保健相のTwitterで繰り返される「vaccin(ワクチン)」
フランスでは閣僚がtwitterなどSNSでの情報拡散に熱心に取り組んでいる。新型コロナウイルス対策に奔走するオリビエ・ベラン保健相もその1人で、いま彼のTwitterにはフランス語でワクチンを意味するvaccinや接種を意味するvaccinationという言葉が何度も登場する。
この記事の画像(6枚)フランスでは1月19日の時点で累計の感染者数が293万人以上、死者が7万人を超える。フランスを含む、EU=ヨーロッパ連合承認されているファイザー社とモデルナ社のワクチンは、9割以上発症を抑える効果があると発表されている。感染拡大を抑え込む切り札として期待を寄せられているのだ。
ファイザー社のワクチンの接種が2020年12月27日にEUの加盟国でほぼ同時に始まると、フランスでも病院に長期入院していたり、施設に入所していたりする高齢者を対象に、接種がスタートした。まさに待ち望まれたワクチンで、この日のTV報道では接種した人の感想や医療従事者の期待の言葉が何度も伝えられていた。
フランス国民はワクチン嫌い?
フランス政府はこの接種の遅れについて、当初は高齢の人から同意を取るのに煩雑な手続きがあり、時間がかかってしまったと説明。手続きを簡素化したほか、対象となる人について50歳以上の医師や介護職員、消防士などにも広げて接種を始めた。さらに1月18日からは75歳以上の高齢者ならば職業などに関係なく、だれでも接種を受けられるようにし、重度の腎不全やがん治療中などの高リスクの人も対象とした。
このように政府は接種の促進に熱心で、実際に受ける人も増えてきているのだが、この件数の低迷の原因にはどうやら根本的にフランス国民の多くが新型コロナウイルスのワクチンをあまり希望していないという面もあるようだ。
調査会社IPSOSとWEF=世界経済フォーラムが2020年12月29日に発表した世論調査で、「ワクチンの接種が受けられるなら、受けるか?」という質問に対し、フランスの回答者で「接種を希望する」、「強く同意する」、「ある程度同意する」と答えた人の合計が40%に留まった。この調査で最も接種について同意する人(「強く」・「ある程度」あわせて)が高かったのは中国で80%%、日本は60%で、フランスは対象となった15カ国で最低となっている。
フランスの人がワクチンに前向きでないのには、いくつか理由があるようだが、前述の世論調査では接種に同意しないと答えた人のうち7割以上が副反応への不安を挙げている。
ワクチン反対を招いた不正研究と薬害
この副反応への不安について、フランスのラジオ局「Europe1」が指摘するのは、1998年にイギリスで発表されたはしか、風疹、おたふく風邪を予防するために新三種混合ワクチンについての論文だ。
この論文はイギリスの医師だったアンドリュー・ウェイクフィールド氏らが執筆したもので、このワクチンの接種が子供の自閉症を誘発すると指摘した。有力な医学雑誌・ランセットに掲載されたことでこの説は世界的に広がり、新三種混合ワクチンの接種を控える人たちが相次いだ。
しかし、この論文はその後、ほかの研究者による検証でワクチンと自閉症発症との関連が見出せなかったうえ、研究データに不正があったことや、ウェイクフィールド氏がワクチンに反対する団体から資金を得ていたことなどがわかり、2010年に掲載したランセットが撤回することとなった。
ウェイクフィールド氏は医師免許もはく奪された。つまりこのワクチンの危険性の研究は不正なものだったとされたのだ。しかし、ワクチンが身体に異変をもたらす副反応について触れているため、この論文が人々の印象に強く残り、ワクチン全体への不安感が強まることになってしまった。
さらにフランスでは近年起きた薬害によって、製薬企業への不信感が高まっていることもワクチンへの反発を招いているとみられる。糖尿病の治療薬として処方されていたメディアトールという薬が心臓の弁の異常や肺高血圧症を引き起こしたというもので、1999年には重篤な症状が規制当局にも報告されていたにもかかわらず、2009年まで販売が継続された。現地メディアの報道などによると、販売されていた1976年からの33年間で少なくとも1300人以上がこの薬によって死亡した恐れが指摘されている。
不正な研究で根拠が否定されたとはいえ、権威のある医学雑誌が発表した深刻な副反応の調査結果、そして医薬品への信頼を揺るがす薬害―こうしたことが続けば、ワクチンを避けたいという気持ちが高まってもしまうだろう。
実際に体内に異物を入れるワクチンには、多くのもので発熱などの副反応が起きることが指摘されている。新型コロナウイルスのワクチンでも、頭痛や倦怠感などが出るという臨床試験の結果があったほか、接種が始まってから重篤なアレルギー反応が起きたことも報告されている。こうしたことから、接種を受けないと判断する人がいても仕方がない。
だが、ファイザー社は4万3000人、モデルナ社は3万人が参加した臨床試験を経て、有効性や安全性を確認し、各国で接種が承認されている。ファイザー社のワクチンで発生した重篤なアレルギー反応については、アメリカのCDC=疾病対策センターの発表によると、2020年12月14日から23日までの約190万回のうちの21件であり、アメリカメディアの取材に答えたCDC幹部が「非常にまれ」と 評価している。
こうした状況を踏まえ、フランスではこうした副反応などに対応するため、接種の前に問診をして、病歴などを確認し、接種後には最低15分はその場にとどまり、体調の変化がないか確認するという流れで接種が実施されている。確かにリスクはあるが、1日に2万人前後の感染者が増える中、長らく外出規制を強いられ、経済も滞っているフランスの状況を改善するためには、こうした対応を徹底したうえで接種を進めていくのが最も有効ではないだろうか。
ワクチンの意義とその効果の理解を
個人的な経験ではあるが、私は小学生の時に予防接種を受けて体調を崩したことがある。特に体調不良と予防接種の因果関係をつきとめたわけではなかったが、注射も苦手であり、高校や大学の受験時にもインフルエンザワクチンの接種を受けないほど、ワクチンを嫌っていた。
その後、妊娠した女性が風疹にかかったときの胎児への影響を知ったことなどから、ワクチンを接種することが自分の利益だけではなく、他人に感染させないという社会の利益になることを理解した。
数年前には、海外赴任ということもあり数種類の予防接種を受けた。実際のところを言うと、注射の痛みや腕のだるさがしばらく続くものもあり、いまでも接種自体は苦手だ。しかし、感染症から社会全体を守るという意義があると感じている。
こうした経験から、ワクチンの意義や接種におけるリスクと利益について正確な情報開示やその場での対応こそが、普及を加速させる手段だと考える。この苦境を乗り切るために重要な役割を持つワクチンが、ここフランスでも、そして世界でも誤解なく安全に活用されることを願っている。
【FNNパリ支局 藤田裕介】