菅首相が施政方針演説で多国間主義に言及 バイデンアメリカや中韓への言及は

菅義偉首相は1月18日、総理就任後初めてとなる通常国会召集にあたり、施政方針演説を行った。新型コロナウイルスへの対策と、デジタル化など菅カラーの政策を掲げ、「安心と希望」を全面に打ち出したこの演説の中で、外交面はどのように言及されたか。

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菅首相はまず「多国間主義を重視し国際社会が直面する課題に共に取り組む『団結した世界』の実現を強く目指します」と述べ、ポストコロナの国際秩序づくりや世界の脱炭素化の前進、自由で公正な経済秩序の構築に指導的に取り組む決意を示した。

これはアメリカにおいて、一国主義を脱し国際強調を重視するバイデン政権が誕生することを意識しての言及とみられる。そして二国間関係については冒頭に日米関係に言及し、日米同盟の重要性を強調した上で、バイデン次期大統領との早期の会談に意欲を示した。

18日 施政方針演説

続いて近隣外交として、拉致問題の解決に言及した北朝鮮、諸課題の解決に向けた連携を訴えた中国、北方領土問題に終止符を打つとしたロシア、戦略的パートナーとしてのASEANとの関係に触れた。そして最後に言及したのが韓国で、言及は以下の通りだった。

「韓国は重要な隣国です。現在、両国の関係は非常に厳しい状況にあります。健全な関係に戻すためにも、我が国の一貫した立場に基づき、韓国側に適切な対応を強く求めていきます」

韓国に関する表現の変化 削除された「極めて」

韓国に関しては、直近では韓国の裁判所による日本政府に元慰安婦への賠償を命じる判決があり、日本政府が、慰安婦問題は、日韓請求権協定や朴槿恵政権との日韓合意で解決済みだとして厳重に抗議したばかりだ。さらに最大の懸案になっているいわゆる元徴用工問題でも、日本は韓国政府に対し協定違反の状態を解消するよう求めている。

そうした中での今回の菅首相は、「韓国は重要な隣国」としつつ「非常に厳しい状況」と指摘し「韓国側に適切な対応を求めていく」と表現した。この表現をどのように捉えればいいか。過去の言及と比べてみたい。菅首相の、去年10月の所信表明演説での韓国に関する表現は以下の通りだ。

「韓国は、極めて重要な隣国です。健全な日韓関係に戻すべく、我が国の一貫した立場に基づいて、適切な対応を強く求めていきます」

2020年10月 所信表明演説

先述した今回の文言と去年の表現を比較すると、今回は去年の表現を基本的に踏襲しているものの、2つの違いがみてとれる。1つは前回は「極めて重要な隣国」だったところ、今回は「極めて」を削り「重要な隣国」としたことだ。

韓国に関する表現の複雑な変遷

日本政府はこれまでも、韓国に対する表現を、その時の両国関係、特に韓国の姿勢が日本に友好的か敵対的かに応じて、使い分けてきた。

最も韓国に好意的な表現を使っていた例の1つは、2014年の安倍首相の施政方針演説で、「韓国は、基本的な価値や利益を共有する、最も重要な隣国」と表現していた。

しかしその後、当時の産経新聞のソウル支局長が朴槿恵大統領に関する記事をめぐって起訴されるという事件が発生し、言論の自由という「基本的価値」を今の韓国とは共有できていないと判断した安倍首相は、2015年の施政方針演説では「韓国は、最も重要な隣国です」という表現に“格下げ”した。

その後、「戦略的利益を共有」という言葉を使って秋波を送った時期もあったが、文在寅政権が発足して慰安婦問題を蒸し返し、元徴用工問題での日本企業への賠償命令や韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射などが起きた際には、日韓関係についての言及自体を見送る「韓国スルー」の演説を行った。

そして安倍首相からバトンを引き継いだ菅首相は、昨秋の演説で、安倍首相が最後に用いた「重要な隣国」に「極めて」をつけ、「極めて重要な隣国」とし、微妙に表現を“格上げ”したのだ。ちなみにこれまでの表現を端的にランク付けすると、以下の通りとなる。

1位 「基本的な価値や利益を共有する、最も重要な隣国」
2位 「利益を共有する最も重要な隣国」
3位 「最も重要な隣国」
4位 「極めて重要な隣国」
5位 「重要な隣国」
6位 言及せずスルー

そして、今回菅首相が用いた、「極めて」を削った「重要な隣国」という表現は、4位から5位にランクダウンさせたことになり、菅首相の韓国に対する厳しい現状認識がみてとれる。

日韓関係の「非常に厳しい状況」を指摘 直前に韓国から変化の兆しも?

今回の菅首相演説での韓国に関する言及のもう1つの変化は、「現在、両国の関係は非常に厳しい状況にあります」という一文が加えられたことだ。これは言うまでも無く、慰安婦訴訟での日本政府への賠償判決という新たな事象と、元徴用工問題で韓国政府が国際法違反の状態からの是正措置をとっていないことを指すものだろう。その上で、前回と同じく「韓国側に適切な対応を強く求めていきます」としている。

18日 韓国・文在寅大統領

こうした中、文在寅大統領は、施政方針演説の直前に行われた記者会見で、「日本政府に元慰安婦らへの賠償を命じた韓国地裁判決で少し困惑した」「慰安婦問題を巡る2015年の日韓合意を両政府間の公式合意である事実を認める。その土台の上で原告らも同意できるような解決策を見つけ出せるよう協議していく」「元徴用工訴訟で強制執行によって日本企業の資産が売却されるのは両国関係において望ましくない」と、これまでよりも日本政府に対し軟化した趣旨の発言を行った。
こうした発言も含め、韓国側が今後、菅首相のサインにどう応じていくのか注目される。
 

中国との関係で「諸懸案」に言及 尖閣情勢や香港問題など念頭か

今回の施政方針演説
「安定した日中関係は、両国のみならず、地域、国際社会のためにも重要です。両国には様々な懸案が存在しますが、ハイレベルの機会も活用しつつ、主張すべきは主張し、具体的な行動を強く求めていきます。その上で、共通の諸課題の解決に向けて連携してまいります」

去年10月の所信表明演説
「中国との安定した関係は、両国のみならず、地域及び国際社会のために極めて重要です。ハイレベルの機会を活用し、主張すべき点はしっかり主張しながら、共通の諸課題について連携してまいります」

今回は「両国に様々な懸案が存在しますが」という表現と「具体的な行動を強く求めていきます」という表現が加えられた。中国に関しては、去年10月以降も、尖閣諸島周辺への中国公船の侵入が続き、香港をめぐっても自由を脅かす強権的な動きが強まっている。演説での表現の追加に関しては、所信表明と施政方針という演説の性格の違いという要素もあるにせよ、こうした中国の対応を踏まえての変更とみられる。

まさに菅首相の演説の文言にあるとおり、対話のパイプは維持しつつも主張すべきことをいかに主張し、価値観の異なる近隣の大国を御していくか、菅政権の姿勢、あるいは中国とパイプのある自民党二階幹事長の立ち振る舞いが注目される。

(執筆:フジテレビ政治部デスク 髙田圭太)