現在の鳥取県大山町を本拠地にした武士・名和長年とその一族のあゆみを紹介する企画展が鳥取市で開かれています。
名和長年はいまから約700年前の鎌倉時代の末期、現在の鳥取県大山町を本拠地としていた武士で隠岐島に流され、脱出した後醍醐天皇を助け、鎌倉幕府を倒す原動力となったことで知られています。
会場には名和長年とその後700年にわたって続く一族にまつわる資料、約100点が展示されています。
こちらは琴浦町の船上山で戦い、勝利した後醍醐天皇が出雲大社の神職にあてて鎌倉幕府の打倒成功を祈るよう命じた文書です。
また、こちらは鎌倉幕府を倒したあと、名和長年が備中国今の岡山県の武士に敵対する勢力の討伐に参戦するよう命じた督促状。
長年の個性的なデザインの「花押」がしたためられています。
また、こちらの絵巻には公家や武士が身分を超えて鎌倉「倒幕」について話し合い盛り上がる様子が描かれ、現在の「無礼講」の由来になったとも言われています。
鳥取県立博物館主任学芸員・山本隆一朗さん:
(長年は)戦前までは非常に有名な人で誰でも知ってた人だが最近は知名度も下がってきてしまっているので改めて知っていただけたら。
(鳥取が)討幕の中心地であるというところをぜひ知っていただきたいので資料見ていただきたい。
このほか、長年をまつる大山町の名和神社の宝物などを紹介する展示では鳥取県が島根県に編入されていた時代に松江市の彫刻家が彫った神社の「扁額」や鳥取藩最後の藩主、池田慶徳が奉納したとされる兜など貴重なゆかりの品を間近で見ることができます。
企画展「名和長年とその一族」は鳥取市の鳥取県立博物館で11月29日まで開かれています。
