「疲れ気味の部下がいるが、どう声掛けをしたら」「部下が適応障害と診断されたが、どうすればいいのか分からない」

そんな戸惑いを抱える上司が多いと、心療内科のクリニックを運営し、企業で社員のメンタルヘルスケアに携わる森下克也医師は言う。著書『もし、部下が適応障害になったら』(CCCメディアハウス)では、部下が適応障害になったときに備えて、上司が知るべきことや心構えなどのマネジメントスキルが記されている。

『もし、部下が適応障害になったら』(CCCメディアハウス)
『もし、部下が適応障害になったら』(CCCメディアハウス)
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医学的なことは判断できないと思うかもしれない。しかし、適応障害の原因の多くは職場にあり、早期発見をすることで適切な治療を促せる立場にある一人が、上司なのである。

あなたは悪い上司?良い上司?

部下の不調やおかしな様子を察したら、あなたはどうしますか? 

上司の取りがちな態度として「何もしない」「精神論に置き換える」「『この程度でおかしくなるはずがない』と自分の価値観で判断する」「親身になりすぎる」がある。

こうした態度をとる“悪い上司”の背景には、適応障害という病気の知識不足と、適応障害への対応の指針を持ち合わせていないということがあり、その結果、部下の症状が悪化してしまうことにもなる。

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適応障害は、正常なストレス反応からくる、誰でも起こり得る心身の変化。普通に働く人がストレスにさらされ、徐々にうまく対処できなくなる当たり前の心理反応だという。特定の職種で起こるわけではなく、あらゆる職種の人が罹患(りかん)するのだ。

そんな“悪い上司”にならないためには、正しい知識を身に付け、企業でどんな体制が敷かれているか把握し、専門部署や機関と連携することが重要になる。

「正しい知識を身に付けるのは必要です。しかし、上司は医療の専門家ではありません。例えば、専門家でない人が親身になりすぎるのは、間違った方向に導いてしまうこともあります。親身になるのは別の視点から見れば、上司が抱え込んでしまうこともあります。そのためにも、部下を専門部署へ引き渡して連携することが大切なのです」(森下医師)

適応障害の原因となる3つの要素

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信頼する部下が常によいパフォーマンスをし続けるとは限らない。長時間労働やタスクの困難さにやがて耐え切れなくなり、心と身体を病み、出社できなくなってしまうかもしれない。

ストレスに対処できる人間の能力には生物的な限界があるため、タフに見えても、過重な労働環境が続けば、疲弊し、やがて燃え尽きてしまうのだ。

「最近は『適応障害』という言葉がメジャーになり、認識しやすくなったことで、罹患者が“増えてきている”と言えます。環境ストレスからくる心身の不調は、有史以来あることですが、増加の理由として生きがいの喪失や雇用構造の変化、若い人の会社への帰属意識の低下といったことがあります」

適応障害は「職場環境などの外部要因」「感じ方や考え方といった心理的要素を含む内部要因」「ストレスにさらされた期間を指す時間的要因」の3つの要素で構成される。

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うつ病と似ているが、うつ病という大きい概念の中に適応障害が位置づけられる。うつ病は意欲や気力、興味の喪失などに加え、頭痛や倦怠感、不眠などさまざまな不定愁訴(体調不良)を訴え、日常に支障をきたす。

一方、適応障害は同じような症状が見られながらも、原因が職場のストレスなど外部要因であることが明らか。 

森下医師は両者を明確に分ける理由について「うつ病と診断されれば、原因が職場のストレス以外の問題にすり替えられてしまうかもしれません。会社側や産業医は『患者の性格や脳内の問題ですから、治してから復職してください』とする可能性もあります。適応障害と診断されれば、職場に原因があることが明らかなので、会社側は環境調整を進めなければなりません」と説明する。

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適応障害の症状には、「身体症状」と「抑うつ、不安、イライラなどの心理症状」、「遅刻・欠勤、拒食・過食などの行動障害」の3つがある。

中でも特に注意したいのが身体症状。ほかの2つよりも先に現れやすく、頑固な頭痛や肩こり、心臓に異常のない動悸、吐き気、腹痛などは初期症状として出やすいという。

こうした症状を持続して訴える部下がいれば、「適応障害の初期兆候ではないか」とイメージすることも必要になる。

森下医師は「上司は職場環境や部下のストレスをコントロールする立場であり、原因を改善できるカギを握っているため、上司の役割は大きい」と訴える。

社交的な人こそ危ない?テレワークうつ

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適応障害の発端は長時間労働のほかにも同僚とのトラブルや、ハラスメント、転勤や異動による環境の変化など、さまざまある。

中でも、新型コロナウイルスの影響で、十分な準備期間がないまま働き方が変わったことで、適応障害の一つである「テレワークうつ」が増加傾向にあると森下医師は言う。

「『テレワークうつ』は、今までうつとは無縁だった人が罹患しています。人間は集団の中でコミュニケーションを取ることで心の安定を保っている側面があり、テレワークになったことでそこから得ていた心の安定ができなくなり、うつになってしまう。逆に、今までうつ状態だった人がいきいきすることもあります。あまり人とコミュニケーションを取ることが自分を維持する上で重要でなかったりする人は、なりにくい傾向にあります」

また、森下医師は「社会人が病んでいくことの新しい一面をさらけ出したのが『テレワークうつ』」と指摘する。

テレワークうつは、うつの発症要因が在宅勤務であると考える。そして、仕事環境が不十分なことからストレスが蓄積するという環境的な要素(外部要因)と社交性と自立性のバランスといった心理的な要素(内部要因)で症状が現われるという。

社交性の高い人は、コミュニケーションによってストレスを解消していることが多く、逆に低い人は「一人でいたい」と考えていることが多い。

自立性が高い人は、他者に依存することなく、コミュニケーション不足でも「自分は自分、人は人」と考えることができ、低い人は自分の存在を他者との相対的な関係で捉えるため、コミュニケーションがなくなり、一人でいると存在感が揺らぐという。

つまり、テレワークうつに最もかかりにくい人は、社交性が低く自立性の高い人。社交性が高く自立性の低い人は、最もかかりやすいというのだ。

一方、両方とも高い人は、一時的にはコミュニケーションがなくなることで抑うつに見舞われるが、環境に慣れると、自分なりの生活リズムを見つけられる。両方低い人は、煩わしいコミュニケーションから解放され楽になるが、次第に寂しさなどがのしかかり、抑うつになることもあるという。

また、夫が在宅勤務になったことで夫を気遣いながら、子どもの世話や食事の準備をしたりする妻が適応障害になるケースも珍しくないようだ。

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上司の視点から見ると在宅勤務では、部下同士のトラブルやハラスメント、部下の不調などが見えにくくなるため、「コミュニケーションを取ること」を心掛けなければならない。

「会議のような堅苦しくない、別のつながりが必要です。気になる部下にはオンラインであっても同僚らがいない空間で『最近どう?』など話しできるような信頼関係を結び、配慮できるとなおいいです」(森下医師)

休職中の部下への連絡はアウト

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では、部下の適応障害の兆候に気付くためには、何に注目しておけばいいのか。

2003年に厚生労働省が作成した「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」は、労働者が行う自己記入式のテストだが、これを上司の目からどう映るのか判断材料にすることができる。または、2015年に国の制度として義務化された「ストレスチェック制度」もある。

ただ、これらは本人への気づきを促すためのものであり、メンタルヘルス不全の早期発見を目的としたものではないという。

適応障害の可能性を疑う部下には、医務室の保健師や産業医、小規模事業場では健康管理の担当者に相談し、的確なアドバイスをもらうが、部下の明らかなパフォーマンスの低下や、不調が明らかに進行していると判断できる場合や、過呼吸などの発作症状が出た場合は速やかに受診を勧めた方がいい。

しかし、自覚のない部下に「病院へ行け」と指示しても不快な気持ちにさせかねないため、普段から部下との距離を縮め、相談されやすい上司になるべく、声掛けなど努める必要がある。

そして、適応障害と診断された部下は、自宅安静や通院などの療養に入っていく。

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ちなみに、自宅安静など休職になった部下が物理的に職場から離れれば解決するという問題ではないため、「体は家、心は会社」という状態に陥ると何も解決しない。

職場での心身の疲労の蓄積は、職場から離れても続くため、職場からの連絡はそのストレスを思い起こさせ、心理的に再体験を引き起こす。引き継ぎが上手くいかないなどで連絡してしまうと、「体は家、心は会社」になり、職場にいるのと何も変わらないストレス状態になってしまう。

定期的な報告以外では同僚らの連絡も含めて完全にシャットアウトする必要があり、同僚らの連絡も「心は会社」の状態に引き戻してしまうため、上司は休職する部下としっかりと話し、同僚らにもそれを共有しなければならない。

現実には上司も業務があるため、ここまでできる人はあまりいないという。しかし、森下医師は「部下の健康をケアすることは、労働力をメンテナンスすることでもあります。部下に健康でいてもらうことは、上司が仕事をする上でも大事。上司も余裕がないと思いますが、この視点は上司が気づいてほしいところ」と話す。

復職後の対応も重要になる

適応障害の患者を診ている森下医師の感覚では、原因となる職場の環境がすべてにおいて改善されることは難しいという。

「難しい中でどう解決されるかというと一番は異動、仕事量の問題であれば、軽減してもらったりしています。官公庁や教育機関、小さい事業所などは人もいないので、変える余裕がなく、変えるつもりもないところがあるのが現状です」

さらに、自宅安静などの長期療養を経て、職場に復帰した部下に対しても上司が対応を間違えると、再発させてしまう可能性もある。

病院から「復職可」と認められても、以前のように同じ業務量や仕事ができるわけではないことを踏まえ、腫れ物に触るような態度を取らず、気にかけて声を掛けるなど積極的にコミュニケーションを取ることが重要になる。

部下は一人の人間であり、上司は部下の人生の一端を担っていることを頭にいれておかなければならない。だからこそ、上司は正しい知識を身に付け、部下のメンタルヘルスのケアもすることが、職場環境の改善、部下の幸せやパフォーマンス維持や成果につながっていく。
 

森下克也
医学博士。もりしたクリニック院長。浜松赤十字病院、法務省矯正局、豊橋光生会病院心療内科部長を経て現職。心療内科医として、日々全国から訪れる、うつや睡眠障害、不定愁訴の患者に対し、きめ細やかな対応に応じている。著書には『もしかして、適応障害?』(CCCメディアハウス)など多数。

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。