アフガン復興に尽力した中村哲医師

中村哲医師がアフガニスタンで凶弾に倒れて1年。残された者たちは、その歩みを止めていない。

12月4日、日本で出版された1冊の絵本。物語は、こんな言葉から始まる。

絵本:
いま目の前に広がっている豊かな緑と子供たちの笑い声に包まれたこの光景からは、想像できないかもしれません。ある人がやってきて、乾いた砂漠を緑の大地に変えてくれたのさ

日本人医師・中村哲。この物語の主人公だ。

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中村哲医師:
真夏は(水位が)1.5メートル上がる。その時に崩れないようにしている

百の診療所よりも、1本の用水路を。

中村医師は、干ばつにあえぐアフガニスタンの荒野に7年の歳月をかけて用水路を築き、約1万6,000haを緑化。実に65万人もの自給自足を可能にした。

現地住民:
何もなくて違う村に逃げていたんですが、故郷に戻ってくることができました。いろいろな仕事があるので、この土地で幸せな生活を送れています

絵本:
村人たちにとって、中村先生と過ごした日々は、まるで遠い日の夢のようです。今はもう、中村先生はいません

長女・秋子さん「私なりにできることを」

母校の九州大学で営まれた「追悼の会~中村哲医師一周忌~」。中村医師の「在りし日」を約450人がしのんだ。

中村哲医師の長女・秋子さん:
父を迎えにアフガニスタンに行くところから私の生活も随分変わり、この1年間はあっという間でした。亡くなって最初の頃は、ただただ悲しいばかりでしたが、生前、父が「できることはできるし、やれんことはやれん」と言っていたことを思い出し、私なりにできることをしようと

中村哲医師の長女・秋子さん:
最初は何回来ても迷ってたんですけど、だいぶ覚えたというか、なじんできた気がします

この日、長女の秋子さんが向かった先は、福岡のNGO「ペシャワール会」の事務所。現地の中村医師の活動を35年以上に渡って支え続けてきた団体だ。

中村哲医師の長女・秋子さん:
お疲れさまです

恥ずかしがり屋だった父を気遣い、かつては会の活動に関われなかったという秋子さんだが…

中村哲医師の長女・秋子さん:
ボランティアとして一作業を手伝っているという形ですね。今は、カレンダーを制作して注文をいただいているので、その名簿作りをしています。私にできることは限られていると思うので、必要とされることは何でもしていきたいなと…

ーー天国の哲さんはどんな表情で見ていると思う?

中村哲医師の長女・秋子さん:
恥ずかしいと思っていますかね?(笑)喜んでくれれば、私としてはうれしいですけど

中村医師の活動を支えたNGO 新たな用水路建設へ

「ペシャワール会」は今、アフガニスタンに新たな用水路を築くべく動き出していた。

オンライン会議:
アッサラームアレイクム!(こんにちは)

現地スタッフとオンライン会議で綿密に連携を取りながら、年内には着工する方針。

NGOペシャワール会・藤田千代子看護師:
中村医師がいない中で、初めて行う大きな工事です。これが成功すれば試金石となります。中村医師の名に恥じない仕事をしてください

現地技師:
中村医師と長い間仕事してきたので、その技術は、全部頭の中に入っています。造った用水路を見て、人々は、中村医師の弟子たちが作った用水路だと言うでしょう

現地語でスタッフを鼓舞するのは、中村医師の右腕として現地でも長年活動を続けてきた藤田千代子看護師。

NGOペシャワール会・藤田千代子看護師:
不安はたくさんあります。失敗しても壊れることがあっても、まずはやってみようかということで始めることになりました。とにかく、ことしは今までやってきたことをそのまま継続するということで、ガンベリ砂漠での田植えもしっかりやってもらいました

会が進める事業は、用水路の建設だけではない。新たに土地を開墾し小麦やスイカ、米作りなどを行っている。
また、新型コロナが現地で猛威を振るう中、医療分野では、会が運営を支援する現地の診療所で感染対策の指導を行ってきた。

NGOペシャワール会・藤田千代子看護師:
干ばつがひどいと、栄養失調になる。きれいな水がないうえに、コロナが来ると免疫力がないですから。用水路でかんがいをして、すごく緑になったと言っても、アフガニスタン全土では、たったの2%と言われています。(活動の)ゴールは、1人でも多くの干ばつで食べられない人たちが、1人でも多く食べられるようになること。それだけです

中村哲医師の長女・秋子さん:
当たり前ですけど、水が無いと人は生きていけないですし、そういう必要な活動で、父も命を懸けていた。父が亡くなったからと言って止めるということではなく、ずっと続いていったら良いなと思います

子どもの名前は「ナカムラ」 いつか中村医師のように…

中村医師の残した言葉:
私たちの小さな試みが、平和への捨て石となり大きな希望につながることを祈る

中村医師の死後、アフガニスタンで生まれた男の子。名前は、「ナカムラ」と名付けられた。

ナカムラの父:
この子が、いつか中村医師のように、アフガニスタン国民のために仕事をしてほしいと期待しています

現地で出版された絵本。約2,000部がアフガン国内の学校や孤児院などに配布された。

現地で絵本を制作 ザビ・マハディさん:
この本のメッセージは、非常にシンプルです。いかに“他者に親切であるか”、“他者を愛するか”ということです。日本の子どもたちにも、どれだけわれわれが中村医師に感謝しているか、その気持ちを伝えることができればと思っています

この物語は、決して悲しい結末ではない。

絵本:
きっといつか、わが子が中村先生が見た夢の続きをかなえてくれるはずさ

(テレビ西日本)