81年前の富山大空襲の記憶を継承しようと、戦災資料の常設展示に向けた機運が高まっています。
富山と同じ夜に空襲を受けた新潟県長岡市は、20年以上前に資料館を設置していて、今年リニューアルオープンしました。
記憶を風化させないためにどう取り組んでいるか、長岡の資料館から学びます。
新潟の中央部に位置する長岡市。長岡駅近くの公園横に今年5月、戦災資料館がリニューアルオープンしました。
*長岡戦災資料館 近藤信行館長
「戦災資料館の2階がメインの資料展示室。メインは長岡空襲のコーナー。直後の被害の写真や、空襲の火を潜り抜けてきた実物が展示されている」
資料館のコンセプトは「物に語らせる」。
施設には、空襲で犠牲となった384人分の遺影が展示されているほか、空襲当時、市民がどのように逃げたのかデジタルマップで足取りをたどることができます。
近藤館長が来館者に必ず見てもらいたいと話すのが、床に貼られた2枚の航空写真。1枚は、空襲前、もう1枚は空襲後、焼け野原となった長岡の街が写されています。
*長岡戦災資料館 近藤信行館長
「いかに空襲は人が多く住んでいるところを燃やすための焼夷弾をつかって、無差別で爆撃したかということが分かる写真。このエリアに通っている小中学生だったら、自分の学校が燃えてしまったとか、自分ごととして考えられるようになるかなと」
長岡は富山大空襲と同じ夜、1945年8月1日に空襲を受け、市街地の8割が焼失。1489人が命を落としました。
市では、この惨禍を記録・保存し後世に伝えるため2003年に戦災資料館を設置。
今年5月には約11億8000万円の費用をかけ、空襲の爆撃中心点に隣接した図書館跡地に移転しました。
入館料は大人も無料。平和学習として年間に3000人ほどの小中学生が訪れ、先月には累計の来館者数が40万人に到達しました。
*長岡戦災資料館 近藤信行館長
「空襲体験者が確実に少なくなってきているし、80年も経つとそれぞれの家でも遺影が誰のものか、空襲で残った品物が代が変わって意味がないものになって捨てられている。公共の恒久的な平和施設で、私たちが預かって展示していくことは意義のある」
長岡のほか、東京の八王子、茨城の水戸市も富山と同じ夜に空襲を受けていて、いずれも空襲について学ぶことができる施設が設置されています。
富山は、地方都市の中で人口比で最も多くの犠牲者を出し、4都市で唯一「大空襲」と名付けられましたが、その記憶を伝える展示施設はありません。
こうした中、先月、市民団体の富山大空襲を語り継ぐ会は常設展示の設置を求める3123筆の署名を富山市に提出。
受け取った藤井市長は、常設展示の実現を明言しました。
*富山市 藤井市長
「常設展示は「室」になるか「館」になるかわからないが、実現する。その方向で準備している」
この考えに新田知事も賛同しています。
今月2日には、富山市の西田副市長や富山市議、県議らが長岡の戦災資料館を視察しました。
一行は映像で長岡空襲について学んだあと、体験型の展示施設を見て回りました。
*富山市 西田政司副市長
「適地をこれから協議していく。爆撃中心地の近くだとインパクトがあるが、皆さんで協議していく」
戦災資料のあり方については、富山市も参画する県の会合で議論が進められていて、今年11月ごろに方向性が示される見通しです。
