質量両面での急速な軍事力強化、力を背景とした一方的な現状変更の試み、軍事活動の拡大・活発化…中国を安全保障上の“脅威”とする国は、日本、東アジアにとどまらず、世界規模に拡大しつつある。
これに合わせるかのように、日本の防衛協力分野に変化が見られつつある。従来、日本の安保の基軸となっていた日米同盟を深化させるとともに「自由で開かれたインド太平洋」構想の下、日米両国に豪州・インドという地域の強国を加えた4カ国「クアッド」の枠組みでの連携が進められてきた。
さらに、中国への“包囲網”の観点から注目が集まっているのが欧州の主要国の動向だ。このうち、歴史的にも日本との関係が深い英国が“新たな動き”を見せた。
安全保障で緊密さ増す日英 最新鋭空母が9月に日本へ
20日、岸防衛相と英国のウォレス国防相による会談が行われた。コロナ禍が続く中、電話やテレビ会議形式の協議は行われてきたが、対面では初の会談となった。この中で、中心議題となったのは中国を念頭に置いた地域情勢と防衛協力だった。
この記事の画像(6枚)会談後の記者発表で岸防衛相は、英国の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする機動艦隊(「空母打撃群」)が9月に日本に到着すると発表。「クイーン・エリザベス」は在日米軍の横須賀基地に、その他の艦艇が海上自衛隊の横須賀、舞鶴、呉などの基地に寄港することもあわせて報告された。
「クイーン・エリザベス」を中心とする艦隊は、11日~12日にソマリア沖アデン湾で海上自衛隊の護衛艦「せとぎり」と初の合同訓練を実施した後、日本に向けて航行中。
ウォレス国防相は空母艦隊の訪日を「日英の防衛・安全保障協力の新しい時代の幕開け」と表現した。
空母は航空機を搭載するいわば「洋上の航空基地」。最近では、中国が進出を図る南シナ海に、米国が「航行の自由作戦」の一環として空母艦隊を派遣し、抑止とけん制の役割を果たしている。中国にとっては、量的にも能力の面でも遅れを取り戻そうとしていた分野に英国が“参戦”する形になる。
空母だけではない…英側の“本気度”
さらに、共同発表でウォレス国防相は、今後の部隊配備の構想も明らかにした。
「英国はインド太平洋地域に今年の後半より2隻の船を常駐させ、数年以内には沿岸即応部隊を配備する」(ウォレス国防相・20日共同記者発表)
英国政府によると“2隻の船”とは警備や救護活動を行う「哨戒艦」だという。インド太平洋地域への常駐は初めてだ。
今回発表された構想について防衛省関係者は「日本の安全保障・防衛の観点で歓迎すべきこと」とし、防衛省幹部は英国のインド太平洋地域への関与に対する「本気度を感じた」と話している。
“仮想敵国”は違えど…想起される120年前の「日英同盟」
日本と英国といえば、歴史を遡ると安全保障上の“最重要パートナー”だった時期もある。1902年に締結された日英同盟だ。
極東地域への進出を図る帝政ロシアの脅威にさらされていた日本が結んだ初めての軍事同盟であると同時に、英国にとっても「栄光ある孤立」と称された非同盟政策の終結となる“転換点”であった。
約120年が経った今、再び安全保障関係を深める日英両国。
今回の防衛相会談後、「インド太平洋地域で直面している課題に立ち向かう(岸防衛相)」、「グローバルな課題に向けて結束したアプローチをとっていく(ウォレス国防相)」と、両者がともに指摘した「課題」…具体的な国名の言及はなかったが中国の“脅威”が念頭にあるのは明白だ。
仏独も艦艇派遣 欧州で広がる「中国警戒」
一方、中国への警戒感を背景に、英国以外の欧州主要国にもインド太平洋地域への艦艇派遣の動きが広まっている
フランスはフリゲート「プレリアル」を展開し、2月には九州西方の東シナ海で日本・米国の艦艇とともに洋上補給訓練を実施。日本の補給艦「はまな」が「プレリアル」に給油を行った。これは日仏間で物資や役務を提供し合う協定(ACSA)が2019年に発効して以降、初めてのケースとなった。
さらに、伝統的に域外への部隊派遣に慎重なドイツもフリゲートの派遣を決定していて、日本との共同訓練が調整中だ。
対中国の“包囲網”は、日本など周辺国だけでなく欧州からの“参戦”により確実に強化されているといえるだろう。
多国間協力だけで十分か? 日本が直面する“中国の脅威”
では、国際的な“包囲網”の強化で中国の軍事的行動を抑止することはできるのだろうか。日本がさらされている「空」と「海」の脅威について分析してみたい。
19日、東シナ海で領空侵犯のおそれがある航空機に対し、航空自衛隊の戦闘機がスクランブル(=緊急発進)を行った。防衛省によると、これが任務開始後3万回目のスクランブルとなった。
1983年に1万回に達するまで約25年、2006年の2万回まで約23年かかったのに対し3万回まではわずか約15年と増加ペースが上がっている。
内訳について、近年は中国機に対するスクランブルが大幅に増え2012年度以降は全体の5割~7割を占める。防衛省によると、こうした中国機への緊急発進が増加ペースを押し上げているという。
また、尖閣諸島周辺については2020年、接続水域における中国海警船の活動日数(333日)と、1回の領海侵入時間(最長57時間)がともに過去最多となった。
さらに、中国が2月に施行した海警法については、「曖昧な適用海域」や「武器使用権限」が国際法との整合性の観点から問題視されている。
日本周辺での中国の軍事活動は近年、急速に活発化するとともに質的にも新たな局面を迎える危険性があるといえるだろう。
“平和で安定した”地域を目指すには…
二国間・多国間の安全保障協力には様々な目的があるが、期待される効果の1つが、共通の“脅威”に対する抑止力だ。今回、進展した日英関係のような対中国“包囲網”の強化が続けられているのは、中国の軍事活動の拡大と活発化が止まらない現状の“裏返し”ともいえるだろう。
20世紀初頭の「日英同盟」という歴史的経緯から、両国の防衛協力に期待する声もある。しかし、実態が伴わない形式的な連携では、いわば「張り子の虎」で、中国の行動を改めさせるのは難しいと考えられる。日本の安全保障環境や防衛戦略を分析・検討する中で、日英関係の未来図を描き出し必要な連携と協力を着実に進めていくことが求められる。
このことは、英国に限った話ではない。欧州におけるフランスやドイツ、あるいは「クアッド」の豪州、インドといった国々も同様だ。“包囲網”に加わる国が増えることにより、平和で安定した地域の構築への期待が高まるが、具体的にどのような行動が起こされ、そのことが中国に対してどのような影響を及ぼすのか注意深く見る必要があるだろう。
(フジテレビ政治部・伊藤慎祐 / 古屋宗弥)