同級生や母校の関係者から赤﨑勇さんを惜しむ声

青色発光ダイオードの発明でノーベル物理学賞を受賞した赤﨑勇さんが1日午前、肺炎のため亡くなった。

鹿児島県南九州市出身の赤﨑さんは研究を成功させた精神は、「鹿児島」で培われたと生前、語っていた。同級生や母校の関係者からは惜しむ声が聞かれた。

赤﨑勇さん:(2011年)
表現しがたいですね その感動はその瞬間は忘れないですね

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今から10年前の鹿児島テレビのインタビューで青色LEDを生み出した時のことをこう話した赤﨑さん。

1989年、当時「20世紀中の実現は困難」とされた青色LEDを発明し、この業績が評価され2014年にノーベル物理学賞を受賞。

青色LEDは信号機やLED画面など今や私たちの生活に欠かせないものとなっている。

赤﨑勇さんは1929年、南九州市知覧町で生まれ、旧制二中、現在の鹿児島県立甲南高校を経て旧制七高から京都大学理学部に進んだ。

二中時代の同級生だった海江田順三郎さんは、訃報に触れた際、ショックを受けたと話し、最後となってしまった5年前の会食での会話を語ってくれた。

海江田順三郎さん:
「大きな功績をあげたから晩年は趣味でも楽しむの?」と聞いたら、「とんでもない。やり残した仕事がいっぱいある」と。この人は死ぬまで研究するんだと感心した。ご苦労さんでした。もう少し長く生きてほしかった

また母校となる甲南高校にはノーベル賞受賞の記念碑も建てられている。
赤﨑さんの柔らかな表情と略歴が刻まれた記念碑。

この映像は2015年、赤﨑さんが母校を訪れ、記念碑の除幕式に参加した時の様子で、多くの人が偉業をたたえていた。

甲南高校 松崎浩隆教頭:
大偉業をなした先輩なので先輩に続けと、子供たちは憧れのまなざしも持っていただろうし、研究者に対し自分もそうなりたいと思っていた子はいる。本校を全世界へ知らしめた大先輩なのでご冥福をお祈りします

不可能と言われた研究を成功させた赤﨑さん。その原点はまさに鹿児島にあった。

(鹿児島テレビ)