トルコのエルドアン大統領は、人権と民主主義の規範を前例のないほど破壊している。

3月24日、こう非難したのは国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)だ。この問題を指摘しているのはHRWだけではない。米バイデン大統領が「失望」を表明するなど、欧米諸国もトルコを名指しで非難している。

背景には、最近トルコで発生した二つの出来事がある。

一つは親クルド政党やクルド人政治家に対する弾圧、もう一つは女性に対する暴力の禁止を定めた「イスタンブール条約」からの離脱だ。

クルド政党やクルド人政治家に対する弾圧

エルドアン大統領は親クルドの野党・国民民主主義党(HDP)について、テロ組織指定されているクルディスタン労働者党(PKK)を支援しているとして非合法化を要求、3月17日には最高検 察庁が憲法裁判所にHDPの解党を申請した。

HDPは2018年の総選挙で55議席を獲得した議会第三位の党である。米国務省プライス報道官はこれを弾圧する動きについて、トルコの有権者の意思を不当に覆し、民主主義を揺るがすと批判した。

反テロ法を濫用した人権侵害も著しい。3月17日にはHDP所属の議員一人が「テロリストのプロパガンダを広めた」として議員資格を剥奪された。19日にはHDPの地区幹部など関係者約20人が当局に拘束された。

HDP議員の資格剥奪に抗議する議員たち(3月18日)
HDP議員の資格剥奪に抗議する議員たち(3月18日)
この記事の画像(5枚)

過去7年間にトルコ検察は反テロ法違反で39万件以上の告発を行い、2016年から2019年の間に22万人以上がテロ組織メンバーであるとして有罪判決を受けている。

「イスタンブール条約」からの離脱

エルドアンはまた19日に大統領令を発行し、イスタンブール条約からの離脱を宣言した。これに対しても国連やEUが離脱の撤回を要請したものの、トルコ当局は同条約について、トルコの価値観とは相容れない同性愛を正当化しようとする集団に乗っ取られたという声明文を公開し、離脱の決定を擁護した。

「離脱は決定事項」と会見するエルドアン大統領(3月26日)
「離脱は決定事項」と会見するエルドアン大統領(3月26日)

イスタンブール条約は署名国に女性への暴力撤廃だけではなく、ジェンダーや性的指向に基づく差別を撤廃するよう要請している。同条約の反対者は、これはイスラム教の規範やトルコの価値観に反するLGBTを正当化すると主張してきた。今年2月にはエルドアンがLGBT運動を「破壊行為」と呼んで非難、ソイル内相がツイッターに「LGBTは変質者」と書き込みツイッター社が「ヘイトについてのTwitterルールに違反している」と警告する事態も発生するなど、当局主導のLGBT嫌悪が著しい。

「イスタンブール条約」からの撤退に抗議する女性たち(3月28日)
「イスタンブール条約」からの撤退に抗議する女性たち(3月28日)

トルコでは近年、女性やLGBTに対する暴力の深刻化が問題視されてきた。権利団体「我々は女性殺しを止める(We Will Stop Femicide)」によると2020年だけで300人の女性が男性によって殺害された。今年2月だけでも男性による女性の殺害が33件発生、3月には少なくとも3人のトランス女性が殺人や重傷を負う事件が発生した。

人権と民主主義の後退

トルコは公式には、憲法で政教分離を定める世俗国家である。しかしエルドアンが実権を掌握して以来、この18年間にトルコ社会のイスラム化、保守化は顕著に進んだ。それは同時に人権と民主主義の後退のプロセスでもあったことを昨今の事例は示唆している。

勝利のサインを掲げて政府に抗議するHDPの支持者たち
勝利のサインを掲げて政府に抗議するHDPの支持者たち

2020年9月の調査(※注)によると、トルコの18歳から29歳までの76%が海外移住を望むと回答している。トルコの若者は自国の未来への希望を失っているようだ。人権や民主主義の問題に加え、欧米の経済制裁や通貨危機、コロナ禍などにより経済の悪化が加速、2020年9月時点で若者層の失業率が24%と若者の4人に1人が失業状態にあることも深刻だ。

(※注:世論調査会社アブラスヤが2020年9月に8000人に対して実施した調査)

トルコは常に「親日国」と言われる。しかしだからといって、トルコの「不都合な現実」から目を逸らすようなことはすべきではない。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。