北朝鮮“新たな挑発”の始まり?
北朝鮮がアメリカのバイデン政権に対する挑発を本格化し始めた。
韓国国防省によると、北朝鮮は21日午前、平安南道の温泉(オンチョン)一帯から黄海に向け巡航ミサイル2発を発射した。北朝鮮のミサイル発射は2020年4月以来11カ月ぶり、バイデン政権になってからは初めてとなる。
アメリカ政府高官は、短距離ミサイルであり、弾道ミサイル発射を禁じた国連安保理の制裁対象ではない、としたうえで「通常の活動の範囲内だ」との見方を示した。また、バイデン大統領も「何も新しいことはない」と述べて、新たな挑発との受け止めを否定した。

北朝鮮のミサイル発射は韓国軍が探知して発表するのが通例だが、今回は米紙ワシントン・ポストが報じた。韓国軍関係者は報道を受けて「米韓が緊密に連携してリアルタイムで動向を把握しており、関連事項を捕捉した」と述べたが、飛距離や性能などの詳細は明らかにしなかった。米韓両軍が発射の動向を把握しつつも、事前に調整して情報を非公開としたことが伺える。
3月8~18日には米韓合同軍事演習が開催されており、米韓は北朝鮮の反発を想定して北朝鮮軍の動向を注視していた。3月半ばには、アメリカ軍の司令官が「近い将来、改良した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を始めるかもしれない」と証言するなど、北朝鮮の動向に警戒感が高まっていた。
バイデン政権は現在、北朝鮮政策の見直しを進めている最中だ。トランプ政権とは違い、北朝鮮に対し非核化や人権問題への対処を求める方針を打ち出すのは確実と見られるが、現時点では北朝鮮への不必要な刺激は避けたいのが本音だ。来週には日米韓の安全保障担当者による協議も予定されている。
金与正談話と急速な米朝関係悪化
バイデン政権の発足後、沈黙を守ってきた北朝鮮だが、3月半ば以降、急速にアメリカへの非難を強めている。
まず、金正恩総書記の妹・金与正氏(朝鮮労働党副部長)が16日、米韓合同軍事演習を激しく批判する談話を発表。「(韓国政府が)暖かい3月」ではなく「戦争の3月」「危機の3月」を選択したと主張して「本当に幼稚で恥知らずで愚かなまねだ」とこき下ろした。さらに韓国政府の対応次第で、祖国平和統一委員会や金剛山国際観光局など南北対話の窓口機関を廃止すると脅しをかけた。

金与正氏は「この機会に忠告する」として初めてバイデン政権についてもコメントした。
「今後4年間、足を伸ばして寝たいなら、初めから寝られなくなるようなみっともない事をしない方がいい」
金与正氏は1月の党大会で“降格”が伝えられたものの、談話の内容はこれまで同様、対南・対米政策を総括していることを物語っている。また談話は、党機関紙である労働新聞の2面上に掲載され、金与正氏の影響力が健在であることを内外に示した。
金与正談話の翌日には崔善姫・第1外務次官が「敵視政策を撤回しない限り、アメリカとの対話には応じない」とする談話を発表。2月にアメリカ側が接触を試みてきたとしたうえで「時間稼ぎには応じない」と一蹴した。
さらに、不法資金洗浄などの疑いでマレーシアが逮捕した北朝鮮ビジネスマンの米国への引き渡しが決まると、北朝鮮外務省はマレーシアとの外交関係断絶を宣言した。同時に背後にアメリカがいるとして「当然の代価を支払う」と警告した。
中国への接近
北朝鮮メディアは23日、金総書記が中国の習近平国家主席との間で口頭親書を交換したと伝えた。

この中で金総書記は党大会での討議内容や決定事項を習主席に説明して「敵対勢力の全方位的な挑戦と妨害策動に対処して、中朝両国が団結と協力を強化する」と呼びかけた。バイデン政権が同盟国との関係を重視するとの方針のもと、対北朝鮮や対中国でも圧力を強めてくることを念頭に、中朝が連携して対抗することを訴えたとみられている。

中国側は「伝統的な中朝友好は両党、両国人民共同の大切な富である」と蜜月関係を確認した。また、北朝鮮の“鎖国”状態に伴うエネルギーや食糧不足の深刻化を念頭に「両国人民にさらに立派な生活を与える用意がある」と表明し、支援を強化する姿勢を明確に示した。中国と北朝鮮の間では物流再開に向けた準備が進められていると報じられており、近く中国から食糧などの支援が実施される可能性が出ている。
また、習主席は「朝鮮半島の平和安定を守り地域の平和と安定、発展と繁栄のための新しい積極的な貢献をする用意がある」とも述べた。アメリカが非核化や人権問題で北朝鮮に攻勢を強めることが予想される中、中国が北朝鮮の後ろ盾として支持することを示唆したとみられる。
アメリカのブリンケン国務長官は最近、北朝鮮の非核化問題の進展で中国の役割が重要だと指摘している。北朝鮮の支援国である中国が効果的な影響力を発揮することに期待を示したが、その可能性は低そうだ。

金総書記は党大会で、新型兵器のテストやミサイルの試験発射にも言及しており、今後は挑発が再燃しそうだ。金与正氏の警告通り、再び「安心して眠れない」日々が訪れるのか。当面、日米韓と中朝のせめぎ合いが続きそうだ。
【執筆:フジテレビ 解説副委員長(兼国際取材部) 鴨下ひろみ】