香りを使って遊ぶようなことができるのか、試してみたいですね。


映画鑑賞などのコンテンツを引き立てる、スポーツで集中したいときに役立てるなど、応用できそうな場面はたくさんありそうだ。研究は今後も続けるとのことなので、香りと感覚の可能性はこれから広がっていくかもしれない。

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プライムオンライン編集部
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