子どもを最優先して起きた変化

(前編から続く:競争から降りられない…男性の生きづらさに気づいていますか 『男性学』第一人者に聞く)

佐々木恭子アナウンサー:
男性にとっても、もっと手前の段階、例えば家庭を持つことが価値観の棚卸しのタイミングになる可能性についてはどうお考えですか。先生ご自身にとってはいかがでしたか。

田中俊之先生:
僕自身も今、年長と2歳の子どもがいて、妻も正社員で働いています。子どもたちを中心に生活を考え、彼らが楽しそうにしているのが僕の最大限の喜びになってから、自分の価値観も人生の質も大きく変わりましたね。でも、最初は根本的にそれがわかってなかったんですよ。39歳まで独身だったので、子どもが生まれてから自分の好きな時間に寝て起きられないことが衝撃で、自分のしたいことが何もできないと絶望さえ感じたんですよ。

佐々木:
生活は一変しますよね。

田中先生:
なるべく早く家に帰ろうとはしていたんですが、育休中で子どもを1日中世話している妻が明らかに疲弊していく。正直、仕事を休んでいるのになぜかなと思っていたくらいで。ある日、僕が子どもを見るから友達と旅行に行っておいでよと言って、丸1日フルで子どもといる体験をしたときに、目が見開かれたんですよね。これは大変だ、と。

トイレに行く暇もないし、足にまとわりつかれながらご飯を作って食べて、本当に息つく瞬間がない。そうして自分の命よりも大事なものができて、優先順位が変わりました。大学教員としての評価はもう気にならなくなりましたね。この5、6年停滞していると思いますけど(笑)。人のために生きるってことで満足感があることがよくわかったので、次世代にこのままじゃ社会を渡せないな、もう少し良くするためにはどうしたらいいかなと考えるようになりました。

子どもを最優先にしてやっと気づいたこともある
この記事の画像(5枚)

佐々木:
競争から解放されたんですね(笑)。

田中先生:
さらにコロナ禍により家庭で過ごす時間も長くなり、僕自身がようやく家庭の中でアルバイトだったのが正社員になった感覚なんですよ(笑)。それまでも家事育児をやっていたつもりだけど、家に長くいて初めて、やることの多さや全体像が把握できたんですね。

佐々木:
よく「名のない家事」と称されますが、例えば料理を作るのも、冷蔵庫の中身を確認して献立を考えて後片付けまでが一連の作業だとか、そういうことですか?

田中先生:
そうなんです。家にいて実際に体験してみないと見えていないことが多かった。全体の像が見えて初めて、この家庭をどうしていくのかを考えられるようになった気がします。だから妻にも「ようやく言動が一致したわね」と言われるようになりましたよ。

男女の賃金比は10対7 男性育休の制度上の課題は?

高度経済成長を支えてきた「男は外で仕事、女は家事育児」のモデルも、今や低成長の時代には現実的ではなくなっていて、共働き世帯もすでに6割(※注)を超えています。
(※注:令和2年版男女共同参画白書より)

それなのに、家事育児は女性が男性の2倍超の時間を費やしている実態を考えるとため息をつきそうになりますが、その感情を一旦脇に置いて考えみると、男性は家事育児に関わりたくてもそうしづらい理由もあるのだろうと思います。

働き方改革で長時間労働は見直されているものの、社会の意識はアップデートの途上。私が復職した2010年ごろから女性の復職率が上がってきて、職場に母の数も増えた実感はありますが、それでも「子ども」を理由に仕事を休んだり、すぐに返事ができなかったりすることで、戦力外の烙印を押されると思い込んでいました。

ましてや男性たちにとっては。さらに家庭の事情が言いづらいのは容易に想像がつきます。子どもが急に熱を出して迎えの要請があっても、”妻がすぐに行けないから”という理由も求められるでしょうから。

佐々木:
2010年以降に復職した私たちの世代に役割があるとすれば、家事育児に関わりたい若手男性たちや、家庭に限らず何らか制約がある人、そもそも制約などなくても仕事も人生も大事にしたいなど、これまで求められてきた画一的な働き方に応えられる人たちばかりが活躍するのではなく、多様な背景を持った人たちが働く環境を整えることかなあ、とも考えます。

父親が育休を取りやすくするための改正育児・介護休業法が2021年6月に成立しましたが、この流れをどうご覧になっていますか?

男性が家事育児に積極的に関わるために必要なこととは…

田中先生:
育休という経験自体はいいと思っていますが、制度自体は手放しで喜べるものではありません。日本は今も正社員のフルタイムで働いていても、男性と女性の賃金比は10対7くらいで、妻が非常勤となるとさらにこの差は広がります。

育児休業中は(給付金や社会保険料の免除で)収入は8割ほどになりますが、多くの家庭で2割減は実は相当厳しいと思っています。貯金が潤沢な一部の家庭しか、男性が長期で休むのは現実的な選択にはならない。結局は、仕事における男女の立場がこれだけ非対称的な社会の中で男性の育休を義務化にすると、構造的な矛盾を個人に抱えさせる結果になってしまうので、やったー!と手放しでは喜べないと思っています。

佐々木:
…とすれば、さらにどうなるといいでしょうか?

田中先生:
育休中にも賃金を100%保障するか、女性の賃金を引き上げるか、どちらかだと思います。このままだと絵に描いた餅になりかねないと懸念しています。

ジェンダーに基づく“らしさ”からの脱却

佐々木:
ジェンダーといっても、男性と女性の2つに分けること自体も、もはや合わなくなってきている時代。次の世代を育てる上で大切なことはなんでしょう?

田中先生:
人をよく観察して、ありのままに見るということだと思います。その子の個性とは無関係に固定観念を押し付けてしまうことがよくあります。男の子はとにかく外で遊びなさいとか、活発な遊び方が好きな女の子に、たまにはスカートをはけば?とか。彼らが発してくる情報をそのまま受け取って、自分自身の価値観でいいとか悪いとか判断して言わないことだと思います。そのままを受け入れ、「らしさ」で縛らないことですね。

佐々木:
社会的に男女の“非対称な構造”が今後変わっていくとしたら、女性だけでなく男性にとってはどんな影響があると思いますか?自分たちが占めてきた場所を奪われる、と過剰な女性叩きにつながるような懸念はありませんか?

田中先生:
これまでも男女格差解消の動きが高まるとバックラッシュ(揺り戻し)はありましたね。ただ、最近企業で研修するときに、女性活躍推進とかダイバーシティー研修とか、ピンとこない感じで聞いている方にも、腑に落ちる筋道はあるんですね。

男女の賃金格差を考えると、男性の“生きづらさ”解消のきっかけも見えてくる

田中先生:
なぜ男性が長時間労働を期待されてきたのか、それは正社員であっても男性より女性が低賃金だからです。結婚したときに男性が働く方が、家計が有利になりますから。それがもし、男性と女性の賃金が同じようであれば何が起きてくるか、考えてみてほしいんですね。つまり職場で女性を差別している限りは、男性には働き続けなきゃいけないっていう選択しかないわけで、男性たち自身の生き方も強く規定してしまっているんです。そう伝えると、男性たちも「あ、これは自分ごとの話なんだ」と気づきます。

佐々木:
賃金で男女が平等になっていけば、男性も長い人生の中で転職や休職や、一時期趣味に打ち込むなど、働き続ける以外の選択がしやすくなる可能性があるわけですね?

田中先生:
まさにそうです。2人のうち1人安定していれば、仕事も大事だけどそれ以外の人生も生きていいんだ、という自由が出てくる。自分の生きづらさ、不自由さが、ジェンダーに基づく「らしさ」に規定されたものだと気づいたのであれば、子どもや孫にどんな社会のビジョンを渡したいか。20年前と比べて、今の状況は格段に違います。今の若い世代のSDGsやジェンダーレスへの関心の高さを考えると、自分の目が黒いうちに全てが変わることはなくても…希望が持てるような気がします。

田中氏との対談を終えてつくづく日頃の夫婦の会話を思い出してみても、確かに弱音らしきものを聞いたことがありません。

育休復帰後、保育園の迎えに全力ダッシュをしている最中に、「今日遅くなる」と突然の予定変更に何度も感情が荒れました。私には「今日突然」の予定変更はできない、私ばかりこんなに変化を求められて、なぜあなたは変わらずにいられるのと詰め寄ったときに、「申し訳ないと思っているけど…変わることができてうらやましいとも思う」と返ってきた独り言のような夫のぼやきは、今思うとかなりの本音だったのだのでしょう。仕事と心中するような働き方を求められていた中では、仕事以外の柱を立てることは敗者を意味したのでしょうから。

意欲はあるのにこれまでの枠組では活かされなかった少数者の女性が、声を集めてルールの変更を求めていくこと、そこで見直されるルールは誰のためのものなのか。それは決して少数派のためのものだけでなく、枠組みの中にいて生きづらさを抱える人にとっても光を照らす可能性があると考えます。

ジェンダーを触れてはならぬ建前にせずに、お互いの弱音を見せ合い、それを前向きに解決するためにつながれる仲間としてありたい。“これまでのルールがほんの少し見直されたら、本当はもっとできることがある”。性別に関係のない、隠れた本音の可能性を拓くことを諦めずにいたいと思っています。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 佐々木恭子】