令和3年の元日、天皇陛下はビデオメッセージを寄せられました。
皇后さまと共にカメラを見つめ、国民に向けて語り掛けられた初めてのビデオメッセージは6分45秒。そこにはどのような思いが込められているのでしょうか。
ビデオメッセージ公表の経緯
新年一般参賀に代わる新年の挨拶として新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、例年1月2日に行われる「新年一般参賀」の実施は見送られました。
何万人もの人たちが皇居を訪れ、密な状況が避けられないためです。
この記事の画像(7枚)改めて去年の新年一般参賀の映像を見返してみると、以前は当たり前だった二重橋や宮殿前の東庭に人々が密集する光景は、3密を避けて生活するコロナ禍では「遠い昔」のようにすら感じました。
去年2月23日、令和初の天皇誕生日も一般参賀は中止に。
陛下にとって、一般参賀は集まった大勢の人たちに直接語り掛け、その様子をテレビの報道などを通じてさらに多くの人の元に届けることができる貴重な機会です。
一般参賀が1年にわたり実施出来ない中で、それに代わる形で新年の挨拶をし、国民に語り掛けたいと考えられた、というのが、今回初めてビデオメッセージを寄せられた大きな理由です。
また、「今の時代を生きる私たちのほとんどが経験したことのない規模での未知のウイルスの感染拡大による様々な困難と試練」という表現にもあるように、コロナによる影響や試練は未曾有であることや、行事の大半が取りやめや延期となり、大切に思われている人々との交流の機会が失われていることも、初めてのビデオ収録を決断された背景にあると考えられます。
皇后さまの同席
一般参賀では、皇族方が一緒に宮殿のベランダに並ばれ、その中心で陛下はおことばを述べられますが、コロナ禍では皇族方が同じ部屋に集まることは難しい状況です。
そうした中、皇后さまは隣に並ぶ形で姿を見せられることになった、と側近の別所侍従次長は説明しました。従来の一般参賀の形式は取れない中で、今出来うる方法として皇后さまが同席されたことになります。
両陛下が相談し決定
「コロナ禍での極めて異例な状況のもと、今回どのような形がふさわしいかという観点から、最終的に判断された」と別所侍従次長は説明しました。
上皇さまが在位中に出されたビデオメッセージは2回。東日本大震災の直後と退位の意向をにじませた象徴の務めについてのお気持ち表明、いずれも収録に臨まれたのは上皇さまおひとりで、上皇后美智子さまは近くで収録を見守り、姿を見せられていません。
これまでに無い状況のもと、どうするべきか、両陛下は時間をかけてお二人で相談して決められたそうです。収録は年の瀬の28日に行われたことからも、前例の無いスタイルを取り入れるにあたり、ギリギリまで慎重に検討を重ねられたことがうかがえます。
「お一人お一人がかけがえのない存在」
皇后さまはひと月前の誕生日に寄せた文書の中で、「国民の皆様の現在の困難な状況を思うとき、国民のお一人お一人が、幸せであっていただきたいかけがえのない存在であるということを身にしみて感じます」と綴られました。
一人一人がかけがえのない存在、という言葉に皇后さまの温かいまなざしを感じると共に、上皇さまが繰り返し述べられていた「困難の中にいる人々一人ひとりが取り残されることなく」「国民一人ひとりにとり、安らかで良い年となるよう願っています」という言葉が思い起こされました。
以前、上皇さまの側近を務めた川島裕侍従長が、震災や戦争の犠牲者への上皇さまの思いについて、「陛下は何万人の悲しみを数字の総計では捉えず、ひとりひとりの悲しみに目を向け受け止めようとされている」と話していました。
国民というマスで見るのではなく、あくまで一人一人と向き合い、その積み重ねが象徴としてのあり方につながる、というお考えです。
今の陛下も即位前から「誰一人取り残さない社会の実現」と何度も言葉にされていて、上皇ご夫妻と両陛下がその思いを共有されていることが分かります。
一人一人に届けたいと願い、お二人並んでメッセージを収録されたことが伝わってきます。陛下が述べられる一言ひとことに、傍らの皇后さまが深く受け止めながらうなずかれていたのが印象に残りました。
カメラ目線に込められたお心遣い
プロンプターの活用
今回のメッセージでは、陛下も皇后さまも手元の原稿に目を落とさず、カメラをじっと見つめながら語り掛けられていました。聞き手と視線をしっかり合わせながら話したい、というお気持ちに沿う形で、側近がプロンプターを用意したそうです。
マスクを外されることも陛下が決められました。マスクをしていると、話しているのか分かりにくく、「お顔を見せて直接語り掛けたいというお気持ちだと拝察した」と侍従次長は説明しました。
撮影したのはお住まいのある赤坂御所の中でも広さのある「檜の間」で、換気をしながら職員も距離を取って立ち会う形で収録したそうです。
以前陛下は、即位後初めて臨んだ一般参賀で、気温の上昇により多くの人が体調不良を訴えたことを受け、「熱い中来て頂いたことに深く感謝します」と来場者を気遣われました。今回のビデオメッセージにもそうした細やかな心遣いが感じられました。
メッセージに託された思い~苦難の中で明るい道を
この1年に公表されたお気持ちの集大成
感染拡大によりさらに厳しさを増す医療現場の状況、仕事や住まいなどを失った生活困窮者、困難な状況に置かれたすべての人を案じる思い。また、感染症対策に尽力する専門家や保健所の職員、様々な現場で誰かを支える活動に取り組む人たちの努力への感謝と敬意。
ビデオメッセージで述べられたこうした思いはこの1年、各地への訪問や交流の機会を失った代わりに、活動を模索する中で、17回に及んだ専門家などからの説明の場や、式典でのおことばで表されたものと重なっています。
今回のビデオメッセージは、いわばこの1年に示された思いの集大成ともいえるものです。
緊急事態宣言下で、「コロナ疲れで心がすさんでいるから陛下のメッセージが聞きたい」といった声は多く、これはやはり、東日本大震災の直後に上皇さまが出されたビデオメッセージによって心が静まったり、力を得た経験を持つ人が多いからなのだと思います。
こうした声を認識しつつも、震災と違い、コロナは現象自体がまだ終わっておらず、いつ終息するのかも分からない状況であることや、政府が様々な対応を進めている中、政治に関与しないお立場から、何をどうお伝えになるのかが難しいことから、これまではビデオメッセージという手法を使われませんでした。
側近に聞くと、陛下は一時の感情で判断することのない方で、いつも大所高所に立ち、じっくりと慎重に物事を考えられると言います。
今回、新年の挨拶というタイミングでメッセージを寄せることを決められました。
歴史の研究者でもある陛下は、疫病や自然災害に見舞われるたびに団結力や忍耐で乗り越えてきた長い歴史を振り返り、日本人の底力を信じ、ご自分も含めて皆で「助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています」と語り掛けられました。
皇后さまはビデオの最後に、大雪や厳しい寒さを案じ、「どうぞ皆様くれぐれもお体を大切に」と体調を気遣われました。
苦難の中で明るい道を
「希望を持って歩んでいくことのできる年になることを心から願います」
即位から2年目の2020年は、本来ならば各地への訪問、即位後初めての外国公式訪問、東京オリンピックパラリンピックの名誉総裁としての開会宣言など、天皇皇后としての活動を本格化させるはずでした。
しかし、コロナウイルスによりそうした予定や当たり前だった日常は一変し、皇室の活動も人々の暮らしも大きな困難に直面しました。
陛下は今回のメッセージを、新年一般参賀で上皇さまや陛下がこれまで述べてこられた「我が国と世界の人々の安寧と幸せ、そして平和を祈ります」という言葉で結ばれました。新年に当たり、苦難の中で共に明るい道を切り拓いていきましょう、と呼びかけられたのだと思います。
感染の終息はまだ見通せない中、「再び皆さんと直接お会いできる日を心待ちにしています」という言葉にあるように、2021年、令和3年は陛下にとって、直接交流できる機会を待ちわびながら、オンラインも取り入れ、皇后さまと共に活動を模索される日々が続きます。
(フジテレビ社会部・宮﨑千歳)
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