間近に迫った2022年の北京オリンピック。

オリンピックに向けて挑戦し続けるアスリートたちに、「村上信五∞情熱鼓動」の番組ナビゲーターの村上信五(関ジャニ∞)が迫っていく。

この記事の画像(11枚)

2年ぶりに開催された世界フィギュアスケート選手権2021で初出場とは思えない、堂々たる演技を披露した鍵山優真、18歳。

父親は2度オリンピック出場を果たしたトップスケーターで、幼い頃からエリート街道を歩いてきたかと思いきや、果てなき闇の中をさまよい続けた。

前編では、メダル候補と目されるまでになった彼が、どう変わってきたのか。容易にはマネできない特別な跳び方についてなど、北京で大願成就を狙う父と子の13年を追う。

(【後編】父親の入院を機に「ちょっと大人になった」鍵山優真が目指す北京への思い

(この記事は2021年3月に放送したものを記事にしたものです)

まだまだ羽生や宇野の背中は遠い

北京オリンピックについて鍵山はこう語る。
「オリンピックに出るということは、まず日本でも一番にならなくてはいけない。もっと表現力の幅を増やしていかないといけないというか、『自分はこういう表現もできる』『あんな表現もできる』というのも増やさないといけないので、練習しないといけない。簡単に言うなら、4回転の種類は1、2種類増やしていかないと世界では戦っていけない」

2019年の全日本選手権

2019年、2020年の全日本選手権で、羽生結弦や宇野昌磨と表彰台に立った鍵山は、彼らの背中はまだ遠いと話す。

「羽生選手、宇野選手が1段ずつ上っている階段を、僕は1段、2段飛ばしのペースで頑張らないといけない。今のうちにやっていかないと追いつかないので、人一倍努力したい。僕は今シーズン(20−21)全日本の前に、何試合かこなして自分のプログラムや技に磨きをかけていったんですけど、羽生選手や宇野選手は全日本が1戦目。それであそこまでできるのは本当にすごい。ただただすごいって思いました」

休憩中も「マネしたらうまくなれるんじゃないか」と、YouTubeで羽生選手や宇野選手の演技を見続けているという。

世界選手権のエキシビション後に、憧れの2人と写真撮影をしたエピソードも明かし、「スケーティングだったり、表現力だったり、憧れの選手なので、写真を撮れたことが嬉しい」と笑った。

小学生の頃は表彰台に立ったことがない

鍵山がフィギュアスケートを始めたのは5歳の時。

現在、コーチを務める父・正和さんは日本で初めて4回転ジャンプに挑戦し、全日本選手権3連覇、オリンピックにも2度出場を果たしたトップスケーターだ。

そんな父を師と仰ぎ、二人三脚でオリンピックを目指している。

競技人生をグラフ化してもらうと、驚くほどの見事な右肩上がり。しかしその道のりは、実は苦難の連続だったという。

「中学生ごろから目標を持つようになって。小学生の頃は、長野の軽井沢の方にいたんですけど、僕と同じような同世代の選手がいなくて。一人で練習をしていたから、自分の立ち位置が全然分からなくて。実際、戦うと自分のレベルの低さが分かる。全国大会で表彰台に立ったことがなくて」

今をときめくトップスケーターの羽生や宇野らは、小学生の頃から表彰台の常連だった。一方、鍵山は小学生の頃、一度として全国大会の表彰台に上ったことはなかった。

「お父様のキャリアの影響や周りからの変なプレッシャーを感じていた?」と尋ねると、「いや、一切ない」と否定しながらも、「いや、ちょっとだけある…。中2のちょっとの間、自分の成長をあまり感じることがなかった時期があって。『本当に勝てるのかな』って、『やってる意味あるかな』みたいな感じで」と当時を振り返った。

滑れども滑れども手ごたえを得られず、気持ちが切れそうになることもあったという。

そんな息子を父・正和さんはどう見ていたのか。

「(表彰台に上れないことに)焦りはなかったです。うまくなるにはコツコツやるしかないと思っていたので、焦っても体に負担をかけたりとか、精神的に追い込んだりしちゃう部分もあると思うので。こっちはどっしり構えて、やるべきことをコツコツコツコツ重ねていく。それしかないと思っていました」

鍵山が中2の頃にもがいていた時期があったことに触れると、正和さんは息子の状況に気付き理解したうえで、コーチとして、そして父親として距離を保っていたと話す。

「(練習から)家に帰って玄関を開けてから一切、スケートの話はしないと僕の中で約束事があって。帰りの道のりまで、車の中で叱っていたりしたんですけど、(家に着いたら)シャットアウト。アニメが好きなので、僕も一緒に見たりして、家ではワイワイ騒いでいました」

鍵山にとって大好きなアニメキャラクターを描く時間が、いい気分転換にもなっていたという。

鍵山の4回転は容易にマネできない

今や、男子フィギュアのトップクラスは4回転を跳べて当たり前という時代に突入した。

鍵山はすでにサルコウとトゥループの2種類を手に入れ、北京オリンピックまでに種類を増やしていくことを目標にしている。

そんな鍵山のジャンプの跳び方は美しさの面も安定感も抜群で、羽生も「あれだけの勢いを使って跳べるのは本当にすごい。勉強させてもらっているし、尊敬している点」と話している。

その最高の武器を授けたのは正和さんであり、「一番大事なのは軸の作り方」だという。

プロフィギュアスケーター・無良崇人

プロフィギュアスケーターの無良崇人に鍵山の4回転を見てもらうと、「安定感がすごいですね。跳ぶときに軸が変わらない。回転をつける瞬間の左腕の使い方が普通の選手と違い、普通は跳びながら回転を付けていくんですけど、彼の場合は左腕を振って、腕の方向に自分がついていっている」と分析。

他の選手は4回転を跳ぶ前に左腕がほぼ身体と真正面で、跳び上がるときに腕を身体に寄せているが、鍵山選手は跳ぶ前に左腕を大きく伸ばし、跳び上がるときに左腕に向かって体を寄せている。

鍵山は4回転の精度を高めるために、“なわとび”を取り入れ、磨きをかけているという。

「ジャンプの時に必要な足の最後の押す力が似ている」と鍵山は話すが、普通に飛ぶわけではなく、四重跳びを行うという。

しかも「スケートは膝を曲げてジャンプは跳ばないので、着地の時は曲げるんですけど、空中は伸ばしたまま跳ぶことを意識しています」と明かした。

こうした努力の成果もあり、2018年、中学3年生の時にトリプルアクセルを成功させ、4回転ジャンプに取り組むようになっていった。

しかし、その矢先に正和さんが脳梗塞で緊急入院してしまう。

後編では、二人三脚で歩んでいた中で、コーチでもある父親の入院により一人になってしまった鍵山に起きた変化と北京オリンピックに向けての思いを追う。

(【後編】父親の入院を機に「ちょっと大人になった」鍵山優真が目指す北京への思い