上皇さまは、6月24日、新種のハゼを発見し、その論文が日本魚類学会の学会誌オンライン版に掲載されました。

日本魚類学会HPより
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新たなハゼはオキナワハゼ属の2種で、上皇さまは「アワユキフタスジハゼ」「セボシフタスジハゼ」と命名されました。

上皇さまが発見した新種のハゼは、2003年以来、18年ぶり10種類目、発表された論文は魚類などを中心として、36編目となります。

宮内庁によりますと、新たな2種のハゼは、2001年から2008年にかけ座間味島、西表島などで生物学研究所の職員が採取したもので、ハゼの頭部にある感覚器官の配列やパターンを調べ、新種だと判断されたということです。

生物学研究所は、皇居内にあり、昭和天皇により「生物学」の研究のため建設され、現在は上皇さまが研究のため使用され、職員は上皇さまと共に研究を進めています。

生物学研究所で研究者とミーティングされる上皇さま(画像提供:宮内庁)

科学団体の頂点「王立協会」からチャールズ二世メダルを受賞

実は、上皇さまはハゼ研究の第一人者で、1963年に「ハゼ科魚類の肩胛骨について」という論文を発表、1975年には沖縄県とフィリピンで採取されたハゼの新種「ミツボシゴマハゼ」を発見し論文で発表されています。また、ラテン語の学名だけしかなかったハゼに和名も付けられています。

この和名が付けられた中で、「アケボノハゼ」「ギンガハゼ」は皇太子時代に上皇さまのご依頼により上皇后さまが考えられたもので、「シマオリハゼ」はご夫妻の長女・黒田清子さんが紀宮さま時代に考え名付けられました。

アケボノハゼ
ギンガハゼ

こうしたご研究は世界的にも認められ、1998年にはイギリスの王立協会からチャールズ二世メダルを受けられています。王立協会は、民間団体ではありながら、ニュートンが歴代会長に名前を連ねるなど、イギリスの学士院に当たり、事実上、科学者団体の頂点に位置する団体です。そして、チャールズ二世メダルは、科学の発展に顕著な功績のあった元首に贈られるもので、上皇さまは初めての受賞者となられました。

また、2007年にはロンドン・リンネ協会でリンネ生誕300年記念の記念行事として「リンネと日本の分類学」と題し、基調講演も行われています。

研究者としての上皇さまの思い

私も上皇さまがいかにハゼの研究家であるか垣間見る機会に巡り会っています。

2011年9月に上皇さまは、国際会議の記念式典などに出席するため、札幌市などを訪問されています。その際。「豊平川さけ科学館」を視察されました。ここは、サケの生態を解説する施設で、合わせて豊平川や札幌市内で見られる水辺の生き物が展示されています。

この中にはハゼ類の展示があり、上皇さまはじっと興味深そうにご覧になっていました。説明には科学館の人が当たったのですが、説明員も、「ハゼは陛下の方がお詳しくていらっしゃいます」などと言うと、逆に上皇さまがハゼに関して専門的な話を説明員に説明されていたのを覚えています。

また、 上皇ご夫妻は2017年2月から3月にかけてベトナムを訪問した際、首都ハノイにある自然科学大学生物学博物館を視察されています。実は、この博物館には上皇さまが研究のため実際に手に取った「ウロハゼ」の標本が展示されていました。

1970年代前半に日本人によりベトナムのメコン川で採取されたハゼが上皇さまの手に渡り、観察研究されています。そしてこのハゼが新種とわかり、上皇さまは論文に発表されました。その標本と論文を、ベトナム戦争が終わった1976年、ベトナムに寄贈されました。

ベトナムで採取された標本は、現地での研究に使われなければいけない、という上皇さまのお考えによるものでした。

ベトナムを訪問した上皇さまは、41年ぶりに再会した標本を懐かしそうにご覧になり、「久しぶりに会えてうれしく思います」と述べられたということです。ベトナムの研究者にも実際の標本を目にしてもらい、今後の研究に寄与したいという上皇さまの研究者としての思いが詰まっているハゼの標本でした。

ハゼ研究の出発点

こうした、上皇さまの研究者としての出発点、ハゼの研究の出発点はどこにあったのでしょうか。

1959年に上皇ご夫妻がご結婚された際、1953年ごろから上皇さまに生物学について毎週ご進講をしていたという、当時科学博物館の岡田要館長のインタビュー記事が雑誌(※1)に掲載されました。

(※1:「済寧」1959年5月号)

この中で、岡田氏は、陛下が魚学に興味を持たれるきっかけは、当時、東大農学部で水産学を研究し、昭和天皇にも生物学についてご進講をしていた末広恭雄氏の話を聞く中、だんだん魚学に興味を持たれていったということです。

ただこの頃は、魚の脳と習性など魚の行動心理や塩水の中で魚の生態などについて研究をされていたということです。また岡田氏は、やはり昭和天皇の影響で生物学へと引き込まれていったということも述べています。

上皇さまご自身は、きっかけについては、1963年のお誕生日前の記者会見で、「小さい時から葉山、沼津に行っていましたし、ここにいて魚をいじっていましたから」と答えられています。

葉山御用邸の前には一式海岸が広がる

また、1957年に「皇太子を囲んで」という題で、ニッポン放送などで放送されたラジオでの鼎談では、色々な動物に興味を持つ中で、魚を一番好きになった理由に、昭和天皇のいらっしゃる家庭的なこと、海によく行っていたこと、そして「赤坂離宮に池があって始終そこで魚を釣ったり採ったりしていた」と述べられています。

幼い頃から、昭和天皇の影響を受け、魚類への好奇心を深められていったご様子が伺えます。

研究対象としてハゼを選んだ理由

そして、上皇さまは「ハゼ」を研究対象にされていきます。

ハゼを選んだことについて、上皇さまは、1984年、51歳のお誕生日に際しての記者会見で、当時ハゼ類を研究していた東京水産大学の高木和徳教授から、海外の研究者が書いた肩胛骨のあるなしではハゼ科とカワアナゴ科は分類が難しいという論文を見せられ、そこで「いろいろな種類のハゼを調べてみたら何か出てくるのではないかと思って調べて見たわけです」と述べられています。

1955年の「魚類の形態図検索」という魚類の図鑑で、ハゼは146種しか載っていませんでしたが、今では、2000種類を超えると言われています。つまり、上皇さまはまだ研究が進んでいない分野の研究を始められたのです。

このことについて、「非常に良いものを選んだという感じがします」とも述べられています。

上皇さまが始められたハゼのご研究は、標本を手に取り、その形態から分類を進めるというものです。魚類研究では、大きく言うと、生きた魚類を研究する「生態学」、主に標本を使って研究する「形態学」があります。

上皇さまが、ハゼの形態を研究するようになったことについて、長年上皇さまの侍従長を務めた渡辺允さんの著作(※2)には「研究に当てる時間を研究者が決めることができるので、公務の時間を侵すことなく、その合間に研究に従事できるというお考えからだとおっしゃったことがあります」と記されています。

(※2:「天皇家の執事」2009年10月30日文芸春秋社刊 渡辺允氏)

公務を優先しながらも、時間を有効利用して研究に対し熱意を持って臨まれていた上皇さまの科学者としての姿が浮かび上がってきます。

上皇さまは、ハゼの分類を頭に付いている感覚器管と骨について形態学上の観点から調べる研究手法をとられています。1963年に上皇さまが発表された論文「ハゼ科魚類の肩胛骨について」は、当時はハゼに肩胛骨はあるかないか見解が分かれていたため調べられたものです。

骨の類似により種類が近いものと考えられることから、骨によりある程度の分類ができる様になりました。感覚器官は、側頭部に並んだ孔で、上皇さまはこの配列の違いから日本産カワアナゴ4種類を区別できることを発見し、1967年の魚類雑誌に発表されました。

この手法は、これまでの研究では取られておらず、この手法での分類は日本では初めてのことでした。上皇さまは、学者として魚類学の研究に大きな貢献をされたのです。

さらに、こうした手法により、上皇さまは10種の新種のハゼを発見されています。現在では、ハゼのDNAを調べる手法が一般的となっていますが、上皇さまはこうした手法にも興味を寄せ、研究に取り入れられていると言うことです。

顕微鏡をのぞかれる上皇さま(画像提供:宮内庁)

ハゼ以外にはタヌキの研究も

上皇さまの粘り強いご性格は、そもそも研究者には向かれていたのでしょう。ご研究の対象は魚類・ハゼが中心ですが、このほかにも皇居に住むタヌキの生態を国立科学博物館の研究員と共著で「皇居におけるタヌキの食性とその季節変動」という論文を2008年に発表されています。

さらに2016年には、2009年から5年間にわたり毎週日曜日に皇居内のタヌキの糞を採取し、糞に含まれる種子から季節的な果実の変動を調べ、「皇居におけるタヌキの果実菜食の長期変動」という論文をまとめられています。5年間にわたり毎週採取という研究者として、また科学者としての粘り強さは上皇さまの公務やプライベートでのお考えにも反映されています。

(画像はイメージ)

2012年、上皇さまは心臓バイパス手術をお受けになっています。手術を決断するに当たり、上皇さまは、医師達から説明を受けると、静かに聞き入り最善の策として手術を受け入れられました。

上皇さまは、物事を決めるに当たっては、前例を調べ、専門家からも話を聞くなどし今という時代に最も適した決断とはなにか深く考察したうえでお決めになられています。

科学者としての見識により、一つ一つを判断されているのです。

「リンネ協会」の外国人会員に

こうした、科学者としての姿勢、研究の功績が認められ、1980年にはイギリスで最古の生物学会、「リンネ協会」の外国人会員に選ばれました。

この外国人会員は50名限定で選ばれるもので、送られてきた証書には、魚類学の進展に上皇さまが大きな功績があったことが記されていたと言います。さらに、冒頭でも記したように、1998年にイギリス王立協会から、「チャールズ二世メダル」が贈られました。

上皇さまは2019年に退位した後、2020年からお住まいの高輪・仙洞仮御所から週2回のペースで皇居の生物学研究所に通い、ご研究に励まれています。

研究者と議論検討を繰り返し、時には魚類学会の集まりに参加し、一研究者として研究発表の人に専門的な質問などをされています。上皇さまは今も研究者としての道を進み続けられているのです。

そんな、上皇さまの科学者としての思いは、2007年のリンネ協会で「リンネと日本の分類学-生誕三百年を記念して-」と題した基調講演からも知ることができます。

「若い日から形態による分類になじみ、小さな形態的特徴にも気付かせてくれる電子顕微鏡の出現を経て、更なる微小の世界、即ちDNA分 析による分子レベルで分類をきめていく世界との遭遇は、研究生活の上でも実に大きな経験でありました。今後ミトコンドリアDNAの分析により、形態的には 区別されないが、分子生物学的には的確に区別されうる種類が見出される可能性は、非常に大きくなるのではないかと思われます。私自身としては、この新しく 開かれた分野の理解につとめ、これを十分に視野に入れると共に、リンネの時代から引き継いできた形態への注目と関心からも離れることなく、分類学の分野で 形態のもつ重要性は今後どのように位置づけられていくかを考えつつ、研究を続けていきたいと考えています」。

今回、新種オキナワハゼ属のハゼ2種類を発見された上皇さまのご研究は、一旦論文を出されたこともあり、新たなものを進めてはいないと言うことですが、いままで研究されたことを再整理などしていくことも、見直しをしたりすることも検討されていると言うことで、魚類研究はこれからも続くことでしょう。

科学の正しい発展は人類の明るい未来につながっているとお考えの上皇さま。その真摯なお姿は、世界の平和を祈るお姿とも深くつながっているのです。

【執筆:フジテレビ 解説委員 橋本寿史】