大ベテラン議員が地元に頻繁に足を運ぶワケは…
8月24日。山陰地方の山あいの町で開かれた祭り会場に姿を現し、ヘラを両手に焼きそばをふるまう男性の姿があった。
この記事の画像(6枚)自民党の石破茂元幹事長だ。「地元は政治家であることの原点」と語る石破氏は、わずかな時間でも地元に顔を出すことにこだわりを持つ。この日は自身の選挙区である鳥取県の智頭町で開催された『五月田かんがえ地蔵祭』に顔を出した。
石破氏が「田舎が地方が良うならんで日本が良うなるはずがないので、皆様方と一緒に地方から新しい日本を作らんやということで、これからも頑張っていきたい」と方言で挨拶すると、会場からは大きな拍手が沸いた。
石破氏と親交の深い、智頭町長の寺谷誠一郎氏は「全国区になってもこれだけ地方を思う議員は他にいない。地方の思いに光を当てて地方から国を作ってほしい。石破さんが総理になるのが夢だというのは私たち地元では皆同じ思い」と語った。
地元の夏祭りに顔を出すのは政治家の恒例行事の一つだ。特に当選回数が少ない若手議員は、次の選挙に向けて顔と名前を売るために、積極的に地元のイベントに参加することが多い。そうした中で、当選11回の大ベテラン議員が、夏祭りに足を運ぶ目的とは何なのか。石破氏は語った。
「地元の声を聞きたい。私は自民党だし、基本的に自民党の政策を遂行する立場にいる。他方、かなり安倍さんに対しては批判的なわけですよね。政治の手法についても政策についても。そういう批判的姿勢というのは自分の原点である地元の人にどう受け止められているかというのを確認するそういう時間でもある」
安倍政権に「言い過ぎじゃないか」との声も…
「ポスト安倍」の一人として安倍政権批判を強めている石破氏。しかし、政権批判をしている自身に対する評価は気になる様子だ。地元有権者からは政権批判に共感の声が多い一方で、地方議員の中には「言い過ぎじゃないか」と言う人もいるという。
こういった多様な声について石破氏は「その(安倍批判への賛否の声)比率を意識している」という。石破氏がわずかな時間の合間を縫ってでも地元に帰る理由の一つは、伝えられる自身の政権批判をはじめとする発言が、地元でどう感じられているかを確認するためなのだ。
石破家に伝わるDNA
石破氏が永遠に超えられない存在だと述べるのは、鳥取県知事や参院議員を務めた今は亡き父・石破二朗氏だ。二朗氏の教えでもあった「地元が大事、大好き。貧しくても小さくても自分達の県」というのは代々石破家に伝わるDNAだという。二朗氏の地元愛といえば、東京都知事への誘いを断り、鳥取県知事になる道を選んだほどだ。そこで記者が、あくまで仮の話として、石破氏に東京都知事選出馬の打診が来たらどうするかを問うと「鳥取県知事になることはあっても東京都知事になることはない。」と迷いのない答えが返ってきた。
「野党批判」だけでは、逆風が吹いたときに負ける
その二朗氏が1981年に亡くなると、石破氏は父の後を追うように政治を志し、5年後の衆院選に出馬し初当選した。そのときの衆議院の選挙制度は1つの選挙区から複数の議員が選出される中選挙区制度だった。しかしその10年後の選挙からは、選挙区の定数を1とする小選挙区制に変わった。
自民党候補同士も争う中選挙区制から、与野党の一騎打ちとなりやすい小選挙区制となったわけだが、中選挙区時代を知る石破氏は、現在の小選挙区制のもとでの安倍自民党の戦い方に、危機感を募らせている。
「選挙で「野党よりも自民党がいいでしょ」という売り方をしていると自民党に逆風が吹いた時にみんな落選する」
石破氏は、安倍首相を先頭に、「こんな野党に任せていいんですか!」と野党攻撃を繰り返す今の自民党の姿に疑問を抱いているのだ。選挙は、対抗馬への攻撃ではなく自分の魅力を売って勝利するものだと考える石破氏は若手議員たちに「週末ごとに地元に帰れることはすごく幸せなことだ。毎日200軒、300軒歩き、5人10人の小さな会合をこなしていくのが国会議員の原点だ」と、党よりも個人の魅力を伝えて、地元活動を行うよう指示している。
有権者とはたくさん握手するのに議員とは…派閥幹部の歯がゆい思い
こうした石破氏の姿勢についてある石破派の幹部は高く評価しているのだが、同時に何とも言えない歯がゆさを感じているという。
「石破会長の口癖は田中角栄元総理直伝の『握った手の数しか票は出ん!』だ。衆院選挙では有権者の手を握ってきたのに、自民党総裁選となると議員の手をあまり握ろうとしないのが残念だ」
去年の自民党総裁選では、党員票で健闘するも、議員票で安倍首相に大きく水を開けられ、党内の議員からの支持の薄さを露呈してしまった石破氏。それだけに、派閥幹部は、石破氏にもっと党内の議員との交流を広げてほしいと切実に思っているのだ。
こうした中で、9月には自民党役員人事と内閣改造が控えている。現在、石破派からは閣僚として山下法相が起用されているが、引き続き石破派にポストがあてがわれるかも注目されている。石破氏にとっては、「一強」と言われる安倍政権を党内で批判しつつも、できれば一定のポストも確保し派内の求心力を保ちたいという微妙なバランスの中で、難しい局面といえるかもしれない。
地元の祭りなどの日程を終えた石破氏は、東京へと戻ったが、翌日からインド出張を控えていたにも関わらず、片道1時間の飛行機ではなく、およそ5倍の時間がかかる鉄道を移動手段に選んだ。自他共に認める「鉄ちゃん」である石破氏。電車の中での勉強は集中力が高まるといい「名古屋までにここまで読むとか計画を立てながら帰るんだよ」とニッコリ。この日も5冊の本や漫画に加えインドに関する資料などを入念に読み込み、充実した陸路の移動時間を過ごした。