津波から40人の命を救った新人警察官

東日本大震災が起きた、あの日。偶然居合わせて40人の命を救った2人の新人警察官。

福島警察署の齋藤圭巡査部長は10年前のあの日、警察学校を卒業し、同期と一緒に配属先の相馬警察署に向かう途中、JR新地駅で震災の地震に遭遇した。

福島警察署・齋藤圭巡査部長:
音もすごい。車体がホームにバンバンバンバンぶつかる横揺れの音もすごかったですし、(常磐線)車内にいたほかのお客さんもパニック状態で悲鳴を上げていたり

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「必ず津波が来る」そう直感した齋藤さんは、常磐線に乗り合わせていた約40人を海から2km離れている町役場まで避難させることにした。

2011年3月13日 新地駅周辺・被災直後の上空からのリポート:
鉄道が先ほど、車両がですね、車両が仰向けになり、横転している姿が確認できました。常磐線の駅近くの車両です

福島・新地町は高さ9メートルを超える津波に襲われて、110人が死亡。町の面積の5分の1が水に浸かった。

町役場へ避難したことで、斎藤さんたち約40人は被害を免れた。

福島警察署・齋藤圭巡査部長:
全員で安全な場所に避難できたという事実を受けとめた時には、ほっとしました

「必ず全員で助かる」。
その思いは、齋藤さんと一緒に行動していたもう1人の警察官・吉村邦仁さんも同じだった。

吉村邦仁さんと齋藤圭さん(2012年)

しかし、避難したあとに見た、津波にのまれる人や車、聞こえてきた誰かを呼ぶ声。
そして、その後の行方不明者の捜索…無力感も感じていた。

乗客の避難を誘導した吉村邦仁さん:
手にギュッと子どもの写真を握りしめていて、このお母さんはきっといろいろな思いを持って亡くなられて。もっと何かができて、命を救うことができたんじゃないかと思うようになりました

警察官から救助隊に転職

「1人でも多くの命を救いたい」。
吉村さんは、大学時代に取得していた救急救命士の資格を生かして、震災から2年後に消防に転職。2020年からは救助隊の一員となり、人命救助が必要になる“その時”に備えて訓練を重ねている。

医師の指示があれば、点滴などの医療行為も行える救命士の資格を持った数少ない救助隊員でもある。

震災後に全国の警察や消防の応援を受けた福島県。
吉村さんは、次は「自分が恩返しする番」だと考えている。

田村消防署 消防士・吉村邦仁さん:
いち早く行動して、1人でも多く助けられるような人材になっていくというのが目標でありますし、それが10年・20年・30年経とうが、それは変わらないのかなと思ってます

経験を「教訓」に

一方、齋藤さんは当時抱いた思いや経験を「教訓」として、震災当時の自分と同じ新人警察官に伝え続けている。

福島警察署・齋藤圭巡査部長:
現場での判断というのが一番だと思うんですよ。人を動かせる仕事・判断力を後輩たち同志に持ってほしいなというのは一番ありますね

あの経験を教訓に、そして、現場の最前線に。
10年の月日が流れても「命を守りたい」という決意のもと、それぞれの信じる道で取り組みを進めている。

(福島テレビ)