12月1日、外務省は世界各国の172人と65団体(うち国内在住者は20人と11団体)に今年度の外務大臣表彰を行うと発表した。外務大臣表彰は、日本と各国との友好親善に特に顕著な功績のあった個人と団体を称え、その活動への理解と支持を国民にお願いすることを目的としている。

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 同時に、「公邸料理人に対する外務大臣表彰」の対象者も発表された。優秀かつ日本の外交活動への貢献度が高いと認められた料理人に「優秀公邸料理長」の称号が贈られる。公邸料理人に対する外務大臣表彰は30年以上の歴史を持ち、のべ409名が表彰されており、「優秀公邸料理長」の称号認定は2008年度から始まった。制度の目的について、外務省は「優秀な公邸料理人の外交活動への貢献の意義を改めて認めるとともに、今後の優秀な公邸料理人の確保の一助とすること等を目的とする」としているが、背景には恒常的な人手不足がある。

「食の外交官」に与えられた任務

 日本は世界各国に271の在外公館(大使館・総領事館・国際機関の政府代表部)を置いている。例えば太平洋島嶼国など複数の国の在外公館を1カ所で兼ねているところもあるが、実数でも229ある在外公館は、各国との交渉や情報収集・人脈形成といった外交活動の拠点で、そこで活躍する大使や総領事など(以下、「大使」とする)の住まいを公邸という。その公邸に各国外交団や政財界の有力者を招待して会食することは、「最も有効な外交手段の一つ」(外務省)とされている。話が弾み、交渉がうまく進み、日本の国益にかなう外交活動を繰り広げるために、会食の場に供される料理の質は重要で、公邸料理人の責任も決して軽くはない。

 さらに、公邸料理人は食文化を通して日本への理解や日本食を各国に普及させる使命も帯びている。在外公館では、天皇誕生日や自衛隊記念日にレセプションを行い、式典の後には立食パーティーを開くなどして招待客をもてなしている。

招待客の期待は、もちろん日本食。先進国の大都市はいざ知らず、地域によっては「ホンモノの日本食を口に出来るのは日本大使館だけ」という国も少なくない。大使館でのレセプションで、醤油や味噌、みりんといった調味料をはじめ、米、野菜、日本酒、日本産ワインなどを紹介することは、現地への日本食材の輸出拡大を図るチャンスでもあるし、公邸料理人が招待客の目の前で寿司を握り天ぷらを揚げることは、日本食の調理法や日本の食文化を正しく理解してもらう一助になる。

 公邸料理人の活躍の場は、在外公館の中だけにとどまらない。時には、現地のお祭りやショッピングセンターでの「日本フェア」などに出張してその腕を振るうこともあるし、現地の日本料理店に出向き日本での修行経験がない料理人に調理法を指導することもある。

世界中がコロナ禍に見舞われている現在、大使公邸での会食や大使館でのレセプションなど対面で日本食の普及活動をすることは難しくなっているが、世界各地の公邸料理人は「フェイスブック」や「ツイッター」といったソーシャルネットワーキングサービスを通じて、現地で手に入る食材を使った日本料理の調理法などについて発信を続けている。BGMや現地語の字幕を付したもののほか、公邸料理人が自ら現地語で解説する動画もあり、世界各地の在外公館の個性が発揮されていて日本人が見てもなかなか楽しめると思う。

 在外公館での勤務経験を持つ外務省職員は、「何気ない友好親善活動のようであっても、食文化を通じて日本への親しみや理解が草の根レベルでも世界各地に広まっていくことは、国際場裡で日本が外交を推し進める上で実は結構重要だ」という。

実は公務員ではない「食の外交官」の“契約料”

 料理で日本外交を側面的に支援する公邸料理人は、「食の“外交官”」「味の“外交官”」ともよばれるが、意外なことに制度上の外交官どころか、そもそも公務員ですらなく、大使と個人的に契約を結んだ「専属料理人」だ。

赴任が決まった大使は、帯同する専属料理人を探す。個人的な人脈をたどったり前任の大使から引き継ぐ場合もあるが、多くは料理のジャンル・経歴や技術・性別や年令といった希望条件を伝え、「公邸料理人希望者リスト」を持っている一般社団法人国際交流サービス協会に候補の紹介を依頼するという。そして、面接や、必要に応じて実食するといった段階を経て、大使個人として料理人と専属契約を結ぶ。

「大使ともなると政府が専属料理人を付けてくれるのか」と、うらやむのは早計だ。政府は、月額20万円を上限として公邸料理人に支払う給与の約3分の2を補助するが、残りは大使個人が負担する。例えば、月額21万円の契約なら政府が14万円で大使が7万円、月額40万円の契約なら政府補助の上限を超える20万円は大使の個人負担になる。公邸料理人は基本的に公邸に住み込みで働いており、大使と各国要人との公的な会食以外に朝食や夕食など大使の日々の私的な食事も作るため、公邸料理人の給与全額を公費で賄うことはできない、という考え方に基づいている。腕の立つ料理人は好待遇で迎えたいが、好待遇にするほど大使個人の負担は増えることになる。

日本の「食の外交官」にはタイ人も 求む!未来の優秀料理長

「大使の専属料理人」と聞くとハードルが高い感じもするが、応募条件はそれほど厳しいわけではない。「調理師免許を取得していること」が条件になっているものの、調理師免許を持っていなくても「調理従事歴5年以上」の経験を有していれば応募できる。年令も性別も国籍も問われない。名店や大手のホテルといった組織から派遣される人は一部で、大半の応募者は自己推薦だという。もちろん、応募したからといって必ず採用されるわけではないが門戸は広く開かれていて、中学を出てすぐ飲食業界で修行に入れば20代で「食の外交官」になることもできる。必要なのは「日本外交を側面支援する使命感」と「想定外の事態への対応力と困難を乗り越える力」だと外務省はいう。

 主要国を中心に複数の公邸料理人が配置されている在外公館もあるが、基本的には1人で調理の全てをこなさなければならない。食材を仕入れようにも、アフリカや中南米など日本で使うような食材を手に入れるのが困難な地域もある。ゲストの好みや、菜食主義であるといった食生活上の習慣、個人や現地の宗教上の禁忌といった事情の全てに応えなければならず、会食で供する料理がゲストごとに全て違うといったケースも珍しくはなく、人数が変更になったり、ゲストが予定にない子供を同伴してきて急遽メニューを変更するといったこともあるという。料理そのものの腕前も重要だが、いかに臨機応変に対応できるかは一層重要になってくる。臨機応変に対応する力は、公邸料理人を務めているうちに向上することも多く、なにより公邸料理人を務めたという経歴は、その後の料理人人生においてプラスになるという。

ただ、最近は若い人を中心に応募が減少傾向にあり、大使が求める条件に合致する料理人を見つけるのが簡単ではなくなっているという。そこで、外務省は日本人の料理人のスカウト強化に加え、2001年からは日本料理店と在留邦人が多いタイのバンコクに拠点を設け、日本料理人の育成にも乗り出している。そして、日本料理の知識や技能を身に付けたタイ人の公邸料理人約10人が、今日も世界各地の在外公館で日本外交を側面支援している。

外務省は、「特別な人でないと公邸料理人になれないのではないか、というのは誤解。尻込みしないで若い料理人にも応募してもらいたい」と、期待している。

<参考:外務省×公邸料理人>

(政治部 外務省担当 古山倫範) 

(写真提供:外務省)

古山 倫範
古山 倫範

「新聞よりも易しく、情報番組よりも楽しく、報道番組よりも詳しく、誰よりもわかりやすく」を心がけてお伝えします。常に注目を集める分野より、たまにしか注目されず詳しい記者も多くはない地味でニッチな分野の取材に楽しさを感じて東奔西走中。政局より政策が好き。政策より乗り物が好き。乗り物なら鉄道が大好き。
フジテレビ社会部。モスクワ大学留学を経て早稲田大学第一文学部ロシア文学専修卒後、フジテレビジョン入社。遊軍、警視庁捜査一課担当、「とくダネ!」ディレクター、首相官邸サブキャップ、モスクワ支局長を経て防衛省、政治部デスク、外務省などを担当。「知露派であっても親露派にはならない」が口癖。